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幻の迷店『麺酒房 かしわぎ』序章
序章 消えた『かしわぎ』
二〇〇四年七月、食事を終えた夜九時頃。
大阪北千里の団地でまったりとしながらテレビを観ていた。珍しく近鉄バファローズの試合が放送されている。球団最後の年ということでなにかと目にすることが増えた。僕は球団のホームグランド藤井寺球場のすぐ隣の団地で生まれた。
「んなもん今までテレビでまったく放送せえへんかったくせに球団がなくなると決まった途端に大騒ぎしとる。球場は毎日ガラガラやったから取り壊しになったわけで」
「そうねぇ。私は野球を観ないしまったくわかんないわぁ」と缶ビールをグラスに注ぎながらカミさんが応える。
ブゥゥゥンブゥゥゥン。電話が鳴った。
誰だ、こんな時間帯に。画面を見ると、仕事仲間の編集者なかもっちゃんからだった。
「あ、ケンちゃん、今話しても大丈夫かな」
なにやら神妙なトーン。どうしたのか。
「驚かないで聞いてね。すごくショックな話なんだ」
彼女の声が少し上ずった。
「あのね、柏木さんが、死んじゃったって。噂、噂だよ。私も確認してないから本当のことわかんないんだけど、でも、でも、こんなデマは流れるとも思えない。脇田さんからさっき電話があって、そこで私も初めて知ったの。だから、だからケンちゃんのほうからも確認してみてっ」
脇田さんというのは、なかもっちゃんが懇意にしている京都の料理研究家ククさんのご主人であり、柏木さんの唯一の弟子でもある。照れ屋で無口、マイペースな柏木さんは常々「弟子とか先生という関係は好きじゃない」といっていた。が、この脇田さんだけには技を伝授した。「なにがなんでも柏木さんが好き」と無理を承知で門をこじあけてきた男気のある方だ。
当時の僕は専業ライター。『かしわぎ』には大阪の編集業界人やそれにかかわる者たちが多く集まっていた。
なかもっちゃんのうなだれた声を聞いて、僕は全身の筋肉が破砕されたようにその場に膝から崩れ落ちた。額にゆっくりと汗が流れ落ちる。
そんな馬鹿な。信じられない。
時刻は九時半。そうだ、店に電話してみよう。ひょっとしたら何かの間違いかもしれない。プルルル、プルルルルルル。出ろ、電話に出ろ、柏木さんっ。
「プルルル、ガチャ。はい、柏木です」
出たっ、出たやんか、柏木さんっ、僕です。
少し間をおいて「本日はまことに勝手ながら休業となっております。営業時間は夕方六時から夜の〇時まで。定休日は……」
柏木さん特有の間を感じる留守番メッセージが流れた。
いや、待てよ。今日は休みで家のほうにいるのかもしれない。そうだ。
滅多と電話することのない部屋の番号にかけてみる。プルルル、ガチャ。
「はいっ、柏木です」
出た、おかあさんの声だ。
「あっ、お、おかあさん。あの、柏木さんはどうしてるの」
「あのねぇ、父ちゃん死んじゃったぁ。酒飲んで、頭ぶつけてね」
「うそでしょ、それ本当の話なの。なんで、なんで死んだの」
「私もよくわらないよ。とにかく、酒を飲んで、その日はえらく酔っ払って、それでどこかで頭を強く打って、そのまま死んじゃったんだよ」
恐ろしいくらいにおかあさんはきょとんとした口調で話した。普通なら泣き叫ぶようなことなのに、いつも以上に穏やかに、そして静かに。
「おかあさんは大丈夫ですか。ちゃんとメシ食べてますか」
「あぁ、あたしゃ大丈夫だよ。さっきうどん食べたからさ」
「でも、柏木さんはどうして」
「それがあたしにもよくわかんないんだよぅ」
だめだこりゃ。なにを聞いても真相が見えてこない。この方は元々、躁鬱が極端で掴みどころが難しい性質である。
テレビからは近鉄バファローズ勝利による仰木監督の満面のインタビューが流れていた。
どうすることもできず、僕は布団をかぶってただただ咽び泣いた。
翌日、脇田さんのところへ電話する。
「そうなんよ、ほんまの話や。東京のご遺族から連絡がきてんけど、なんや詳しいことはご遺族もようわからんらしい。とにかく、酔っ払って転倒して、道路に頭を打つけたことが原因、つまり脳挫傷による脳内出血やて。死亡推定日時は七月二〇日の午前九時頃ということやわ」
だんだんと実感が出てきた。さらに脇田さんは続ける。
「なにやらその日に東京の次男さんが結婚をする報告をしに大阪に来ていたらしい。せめてもの救いがあるとしたら、めでたい酒やったことやな。嬉しくて嬉しくて、ついいつも以上に酔っぱらった。それでそのままあの世へいってしまった。そう思うと、いい死に方やったのかもしれへん」
今まで柏木さんから子供さんたちの話を何度か聞かせてもらったことがある。三人いること、次男さんだけが結婚に興味がないように見えるということ、東京に未練はないがそのことだけが心配ということなど。
「でも、それ以上のことはご遺族の方々も把握できてないらしい。葬儀は東京のご遺族のみで行われたと。僕らにはどうすることもでけへんな。ほんまに寂しいわ」
確かに寂しい、もどかしい。
八月一日、夕方。
僕はカミさんと共に『かしわぎ』の後片付けを手伝いにいった。地下鉄心斎橋駅をおり、大丸百貨店側の出口を出て、東心斎橋の湿っぽい路地を東へ抜ける。そして堺筋を越え、島之内エリアに。この辺りはニューカマーコリアンタウンとなりつつあり、通りにはハングル語表記のみの食堂や床屋などがどんどん増えている。そしてコリアン系もまっつぁおなほどド派手なネオンの激安スーパー玉出の前を通ったら左折。五〇mほどいったところに『かしわぎ』がある。創業地は繁華街の東心斎橋のど真ん中だったが、四年前にここ島之内に移転したのだった。
店内に入ると、ほぼ片付けが終わっている状態だった。薄っすらと差し込む外の夕陽が、柏木さんがいつも腰掛けていたパイプ椅子と、白いソバ粉と埃で艶を失った延し台をぼんやりと照らし出す。
その椅子の横にはソバ粉が入ったブリキの缶、無造作に延し台の上に置かれた延べ棒、さらに山積みの雑誌や新聞などが崩れそうになっている。
「やっぱり柏木さんって元編集者なんだね。雑誌や新聞がこんなにあるんだから。そばの延し台の端が書棚みたいになってるよ」
柏木さんはそば屋になる前は、東京本社のとある出版社に勤めていた。元々編集者として東京で活躍し、大阪に支社が出来ると同時に支社長として赴任。その後、定年を機に帰京することなく、大阪・ミナミでそば屋を開業したのだった。
その中にいつしか僕が手渡した仕事ファイルも挟まっていた。自分が執筆してきた中で、柏木さんに見てもらいたいと思うものを選出した作品集である。ビニールファイルの中に納まっているものの、何ページかは汁かダシが染みて茶ばんでいた。
ただ、これら以外はどこを見渡しても殆どの物品がなくなっている。普段は湿気ている厨房の床もすっかり乾いていた。東京のご遺族が整理されたのかもしれない。
おかあさんは何を言うわけでもなく、カウンターの隅あたりでタバコをふかしながら膝をカクンカクンとさせ、身体を上下に揺らしている。これは以前からのお決まりの癖なのだ。
とりあえず、書物や何本かの一升瓶などを住居が入る五階へ運ぼうと整理をはじめた。そうこうするうちに、ふと、あることに気づく。それは柏木さんがいつも酒を飲むために愛用していたボコボコに凹んだ計量カップがどこにも見あたらないことだ。
おかあさんに尋ねると、ポカーンとした表情でよく伝わってない様子。その場で脇田さんに電話する。
「そうやねん。あの軽量カップが出てこーへん。いったいどこへいったんやろう」
さてはあの世へ持っていったか。
十八時過ぎ。細々とした荷物を部屋まで運び終えた僕とカミさんはそろそろお暇することに。階段を降りて、振り返るようにしてもう一度店先にたつ。
普段ならこの時間くらいから、店先に行灯、入り口に暖簾、そして「麺酒房」の文字が入った白い提灯に明かりが灯る。それが今は艶を失った格子戸が硬直したまま。入り口の上にかけられた『かしわぎ』の木の看板のみが取り残されている。
いつも柏木さんはここまで見送りに出てきてくれていた。僕だけでなく多くの常連客にとってこの場所は大切なホーム。あって当たり前だし、無意識のうちによすがとなっていた。
「閉店のお知らせみたいなものを張っておいたほうがええんとちゃうかな。みなさん絶対に心配しはると思う」
僕がそういうと少し間をおいてカミさんはこう応えた。
「いや、そっとしておこうよ。柏木さんならきっと何もしなくていいよって、ほらあの計量カップで酒を飲みながらそういうんじゃないかな」
ふむ、そんな気もする。
僕たちはその場で店に向かって手を合わせた。
二〇〇四年七月の未明、人知れず『かしわぎ』はこの世から消えた。
第一章 大阪ミナミにモッタモタの江戸っ子参上
第二章 喉が渇く!
第三章 酔っ払いの救世主
第四章 別れと新たな出発
第五章 老いて移転
第六章 ヤキニク午前二時
第七章 オカン大劇場
第八章 編集者としての血
第九章 ワナワンダフル東京
最終章 たかがそば屋、されどそば屋
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