Lifetime Recipe~ & landscape:Page01-4
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「…よし」
キッチンカーのエンジンをかけ、調理器具に熱を入れて冷蔵庫から食材を出す。今日は鯖の味噌煮と、季節野菜のお吸い物、玄米ご飯、小鉢に豚肉と野菜の黒酢炒め。大皿にサラダを作る。温泉卵もあればよかったな。
全体的な分量は平均的に少なめ。品数を多く取るメニューにした。そんなに量を食べるメンバーでもなさそうだし。あとお吸い物は出汁を強く感じるくらいに塩分控えめの薄味。
炊飯を終えた頃、おかずの準備もそろそろ出来上がると言う感じになった。一時間も経過していない。仕込みなしで4人分となるとなかなか時間かかるなぁ、と痛感する。
炊飯器の炊飯完了合図を待って、それぞれを盛り付けて、4枚のトレイに乗せていく。母屋に一回顔を出して、配膳だけ応援を頼む。
あたしも混ざって食べることになり、4人分運び終え絵夕食会が始まった。
周辺の海鮮屋さんや野菜屋さん、スーパーとか諸々が集まっている商店街がそう遠くないこともわかった。最初の土地だし、数日はこの街にいようかな、とも思う。直売所とかもあるらしい。やっぱり自分の足で巡ってみないとわからないものだなぁ。と思う。
「さつきちゃん。ここにいる間、家の前でお店やっていいよ」
突然井上さんから提案が飛んできた。
「え?いいんですか?」
「死んだ爺さんのプライドでね。一応町じゃそれなりに大きい道路面してるから、交通量もあるし。お客さんも来やすいんじゃないかね」
「お祭りとかも前の道路止めてやるくらいだからね」
どうやらこの町のメイン通りに面しているらしかった。
「え、でも……」
「何日かでも、なんかあった時に手伝ってくれたらありがたいしねぇ」
と、井上さんはぐうの音も言わせない体制を取って来た。策士め。
「じゃ、じゃあ、とりあえず明後日ぐらいまででも、ここで頑張ってみます」
「そうかい。調子よかったら全然いていいからね」
「…はい、お気遣い、ありがとうございます」
他の2人も笑顔でうなづいてくれた。
その頃にはみんなほとんど食事を終えていた。
「あ、じゃあ、区切りもいいので、食器下げちゃいますね。お茶持って来ます」
「あ、ありがとう。ここのキッチンで洗ってから持っていこうかね」
との立花さんの提案で、そうすることにした。一部洗い物を任せてあたしはキッチンカーに戻り、水をIHにかけた。そう時間もかからないので、湯呑みを4つ用意して、お湯が沸くのを待つ。茶葉がティーパックなのがなんか申し訳ない。
「なんか、初日にしてはものすごいことになったな」
ひとりごちる。
こんなことが起こるのかもしれないとか妄想していた範疇を大幅に超えている。井上さんを助けられたのはよかったけど、あんなにあったかい輪に入れるなんて思いもしなかった。皆優しいんだもん。ずるいわ。
そんなことを考えていたら、お湯が湧きつつあった。
と、その時。
「さつきちゃん!大変!」
と棚橋さんがカウンターに飛び込んできた。
「ど、どうしました!?」
「トキちゃんが、トイレから戻って来たら、また目眩がするってぐたっとしちゃって、しかもちょっと呼吸が荒いんだよ。熱も上がってみたいだし」
「ええ!?ほんとですか!?救急車は!?」
「呼ぼうとしたんだけど、出払ってて時間かかるって!」
「このあたりにかかりつけの病院とかありますか!?」
「知ってるけど、バスで30分とかの総合病院なのよ」
「わかりました!キッチンカーとキャンピングカーの連結切り離して、キャピングカーで連れて行きましょう!お2人ご一緒できますか?]
「あたしは問題ないけど、ちょっと訊いてくるね!」
「準備しときます!」
IHを止めて、キッチンカーから連結解除用の特殊レンチを持ってくる。
そのまま、キッチンカーのカウンター照明を頼りに連結を解除しようとするが、なかなかジョイントが開いてくれない。異常に固い。普段練習していた感覚とはまるで違う。
「くっそ。このやろ……おとなしく開け……」
そこでふと思い当たる。
普段は整備されたアスファルト上だった。今は多少の高低差の発生する砂利敷きの上だ。もしかしたら、キャンピングカーとキッチンカーそれぞれのジョイントの角度差が発生していいて、噛み合わせが変に強くなっているのかもしれない。
「……っこんな時にっ」
と、とりあえず自分の全力でなんとかしようと、ジョイントに足をかけ、両腕でレンチを引いて、接続解除用のスイッチを回そうとした。
「どうしました?大丈夫?」
背後から声がかかった。
次の瞬間、明かりがこちらに向けられた。光量はかなり強い。
「 え、えっと?」
こちらからは逆光でその光の向こうに人がいるのかすらわからない。
「あ、今日コーヒーいただいたものです。通り掛かったら、緊急っぽかったので」
「あ、あの男性のお客様!すみません、ちょっと緊急事態でこの連結解除したいんですけど、思いのほか重くて」
「僕やってみましょう。緊急事態って、どうしたんですか?」
その人はこちらにやって来て、レンチを両腕でつかんであたしに代わってくれた。
「今日、助けてくれたおばあちゃんが、また目眩で倒れちゃって。そこの家なんですけど。かかりつけの病院バスで30分くらいかかるって。救急車も時間かかるらしくて、この車でジョイント外して連れて行こうかと思ったら、歪んでるのかなかなか外れなくて」
「わかりました。この構造なら、多分すぐできます。おばあちゃんをキャンピングカーに運び込んじゃってください」
「は、はい!ありがとうございます!行って来ます」
立花さんと棚橋さんの手も借りて、井上さんをキャンピングカーに運び込み、キャンピングカー内のベットに寝せる。実はロフト的空間と、その下にもベッドが作れるので、下のベッドに寝る。二段ベッドの下の段というような感覚。さらに天井下に隠すように積んでいた自分用の酸素ボンベを伸ばして、井上さんに被せる。2人はなんでそんなものがあるのか不思議そうだったが、説明するとしてもあとだ。
井上さんは2人に任せて、連結の具合が気になって外に出る。
「どうですか!?」
「もう……ちょっと……だと思」
というところで、ガキン、という解除音がした。
「よっし解除!キャンピングカー少し前に出して!」
「はい!」
運転席に駆け込んでエンジンをかけ、少しだけ前進させると、車が軽かった。
「よしOK!連結解除は完了!」
「ありがとうございます!」
と開けた窓から返事をする。
「病院の位置わかんないでしょ!?僕知ってるから、バイクで先導する。ついて来て!」
「本当ですか!?」
「ここからさっき話に聞いた距離感なら一つしかないから!急ごう!」
キャンピングカーが問題なく展開できる砂利場で助かった。
車をバイクの方に向き直すと、ジェスチャーで出発、と、合図された。
そのままあたしは、その先導される道に素直に従って、一路病院を目指した。
井上さんの容態といえば、酸素が効いているのか、呼吸の荒さは少し収まっていたように見えた。辛そうだが、意識もなくないようだ。バックミラーを一瞬ずらして確認する。2人が体をさすって名前を呼んでいた。
不安だろう。それよりめちゃめちゃ心配なはずだ。
早く、早く、着け。