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月下美人の夜

その日、待ち合わせの場所に向かう足取りは重かった。
今日会わなければ、終わりの日を少し延ばすことができるのではないか、そんな思いを抱いていた。

潮の香りがする駅に着くと、私は柱の影に隠れるようにして、彼を待った。
改札口は一つ。
姿勢良く悠々と歩いてくる長身の影。
彼は、私と話すときには背を屈め、頭を少し傾げるようにする。その様が動物園のキリンのようだと笑った日のことを思い出した。


昨日図書館で読んだ本に、「生きているものは全て崩壊へと向かう」とあった。人を好きになる気持ちも、人との繋がりも、 そうなのだろうか。


海のそばに建つ彼の友人の家は、大きくて立派だった。家の中は、多くの人で賑わっていた。彼が他の人たちと話し始めたので、私は庭の隅に椅子を見つけ、煙草を吸った。
頰を撫でていく風が海の塩気を含んでいる。久しぶりに、生まれ育った町のことを思い出した。
そこへ、白髪の男が近寄って来て「今夜、そこの小屋の中で月下美人が咲きますよ。見にいらっしゃい」と言い、そのまま去っていった。男の指差した方に目をやると、ペンキが剥がれ落ちたままになっている白い小屋が見えた。

日が落ちると、皆で連れ立って海に行き、花火を見た。
戻って来ると、もう終電は無く、そのまま雑魚寝することになった。
木の床は柔らかく、毛布も何もいらない夜だった。

彼の隣で眠るのは久しぶりだ。
そっと伸ばした手を、そっと握り返してくれた。

今頃、月下美人は咲いているだろうかと思った。



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