Lifetime Recipe 〜& landscape:Page.00-1
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馬鹿みたいな質量で生まれたあたしは、特段自分の将来なんて気にすることもなく、才能もなく、普通の学生同様に小学校、中学校、高校まできて、なんとなくメディアの世界いいなーと思ってそこに就職を果たすために就職活動をがむしゃらに頑張って結果、大手広告代理店に就職した。
それはそれは激務で帰れない日なんて珍しくもなかった。
その癖、反対側では社内恋愛もてたりしたけど。
自分から見たら同じ部署の三年先輩だ。結構人気もあるみたいだったから、周りには内緒で付き合ってたけど、きっとそういう人いっぱいいたんだろうな、なんて今では思う。自分だけが特別なんてありえない。あたしは、選ばれているわけでは決してない。それなりのキープ、まあまあ、当たり障りのない、痛んではいないし、摂取するにも使うにも不快ではないぐらいの、主役になれない代替品。サブ、バックアップ。そんな、誰かの主人公にはなれない時間をずっと過ごしていた。
そして、その日は突然来た。
「戻りました」
広告営業先から帰社して、もう23時前。ヒールの踵が痛い。
帰社の報告を少し離れたデスクの上司に放り投げながら、バッグをデスク脇に置き、着席はせずにノートPCの画面を開いた。
「櫻月、報告書溜まってんぞ。明日の朝までに出して」
デスクで暇そうに携帯をいじっている上司から、直々のご命令。結果、帰宅不可決定。
「はい。わかりました」
「じゃあな」
と言って上司はそれから何をいうでもなく帰ろうと席をたった、その時だった。
「……あれ」
あたしは強烈な目眩に襲われる。
なんだ、こんなの初めてだ。というくらいの勢いで世界が回る。
え、待って、立っていられない。
そう認識した時には膝が折れる。
「あ、あれ?おかしいな」
両腕を床について体を支えるけれど、その肘も長くは持たなく、目眩が加速する。
「どうした!?」
帰ろうとしていた上司があたしの異変に気づいたのだろう。慌てて駆け寄ってくると、焦っているような表情をしているが、ぐるぐるしてよくわからない。
「おい、櫻月!」
そんな声が聞こえたと思った瞬間に、あたしの意識は、闇に飲まれた。
「……あ」
そんなか細い自分の声で意識が覚醒したように感じたあたしは、ゆっくりと思い瞼を開いた。
「……ここは」
首が動かない。硬くなっている。緊張しているのだろうか。
知らない天井。そしてそれがいおらない天井なのは、すぐに気づいた。
視界の左端に映る、吊り下げられた点滴。明らかにそのチューブはあたしの左腕に繋がれていて、血管に何かしらの薬剤を流し込んでいる。暖かいようで少し肌寒さも伝えてくる病院着の感触。消毒臭のする、嫌気さえするくらいに真っ白な羽毛布団。
そして、そんなあたしの右の傍、ベッドに突っ伏して居眠りしている母の横顔。
ゆっくりと、眠っていた映写機が本気を出そうとするようにノイズ混じりに蘇ってくるあたしの記憶。
会社で倒れたあたしは、運ばれたのだろう。
そうして、何が原因かわからないけれど、病院に担ぎ込まれたあたしは、今こうしてベッドに横たわっている。
病室の窓からは明るい日差しが差し込んでいる。
首を回して申し訳程度に配置されたような目覚まし時計を見ると、時刻は11時を少し過ぎた時刻を指している。
日の光からしてもちろん午後ではない。
少しだけど腰に痛みを感じたので、やや身じろぎすると、寝床が揺れたのに反応したのか、母が目を覚ましたようだった。ごめん。
「……あ、咲絆。目、覚めたの」
「うん。そうみたい」
「……目、覚めたの!?」
「うん。何もう。大袈裟な」
「大袈裟なじゃないわよ!急に倒れたって同期の子から連絡もらって、慌てて来たんだから!そしたら意識不明って言うし!」
「あ、そうなんだ」
「そうなんだってあんたね……あーでも、寝てたから状況分からないのはしょうがないか」
と、母は眠い目をこすりながら、ナースコールを押した。
『はい、櫻月さん、どうなさいましたか?』
「あ、母です。娘が目を覚しまして」
『わかりました。すぐ行きます。咲絆さん、何処か具合が悪そうだったりするような症状はありますか?』
「いえ特には」
『わかりました。少々お待ちくださいね。すぐに参ります』
そうして、程なくして看護師さんが到着して、検温とか血圧の確認とかを終え、さらに簡単な健康状態の確認も終えると、もう少しで医師が説明に来ると言う。
その間。母が話し始めた。
お腹すいたんだけどなぁ。
「先生来る前に、話しちゃわないといけないかもっても思うんだけど……」
「何?お母さん」
「……あーでも無理だわ。あたしも立ち会うから、先生からでいい?」
「何その意味深なフリ!ちょっとやめてよもう。そんな大袈裟な話じゃ……」
と、その時、病室のドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
それは、今回担当してくれた医師だった。
説明は多少回りくどく多岐にわたったが、とにかく決定的なことが一つ下される。
「櫻月さんは、脊椎小脳変性症、という病かと思われます。現時点ではまだ、確実な診断はできませんので断言はできません。症状のパターンがまだ分からないので。先程、職場で倒れられたのは、感じたことのないほどの目眩ということでしたが、間違いありませんか?」
「はい」
「この症状だけではなんともなんですが、各種検査、造影検査なども総合して数値的にも、可能性は高いかと思われます。そして……」
そこで先生は一瞬息を呑んだ。
「……この病気は、現在の医学では明確な治療法がありません。今後、過ごしていく上で医学が発展していけば、治療法が見つかる可能性ももちろんあります。しかし、現時点では、不治の病、ということになります。今のところ、10年生存率は高い方ではありますが、明確な数字がご案内できない、稀有な例となります。もちろん、その都度現れる症状に対して対処するなり予防するないということはできます。すぐに命に関わるということではありません」
「……そう、ですか」
それからも少し説明を受けていたが、どこか心ここに在らずのあたしの様子を察して、母が聞いてくれていた。
……不治の病。
……なんで。あたしが?
……どうしよう。
それからしばらく現実が受け入れられないでいたが、そこを抜けるともう、落ち込むだけ落ち込んだ。
入院から2日で退院し、会社も一週間の有休が自動的に付与されたから自然と休みに入った。帰ったのは、都内の一人暮らしのアパート。いくらでそこそこ大きい広告代理店でも、末端の給料なんてそんなものだった。
今のあたしの病状や現状は、有給最終日に一度通院して検査し、一週間後の出社日に伝えることになっている。それが会社側に露呈されれば、きっとあたしは自粛を促される。自主退職を促されるだろう。おそらく、空気的な無言のプレッシャーでた。素直に解雇なんてしてくれるわけはない。それなら。
あたしは、その一週間で、なにか自分が興味持てることを探した。仕事もできない。ならもう時間は湯水の如くある。生活は家の中で全部。一応謹慎に近い身だ。無闇矢鱈に外で遊ぶのも気が引ける。でも今最強に時間金持ち。あ、時間もち。か。その結果、普段やらない掃除や洗濯、自炊を極めようと思って馬力を上げた。自分が病気だなんて感じないくらい体は元気だ。
今から音楽始める?絵とか描き始める?物語とか?役者目指す?お店開く?結婚相手探して専業主婦?医者はもう無理。陶芸でもする?いやいやいや。デザイナー?センスないわ〜。写真家?ウェブデザイナー?ハードル高過ぎない?
とにかく徹底的に自分が行きたくなるような道を探した。
そしてそんな試行錯誤を繰り返し続けて、6日目のある日。
通院後。検査結果は日常生活問題なし。極端な進行も一切見られなかった。の気晴らしの散歩中に見かけた、住んでいる街の、とある一角にあった、ほんの少しの一幕。
病気で吹雪が吹き荒れて、凍えてる心に、ポッと、心があったかくなるような火が灯った気がした。
そこに、ヒントがあった。
これ、かもしれない。
そう思えた。気が早いけれど、終の住処に向かうための短いけれど長い道を走るための手段。
そう思えたら、頭の中で計画がなぜか呼吸するようにブワーっと盛り上がってきた。よしと思って帰宅後に書き出してみる。会社に、病気では迷惑をかけないことを条件にあと半年の勤務を掛け合おう。許しが出ればそのままほとんど貯金に回せばそれなりのお金にはなる。まずはそこからだ。並行していろんな資格を取らなければいけないし、設備もだ。
そのあと数ヶ月準備期間をおこう。26になっちゃうけど、まあいい。
あたしの命は、当初の計画より短くなるのだろうけど、なら質で取り替えそうと思った。