Lifetime Recipe~ & landscape:Page.00-3
:Page.00-3
会社退職から4ヶ月後の、4月23日。奇しくも、あたしの誕生日までちょうど半年。
やはりどれだけ話し合って、病院からの説明に同行してもらって話をしても、母はどこまでも心配らしく、今からでもやめないかと昨晩説得してきた。しかし、病気を前提に雇ってくれる会社など珍しいし、それまでを就職活動に費やしてしまう気はない。病気を隠して就職したとしても、仕事をしていて発作が来たら一発でバレる。真下や隠していたこともあってまたそこから先就職活動を余儀なくされる確率の方が圧倒的に高い。
それなら雇用されるのではなく、そう言った条件を自分で丸っと背負って、自分で人事も管理できるようにするため、決して企業なんて大袈裟なことではないけれど、自分で判断できる自営業のスタイルを選んだのだ。
「……ごめんお母さん。あたしは、止める気はないよ」
夜のリビングで母が「本当に明日出発するの」と話しかけてきた。
「ここまでお父さんにもお母さんにも迷惑かけつつも準備を進めてきた。会社辞めてから収入もないのに、準備を進めさせてくれた。なら、少しでも恩返しできるように、明日出発させて。危険があったらすぐ帰るし、月に一回の検診もちゃんと行くから。毎日連絡も取ろうよ。運転中とかは暇だから、連絡はたくさん取れるから。酸素も借りてるし、危険もなくはないけど、当面は大丈夫って先生も言ってくれてる。病気のせいにして、塞ぎ込みたくないんだ」
「……でも」
「心配してくれているのはわかってる。お母さんの言う通りだって思うこともあるよ。けど……一度、ひとりになってみたいっていうのもあるから。無理はしない。それはしない。あたしだって、無闇矢鱈に死にたいわけじゃないから。何かあったらちゃんと頼るし。その辺は絶対ちゃんとする。だから、行かせて?」
「もう、その意思は変わらないのね」
「そう、だね。この状況を抱えたあたしが、今のところ唯一、この状況を前向きに捉えられるようになる手段だから。車で旅しながら、カウンセリングしてくるよ」
「……そう。わかった。でも必ず、体のことはきちんとしてね?」
「わかってる。大丈夫。この間の発作だって、一応訓練って言って1人で酸素までたどり着けたでしょ?」
「……そうね」
「自分の体だし、自分の命だけど、それが同時に家族のものであることもわかってる。大事に育ててもらったから。裏切るようなことは絶対しないから。ね?」
あたしがそう言い切ると、お母さんは少しだけ何かを飲み込むようにして続けた。
「……そうね。わかってくれてるなら。そうね。明日は何時頃出るの?」
「うーん。明日即日の営業できるかどうかはわからないけど、まずは東京突っ切って神奈川までは言ってからウロウロしようかなーって思ってるから、午前中には」
「じゃあ、朝ごはんは一緒に食べましょう。私が作るわ」
「うん…ありがとう、お母さん」
そう告げると、母は寝室に向かった。
そのドアが閉まる時に少しだけ、思いを投げてみる。
…わがままな一人娘で本当にごめん。ありがとうお母さん。大好きだよ。
翌朝、3人で朝食をとって、一旦は最後の家族団欒のような雰囲気に包まれた。あたしはこの時間が大好きだ。けど、そこから離れる決意が、今は必要だ。暖かいところにいてばかりでは、影はどんどん濃くなっていき、そのうち麻痺して、頑張ればできていたこともできなくなってしまうかもしれない。こんな体でも可能性はあるのだ、と誰に啓蒙するでもなく自分が思い込みたい。まだ終わってないぞ、櫻月咲絆、と、思い込みから初めて、それを自分の力で現実にするための旅が、もう少しで始まる。楽しみ8割、今更2割怖い。心の膝に喝を入れて。自分の顔の頬を張って。
勝負だ自分。
朝食を終えて、お茶をして少しリラックスしてから、あたしはいよいよ車のキーを手に取った。キャンピングカーと、キッチンカーの鍵が両方ついている。
「…よし、行こう」
自分の部屋に暫しの別れを告げて、階下に降りると、両親はすでに玄関から外に出ていた。
「お待たせ」
「ん、いやいや。いよいよだな、咲絆」
父が声をかけてくる。
「うん。って言うか、お父さん、会社は?」
「このために午前半休取ったんだよ。言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ。わざわざそんなことしなくてもいいのに。とりあえず連休明けには一回帰るんだよ?病院あるし」
「そうなんだけどな。まあ、完全な初出発の日は今日しかないだろ。半休もらったくらいでエラーが起こるような仕事はしてねーしな」
「それはさすがだけど…でもありがとう」
「ん」
「さ、いきましょうか」
あたしの車は非常に場所を取るため、実家から歩いて数分の駐車場に止めてある。
少しの散歩。
「いい天気になったねぇ」
母が空を見上げながら言う。
「そうだな。出発にはいい」
呼応する父。
「そうだね。運転しやすそう。金曜日だから車多そうだなぁこの時間」
「安全運転でね?焦ることはないんだから」
「わかってるよ。あ、東京抜けたら一回連絡するかも。お昼休憩はどっかで取るから」
「高速は使うのか?」
「ううん。急ぐこともないから、全部下道でいく。特に都内は」
「なんで?」
「個人的な仕返しっていうか。本社の前通って行ってやろうと思って。てめーらが半ば首にした櫻月咲絆はこんなアクティブなやつなんだぞ、なのに捨てやがって、ザマアミロって心の中で思っていく」
「あっはっはっは!それいいな。一矢報いてやりましたよ!ってな」
「そうそう。まあ、捨てられたかどうかで言えば、あたしが見限った部分もあるけど細いことは気にしない」
と、言いながら3人で笑い合う。
そんな話になってしまった前の仕事のこともある。あの時は絶望感しかなかった。けど、今はジョークで笑い飛ばせる。
人に時間は必要だ。それに希望とか欲望とか思いを添えれば、真っ暗だった闇に光が刺すことだってあるのだ。自分の昏い部分に、ゆっくりと優しく光を育てていくことだってできるのだ。
そんな話をしていたら、駐車場に到着した。
「……それじゃあ、櫻月咲絆、出発します!」
「おう。かましてこい」
「気をつけてね。何かあったらすぐ連絡よ?」
「うん。ありがとう2人とも」
そう言って、練習がてらそれなりに乗り回したキャンピングカーの方に乗り込む。これでキッチンカーを牽引していくのだ。家を起点にするのならキッチンカーだけでいいのだけど、なんせ寝食をこの相棒と一緒にすることになるのだ。生活スペースも確保したいし、お店やっている時はキャンピングカーをイートインスペースにすることもできる。
と。
「ちょ、ちょっとまったー!」
と、少し遠くから声がした。
「ん?」
と父が真っ先に反応した。
「誰か来た?」
あたしが問いかけると、駐車場に向かって全力気味に走ってくる女の人の人影が見えた。
「あ!」
あたしは一度閉めかけたシートベルトを外してキャンピングカーを降りる。
「咲絆ー!」
と、大声であたしの名前を呼びながら駐車場に駆け込んでくる女性ー高校の時の同級生、森杜 明恋だった。両親も知った仲である。
「明恋!来てくれたのか!」
と言った瞬間、駆けつけてきた勢いのままハグされた。
「痛って!激突に近いよこれ」
「ごめんごめん。お母さんの電話がなかなか終わらなくて間に合わないかと思った。ごめん」
「明恋ちゃん、きてくれたのね」
と、母が声を掛ける。
「そりゃ、一応運転に関しても家庭料理に関しても弟子ですからね。時間も大体聞いてたし。間に合ってよかったぁ」
「ギリギリだったけどね」
「ごめんって。次戻るの連休明けだっけ?」
「うん。病院あるからそれは確定」
明恋には、自分のことは全て話してあった。
自分の選んだ料理教室の同じ期に偶然いたのだ。最初全然気づかなかった。綺麗になりすぎ。昔から彼氏いないとダサくなり、恋愛してると誰?ってなるほどに変わる子だった。それが、彼氏に合わせるとかじゃなくて全部自分流だったから、付き合っては別れてを繰り返してた時期もあった。いっときから、「なら最初っから自分でいりゃいんじゃね?媚びてふっつーにして自分出したら振られる、ってサイクルより効率いいし」なんて切り替えたくらいのマイペース主婦。子供はまだいない。
会社をやめて、実家に戻ってきて、そんな友人との再会。料理教室で再会してからの方が仲良いかもしれない。キャンピングカーに乗っての練習、牽引の練習とかも付き合ってくれた。明恋による運転教習中に色々話したせいか、考え方もなんとなくわかる。昔から仲は良かったけど、多分、再会でより仲良くなれたような、親友的な感じになった。
自分の境遇を全て知ってもらった上で、今回のセーブポイント付きの旅に賛同してくれて、運転のコツとか、料理も教えてもらっていたのだ。家も徒歩で10分とかからない。
「了解。事故んなよ」
ハグをといた明恋が握り拳を出してくる。
あたしはそれに自分の拳を当てながら、
「あたしの教官舐めんなよ」
と返す。
「いってらっしゃい。気をつけてね。間に合って良かったよ」
「明恋ちゃん、このあと、ちょっと早めのお昼になるんだけど、うちでお昼食べて行かない?主役不在の出発パーティしましょう」
「まじすか!行きます!このまま!」
母の提案に、颯爽と便乗する明恋。行くんかい。
「あ、でも一回帰って駆けつけます!昨日1枚分だけピザ生地余っちゃったんですよ!それ焼きませんか?」
「あら、いいわね!お父さんがこのあと仕事だから時間が早くてごめんなさいね」
「全然!うち旦那が早かったから朝食めちゃ早くて。お腹は、バッチリ空いております!」
……ぐぬう。
「…出発遅らせようかな」
羨ましくなってしまった。
「ダメ!ずるずるいっちゃうよ?あたしのダッシュを無駄にしないの。ほれ、はよ運転席」
「……そうだね。ありがと、明恋」
「さあ、ドーンといってこい!あ、帰る日付だけ教えといてね」
「後でラインするよ」
「おっけ」
そう言って、あたしは改めてキャンピングカーの運転席に乗り込む。
「じゃあ、みんな、とりあえず、行きます!また連休明けに!」
「連絡はしろよ!」
明恋の檄が飛ぶ。
「なんならこの後のパーティに向けてお母さんとスマホ繋ぐから実況しろ!」
エンジンがかかる。
「あはははは!わかった!」
「本当に気をつけなさいよ!咲絆」
「楽しめよ、咲絆!」
「うん!じゃ、櫻月咲絆、いっきまーす!!」
ギアチェンジ。
あたしは、アクセルを踏んだ。