"となりと、となり。"6-なみおとのこうず。
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「懐かしいな」
踏切を越えて緩やかな坂を降りていく途中から見えてきた海を視界に、太紀が口にした。
「…そうだね」
確かに、大学頃、よくこの辺りは散歩コースだった。
最寄りのコンビニの方面もこっちだったし。
「久しぶりだな。こんなにのんびり過ごしたのは」
「やっぱり忙しいもんねぇ」
「そうだね。ちょっと最近は事情もあって詰め込んでたこともあるけど」
「それ言ってるよね。なんかあったの?」
「いや、別に。ちょっとトラブったってだけだって」
何か感じる違和感はある。10年近い付き合いだ。ごまかしているか本音かぐらいは、多少ならわかる。けれどあたしは指摘しない。太紀は言いたいことは言ってくるし、嘘はつかない。ごまかしは嘘じゃないし、それはいずれ本当のことを話してくれる。何か事情や思惑があるのだろう。どちらかと言えば嘘をついているのはあたしの方だ。
「…なんか、大学の頃みたいだね」
「ん?ああ、このルートの散歩ね。確かに。よく歩いてたね、二人で」
「うん」
決めている別れはある。けれど、思い出に浸るのは問題ないだろう。懐かしくて暖かくて泣きそうになるけれど、それでも思い出は変わらない。ここまで過ごしてきた三日間のように、時は戻らないのだ。やり直しが効かないということは、いい思い出もそのままだということだ。
私もいつか別の恋人や友人にそんなことを思い出のように話すことがあるのかな。
浜辺に着くと、小さな小屋がいくつかある。自販機とかが設置されている休憩所みたいなものもあるのだ。
「ちょっと座る?」
「うん。いいよ」
太紀の提案に、返事をする。
そのバス停のようなベンチのついた場所は、天井からも火が差し込む。扉はない。まさに小屋型のバス停のような形をしていた。そこのベンチに腰掛ける。
「もう、時間ちょっとだね」
「…うん」
あたしの、誰に向けたとも限らないような呟きに太紀が答える。
それが合図になった。
「ねぇ太紀」
「ん?」
「あたしたち…もうおしまいにしよう」
不安と恐怖が、あたしの心を押し潰して来る。
【イメージ写真提供】