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カウンターの隣席 #10
正月はクライシスを紫金石する時
「あけましておめでとうございます。」
やっぱりこの言葉が好き。
実はここしばらく僕の周りではクライシスの嵐が吹き荒れています。そりゃ誰もが生きていれば常に苦楽は繰り返されるもの、と思いますが、特に昨年あたりは本当に嵐。
まず2023年10月には大好きだった叔母が他界。おふくろ方5人姉妹の長女で、老人ホームに入るおふくろにはおばさん逝去のことは内緒です。認知症でトンチンカンかと思いきや実は奥底でわかっていますから。
そして2024年2月、カミさんがお義母さんと共に暮らしたい、同居している義姉の手伝もしたいと、大阪から横浜へ転居。
その1週間後、我が家の愛犬クロが体調を崩し、物を食べない歩かない。僕がパニクっているうちに3月カミさんのお義母さんが急逝。
4月、カミさんの東京時代の親友が逝去。
5月、クロに鼻腔内悪性腫瘍が見つかり余命3、4ヶ月と宣告を受ける。
6月、一縷の望みにかけてクロが放射線治療に挑む。直後、首輪もリードもできない状態(おそらく病院トラウマ)になり、1ヶ月ほどはなんとかリードをつけて散歩に出て、周囲の犬友も喜ぶほど回復したように見えましたが、2、3ヶ月で失速。今度は以前よりさらに強固に首輪とリードを拒絶し、まったく散歩に行けなくなり、食欲を失い、失禁が増え、最終的には見たこともないような酷い痙攣を起こし1時間以上も自失状態に。
10月31日早朝、クロが13年5ヶ月の命を終え旅立つ。
そして12月上旬、ものすごくお世話になって来た兄貴のような存在だった3歳年上の編集者田中さんがひっそりと他界。
田中さんとは10年近く連絡を取り合っていませんでした。理由があったわけではなく、田中さんは東京だし僕は大阪と距離感もあり、そんな自然の流れで。が、11月上旬に突如連絡が入り、そこから亡くなられる1か月の間、実に内容の濃いやりとりが繰り広げられるのです。
僕が昨年7月、noteにアップデートしたまま停滞していた、大阪ミナミに実在したそば屋物語「幻の迷店『麺酒房かしわぎ』」をひそかに読んでくれたいたのです。
誰が読んでいるかわからず、すっかりモチベーションが落ちていたところに、まさか田中さんが楽しみにしてくれていたなんて、嬉しくて嬉しくて。
ざっと経緯を辿るとこんな感じです。
7月7日、序章「消えた『かしわぎ』」更新
7月16日、第一章「大阪ミナミにモッタモタの江戸っ子参上」更新
7月17日、第二章「喉が渇く!」更新
8月7日、第三章「酔っ払いの救世主」更新。休耕状態に入る。
11月上旬、田中さんから「面白い!次回を楽しみにしている」とメール。その後「時代がわかる風情を加筆し、柏木さんの言葉をもっと江戸弁にするとより面白い」と指示が入る。
修正の旨を連絡するとこんな返事が。
「さっそく読ませてもらいます。ところで12日から急きょ入院。春を迎えられるかどうか、だそうです。それまでに完読したいゾ。」
この後、お互いの個人的な近況のやり取りを展開。
エンジン全開でペンを走らせる。
11月17日、第四章「別れと新たな出発」更新
「頑張れ‼ あっちで柏木さんと読む手もあるけど」「今日13年ぶりに娘に会った」などとメールが来る。「いや、柏木さんには内緒でお願いします」と僕が返信。
柏木さんとは「幻の迷店『麺酒房かしわぎ』」の主役の方です。僕と田中さんはこちらの柏木さんを介して出会ったのでした。この方は2004年の夏に74歳でこの世を去っています。
11月18日、第五章「老いて移転」更新
11月19日、第六章「ヤキニク午前二時」更新
11月21日、第七章「オカン大劇場」更新
11月27日、第八章「編集者としての血」更新
11月29日、練馬の病院までお見舞いにいく。田中さんが大阪在住時代に好きだった新世界「梵」のステーキカツサンドを土産に。車椅子だが目は相変わらずぎらついている。「食うことしかもう興味がないんだ。あとはこう見えても歩くリハビリ中。12月8日に富山の病院へ転院するから、その後歩いて町中華食べに行こう」と約束。
12月8日、第九章「ワナワンダフル東京」更新
12月13日、最終章「たかがそば屋、されどそば屋」更新
1月3日、共通の友人から訃報が届く。「12月9日に様態が急変しご逝去」
毎回、更新のたびに連絡を取り合っていたのですが、12月8日分から返事がなく、何となく嫌な予感がしつつも、とにかく書くことに全神経を集中させました。しかし、やはり。
さて、僕の周りに吹き荒れるクライシスはざっとこんな感じです。他にもライター関係で長年お世話になってきた人々との離別がいくつかありました。この方々は僕にとっては主要取引先。実質、ライター廃業も同然です。さらに複線のひとつでもあった収穫野菜の販売についても、一番のお得意さんであった会社が年末に倒産。
なぜあの人が、なぜ愛してやまないクロが、なぜあの会社が。もしかして次は自分か。あらゆるネガティブの応酬により何度も奈落の底に落ちた感じがしました。
しかし、僕は生きている。まったくと言っていいほど支えがなくなっても、右ひざを痛めていても、ぎっくり腰でも、なかなか元気に、なんだったら笑って生きている。
これは同じクライシスでも、14歳の時に父が急逝した時とは何かが違います。そう、あの時は、立ち直るまでに10年以上の時間を要しました。また32歳の時に愛息と離別を強いられた時も違います。あの時は立ち直るまで2年ほどかかりました。
しかし、今回は立ち直りが実に早い。確かにどん底まで落ち込むのです。泣いて泣いてもう涙が止まらない。苦しくて辛くて耐えがたいものがある。でも、ふと別の見方があることに気づくのです。また自分自身の在り方にも。というか、こういうクライシスが実は飛躍的な成長・活路の第一段階であることを僕はもう知ってしまっているのです。
例えば今語ってきたことはこんな感じに進化します。
1.大好きな叔母さんが亡くなったことについて。戦後間も無くしてご主人を失い、以来単身のまま半生以上をクリスチャンとして教会活動に励み、100歳まで生きたということは、これほどに華々しい旅立ちもそうそうないとも思える。
2.義母の他界について。大阪に20年ほど住んだカミさんが、横浜に住む義母と共に一日でも多く暮らし、最期を看取ることができたのは実はとても幸せなこと。また享年91歳は大往生。叔母さんと並び、特に大病で入院することもなく、それはメデタイ旅立ち方とも言える。
3.クロの最期について。10か月に及ぶ闘病期間は僕との間に切っても切れない確かな絆が生まれた。また少なくともこの13年間、子供のいない我が家の子供役となってくれて、言葉にはならないほど楽しく眩しい時間をいっぱいくれたことは、とてつもない幸せな時間だった。またクロがいてくれたことで自分はずっと守られていたのだな、とも思う。
4.田中さんのことについて。あまりに突然で一瞬の再会と別れであったが、あの時田中さんが読んでくれていたこと、楽しみにしてくれていたことで、勇気をもらい、自信をもつことができた。おかげで「幻の迷店『麺酒房かしわぎ』」を書き遂げることができた。また今後の自分の方向性みたいなものが明確になった。
5.農作物を買ってくれていた会社が倒産したことについて。これについてはまだ整理がついていません。が、畑を始めて間もなく満4年。料理や店のことばかりで、もっと大事な土のこと自然のことについてはドシロウトだった僕が、ここまで来れたことは実はすごいことだったのだと思いつつあります。
6.ほか様々な仕事との別れについて。長い付き合いの雑誌社から容赦なくはしごを外されたり、人の3倍の労働と責任を平気で押し付けてはギャラは半減などと、超ブラックもいいところでとてもつらい思いをしてきました。でもこれは別れて正解だったと思います。その代わりに、畑にとことん集中できたし、料理に対する考えも飛躍的に深まったし、地域との交流も深まり、また何よりも愛するクロと大事な時間を共有できた。
7.そうそう、色々ありすぎて忘れてました。携帯電話を大破したこと。ラジオでも話しましたが3月に買ったiPhone15が11月にトラクターの隙間に落として粉々になりました。現在新しい16を買い、料金は2機分払っています。これについては人生全てやり直し。いちからリスタートの覚悟を、と何かに言われた気分。27歳の時やっていたバーが燃えてしまったことを思い出します。あの時は一応ボヤ扱いですが、店内は全損。階下にも水が漏れ大変でした。強制的に営業停止です。
ざっとこんな感じです。今の僕を支えているのは、畑の収穫に合わせて作る料理を決める「旬野菜とスパイスを楽しむ会」をやることです。これが本当に楽しみ。
そして、そこに今あらためて「書く」ことが加わりました。もう書かない、と硬く思ってきたのですが、それは違うと。いや、むしろもっと研ぎ澄ませ、自分自身を極めていくのだと思えるようになったのです。編集者田中さんから鼓舞激励をいただけたことは、あまりにも大きな喜びであり、気付きであり、これほどの大収穫もありません。
こんなことで、もう喪中ハガキを出してる場合じゃない、1ミリでも誰かとめでたさの方を分かち合いたい。そんな思いで「あけましておめでとう」を率先して口にしている次第です。
最近の愛する者たちの相次いでの旅立ちは、人には確実にタイムリミットが存在することを示していることは明らか。自分がいったい何歳まで生きられるのかわかりませんが、自分に嘘をついている時間はもうない、少しでもズレていることはぴしっと修正せよ、そしていよいよ本番に取り掛かれ、とそういうメッセージなのだと確信します。
今後ともよろしくおねがいします。
ぜひ「幻の迷店『麺酒房かしわぎ』」をご一読いただければ嬉しいです。
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