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"となりと、となり。"4-ひさしぶり。

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 少しだけ寄り道をしつつ、太紀がしばらく訪れていないであろう地元の風景をスマホで収めていく。iPhone11だ、画質はナイス。時折のメッセの返信に合わせて、今の地元を少しだけ見せてあげるのと、自分の思い出。今日撮ったことは記録されていく。音頭のないデジタルな環境に落とし込まれていく思い出が連れてくるのは、せめてこの気持ちが腐らないようにするための保冷剤かな。
 そんなやりとりをしていたら、普段の三倍くらいの時間をかけて駅前に到着する。
 あたしは、気持ちを決めているとは言え、まだ恋人。なら、少しいたずらしようと思って、彼が乗ってくるだろう方向の電車が、駅に入線する直前の踏切で、今まさに降りようとしている彼を見つけようと思った。一旦、歩いてきたのとは反対側に踏切を渡る。ホームでなんて待ってやらない。
 10月も中盤を過ぎた。それなりに肌寒い季節。コートとまではいかなくても、ニットは欲しかった。まあ、あたしが寒がりなのもあるんだけど。ゆるりとしたオーバーサイズのニットカーディガン。もう2シーズン目だけど、まだまだ余裕。
 太紀はきっとキャリーケースで来るのだろうと思って、あたしはなるべく身軽にしようと思って、ショルダーバッグ一つ。
 そもそもワンピースだから一応上に羽織る薄手のブルゾンは持っているけど、そんな程度。身軽身軽。

 カンカンカンカン。

 踏切が鳴り響く。
 太紀の告げてきた時間から察すると、この電車だろう。
 さあ来るぞ、と思って踏切で構える。
 その瞬間にゆっくりと入線してくる6両編成の電車。
 ゆっくりとなっていく車両の中で、出口方面のドアの前で立っている太紀と目があった。
 「え!?」って言われた気がしたから、つい改札前に走り込むと、ほとんど同時に太紀が改札を出てくる。
「…まったくもう。なんであんな悪戯。目があった瞬間、え、って声出ちゃったじゃないか」
「あはは。やっぱり。でも楽しくない?っていうか、久しぶり」
「うん。久しぶり。ただいま、秋桜」
「おかえり、太紀」
「…相変わらず素敵ですねぇ」
「だから、それやめてって言ってる」
「だって本当にそう思うんだもんしょうがないじゃん」
「いいから。行こ」
 そう言ってあたしが振り返って駅を離れようとすると左手が掴まれた。
「行こう」
「…うん」
 きっとあたしから手を繋がなかった理由に彼が思い至ることはないんだろう。 


【イメージ写真提供】

#Swimmy Twitter:@327__723

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基本的に物語を作ることしか考えていないしがないアマチュアの文章書きです。(自分で小説書きとか作家とか言えません怖くて)どう届けたいという気持ちはもちろんありますけど、皆さんの受け取りたい形にフィットしてればいいなと。yogiboみたいにw