Nervous Fairy-24"NecessAry teMpErature"
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「……これ」
さっきまで可愛いステキと騒いでいた想に呆れていたはずなのに、自分がそれに反応した。
ちょっと大人っぽい、高校生だったら少し早いかもなぁ、と言う年齢層ターゲットのように見えるレディースのショップ。
真っ白で、上半身はジャケット的なデザインだけど、腰下はスカートだ。足元の方の縁に薄い虹色が滲んであって、腰に向かうほど薄れていくグラデーション。主張は強くなかった。
「ちょっと、想待って。これ着てみて」
「え?でも時間」
「いいから。遅れそうなら連絡するから。早く」
なんだろう。何かが走った気がする。それが何かわからないけど、けど、今その感触は手にしなければいけないものだと思う。
「う、うん」
「ありがとう。すいません」
と、店員に声をかけ試着を相談する。
いつもにはない俺の剣幕に気後れしたのか、想は言う通りにサイズだけ確認して試着室に入っていったのを確認して、もう2点アイテムを持ってきたら、すぐに声がかかった。
「……結城、いる?」
「ああ。何?」
「サイズはちょうどいいんだけど」
と言う声が、カーテンの向こうから聞こえたかと思うと、シャッとカーテンが開く。
「コーデ的に?どう?」
「ごめん、先に言えば良かった。下に着てみ」
「ん、う、うん。なんなの急に」
「いいから」
「……はーい」
なんだかどこか不満そうな想。
と、そこで、俺は店員さんに一点確認して、了解をもらう。
「結城ー?」
「いるよーん」
再びカーテンが開くと、上半身の内側に白いブラウスと襟元に細いリボンをネクタイのように結んだ状態の想がいた。
「……どうよ」
「……似合ってる?これ」
「客観的に見て自分でどう思うか先に聞きたい。俺はもう答え決めてるから」
「じゃあ、せーので言おう」
「いいよ。せーの!」
「「ばっちし」」
「ほらみろ。あ、店員さん、さっきの感じでお願いします」
「かしこまりました。すみません、ちょっと後ろをむいてもらえますか?」
と、店員さんが想に告げると、大人しく指示に従う想。
丁寧に全てのタグが外されていく。
「ありがとうございます。ではこのままで結構ですよ。先程のお召し物は、こちらの袋へどうぞ。あ、お客様はカウンターへお越しください。お釣りをお渡しいたします」
「え?」
「お前、今日そのまんま帰るぞ。さあ、いくべ」
「え!?ええ!?買ったの!?」
「いいから、とりあえず店でよう。邪魔だし、時間もあるし」
「ちょ、ちょっと!」
と、試着室を出て、カウンターに向かう俺を追いかけてくる想。
「なんで、これだって結構だったよ!?」
「いいから。俺の趣味。以上」
カウンターでお釣りを受け取って、店を出る。
「荷物持とうか?」
「……いい。なんか今日意地悪よ結城。どうしたの本当」
「いや、このコーデに関してはごめん、本当に俺のわがまま。やーやっぱ似合ってるー。イヤリングともベスト!」
「……そう言うの好きなのは知ってるけどさ」
「そう言うことよ。一緒にやるんだったら、本人のおしゃれも大事だけど、たまにはコーデ押し付けさせてもらおうと思って第一問!今日クリアできるかなーと思ったら超クリア。やっぱ俺センスなくはない」
「……確かにそれはそうだけど、お金」
「人のわがままには出さなくていいって。その代わり時々それ着てな」
「…そんなの全然いいけど」
あ、そうだ。
「さっき思いついたんだけど。そのワンピコーデに申し訳ないとか思ってるんだったら、一個、付き合ってくれない?」
「え?でも時間」
「いや、帰り。2人で、夕食奢らない?あの2人にも」
「……それいいね!乗った!ATMよってく!」
「あ、俺も行く」
そのあと、資金を確保し、候補の店を検索して決めこみ予約した後に、俺たちは両親とギリギリ時間通り合流。服装の変わった想いにびっくりしていたけど俺はスルーしようと思ったら想が全部吐いてしまって格好のネタになった。イヤリングもバレた。このやろう。今夜覚悟しとけ、金で釣ろうみたいな感じに見せないの!釣るほど金はないけど。
そのあとは日々の食料品の買い出しを終えて車に戻る。
出発すると、夕飯の相談になったが、やはり今夜は作る気はないらしい。
なら、と言うことで、先程想と2人で策定した店の住所だけ渡す。
「家からだいぶ近いわね?」
助手席のおかんが後部座席の俺に聞いてきた。
「まあ、飯食ったらもうすぐ帰れる方がいいかなと思ってさ」
「それはそうね。なんのお店?」
「行ってみてからー」
それから車は一路店に向かう。
談笑しながらあっという間の10分だった。
「ここー」
最寄りの駐車場に止めた車から降りて数秒だった。荷物はトランクだけど、想の手には一つの荷物があった。
「あら、回らない」
「寿司かい!いいね!飲めなくてくやしい!」
親父が超元気だ
「ここからならあたしが運転するから飲んでいいわよ」
「マジか!よっしゃあ!」
いやほんとは同乗者もダメだろ。
「あ、あの」
と、想が両親に声をかけた。
「あ、それな、言っとかないとな」
「うん」
「あら、何?」
おかんが切り返すと、想が先に話し始めた。
「今日は、本当にありがとうございました。人生で何番目かぐらいに楽しい日になりました。なので、その……」
「昨日からの礼と、今日からの数日のお願いも込めて、今日は俺らが奢るんで、気にせず食って」
「……はぁ!?ここ奢れるくらい持ってんの?」
「実はねー新刻さん」
「あ、あの、生計自分で立てなきゃって環境なので、それなりには」
「え?高校生がなんで?」
今度はおとん。
「ああ、そっか、おとん知らねーか。こいつ、服飾デザイナーで自分で服作って売ってんだわ。おとんは認めてくれてねーけど、俺のアクセと一緒。それで、今度2人でブランド作ることになったんだ。まあ、俺発案だから、どこから資本みたいなことはまだなんもないけど、一緒に創る」
「はい。結城くんと、ご一緒させていただきます」
「その言い方は語弊がないかい想さん!?」
「いや、違くて、生計って…?」
「それは複雑な話だからまた今度!とりあえず食おう!」
「あ、ああ、そうだな」
4人で店内に入ると4人の座敷が予約席になっていてそこに通される。
「あれ?そういや想って寿司平気なんだっけ?」
「え?大好きだよ。よくコンビニのだけど食べてるもん。さっき予約するときに言ったじゃん」
「一応確認ね」
そんな会話がありながらひと通り注文を済ませて、とりあえずお茶をいただく。
「ふう」
「なんかそうなっちゃいますよね」
と、親父の吐息に想が反応した。
「なんかなー。日本人だなーって思うわな。ははは」
いい空気感。と、そこで、右に座った想の肘を小突く。
「あ、うん」
想が持ってきた荷物を、正面の母に差し出した。
「こちら、どうしても渡したくなっちゃって、2人で買いました。ペアの、ちょっと細工入りのワイングラス。結城くんに聞いたら、ワインはよく飲んでると言うことだったので」
「え!?本当に!?ウッソ今日買おうかどうしようか迷ってやめたところだった!」
「本当ですか!?ちょっと結城、ギリじゃん情報賞味期限」
「結局食器屋だった時点でちょっと思ったわ。あ、一応グラス的には白用。あとこれは想1人からってことにするって話じゃなかったか!?」
「あ、ごめんつい本音が」
「ったく」
「さすが結城。白用とは。見てるねー。あたしたち白派だもんね」
「ああ、いや、新刻ちゃん、結城。ありがとう。この上奢ってもらうなんていいのかねマジで」
「はい。2人で、決めたことなので」
と、言って、思いは姿勢を正して、少し頭を下げる。
「楽しかったし、今も和やかな雰囲気であるので、この場で具体的には申し上げませんが。明日以降、どこかで事情は必ずお話しします。申し訳ありません。もう少し、お部屋をお借りしてお邪魔することを、お許しいただけますか」
想が、少し震える声でそう、両親に告げると、少しの間があって、目を見合わせた両親。
母が声をかける。
「新刻ちゃん。頭上げて」
すると、少し強ばったような表情の想がいた。
「……何があったかは、まだあたしも旦那も知らない。でも。そんなふうに、同級生の両親に頭下げなきゃいけない状況は絶対に間違ってる。気にしなくていいから。結城のことも、この環境も使って、いい方向に持っていこう。なんか、家族増えたみたいで面白いしね。娘欲しかったなぁそういえば」
「そうだな。新刻さん、気にしなくていい。あの部屋なら、住人がいなくなっていつも冷えてばかりいるし、全然いてくれて構わんよ。服作りしてるんだろう?あの部屋使ってやってくれていいよ」
「……ありがとう、ございます」
少しだけ、新刻は泣きそうだった。
「……あたし……結城と会えてよかった……」
ほろっと溢れる、一言。みんなに聴こえていたはずだが、ちゃかそうなんて雰囲気はしないけど、再び俯いた想にバレないようにおかんがこちらに無言であっかんべーした。うっせえ。あとで聞くわ。
「あ、でも一つ条件がー」
と、おかんが言い出した。
「はい、なんでしょう?」
「作業部屋と寝室わけたら?工房ある結城の部屋を作業部屋にして、今、新刻ちゃんが使ってる部屋を寝室にする」
「……え!?」
「ちょっと。毎晩一緒に寝ろってのか?」
「だって昨日一緒だったもんね。まだ寝てる、だもんねー」
「……クッソ。このくそおかんが。ばらしてんじゃねーよ」
「えーでも良くないその方が。効率的ではあると思うけどなぁ」
「そりゃそうかもだけど……おとんもなんか言えよ」
「賛成だな。うむ。誠にいい」
「なあ、新刻、こんな倫理観のない両親の家にいるのは危険だからここからも早く逃げなければならない事態になる前に「はい!わかりました!近日中に!」
「何言ってんの想なあ、おいおいマジかよ味方ゼロかよ」
「あ、そろそろお寿司見たいよ?」
「あ、そうですね!食べましょー!いえーい」
それからは談笑ばっかりで、なんなら想が無理をしているのではないかと言わんばかりの勢いだった。
食事を終える直前に、想から帰りに家の近くでおろしてもらうことは可能か、と提案があった。両親は止めけど、服を作る道具がまだ少し残っていてそれが必要なのだと言う。
「俺が一緒に降りるから、大丈夫じゃね?」
と言う提案で蹴散らした。デザインも縫製も、こいつにとっては血脈なのだ。自分がそうであるように。
と言うことで、新刻の少し手前でおろしてもらって、白ワインを買って帰ると言う両親の車と別れる。
2人で歩いていくと、2,3分で到着した。あたりを警戒しつつ、離れに入る。
「なんか一日二日でも久しぶりな気がすんな」
「そうだねぇ。まさかこんな心持ちでこの部屋に入ることができるなんて思わなかった」
と言って、準備をテキパキと進める想。
「よっしこれで発展編まで作れる。うん。大丈夫!」
「じゃいくか、先に外見てくるから、ちょいまちな」
「ありがとう」
そう言って、扉を開けて。
周囲を見渡したときに。
俺は気づかなかった。
黒ずくめのそいつに。