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Of course!
鉄道といえばニューヨークとニューオリンズをつなぐアムトラックのクレセント号が毎日上りと下り一本ずつ止まるだけ。市内の路線バスは平日は午後6時で運行を終了し、週末は全くおやすみ。そんな町で車なしで過ごすのはとても大変だった。だが、車がなかったからこその発見もあった。ヴァージニア出身のルームメイトLは車を持っていたので、どうしても必要な時には乗せてもらった。そんなとき、お礼を言うとLが決まって返す言葉があった。
"Thank you for taking me to the post office."(郵便局に連れて行ってくれてありがとう。)
"Of course!"(もちろん!)
気持ちのいい返事だ。お礼を言われた時の返答の仕方にはいくつかある。中学校で一番最初に習った表現は"Your welcome"。 これはアラバマではあまり聞いた記憶がない。わたしが言いがちなのは"No problem"(いいですよ)。なんかそっけない。"Of course!"(もちろん!)あるいは「こんなことをするのは当然ですよ」という感じだろうか。とても感じが良い。返答パターンに加えたい表現だ。Lはよく、"I'm here to help you"(あなたを助けるためにいますから)とつづけた。真顔でここまで言えるようになるにはまだ時間がかかりそうだ。
”Of course!”を当然のように「もちろん!」と訳した。辞書にもそういう訳語が載っている。でもなぜofとcourseで「もちろん」あるいは「当然」という意味になるのだろう。こうゆうときはまず、英単語の語義を古い順に掲載している『オクスフォード英語辞典』に当たってみるのが良い。of courseという熟語の語義は四つに分類されている。古い順に並べてみよう。括弧内の数字は各語義の最古の用例が記録された年だ。
①「副詞的な用法:しかるべきコースに乗っている;普通の、予期可能な、あるいは習慣的な順序や過程に従った;自然の結果として」(1533)
②「形容詞的な用法:一般的なあるいは通常の手続きに属する;世間一般によくある;習慣的な;自然の、予期された;(単語や熟語その他について)形式的な、慣習的な」(1541-42)
③「節や発言、返答などを限定的に修飾する用法:自然に、予期され得るように;明白な理由のために、明白に」(1790)
④「肯定を強調するための感嘆表現:はい、もちろん;いうまでもなく、もちろん」(1817)
Lが使った返答の"Of course!"は最後の語義だが、一番古いものまで遡ってみるとこの熟語が本来持っていた手触りがわかる。まずはcourseという単語の「人・物が進む道」という意味から直接出てくる、「しかるべきコースに乗っている」という意味。そこから「普通の、予期可能な、習慣的な順序や過程に従った」や「自然の結果」はすぐに出てきそうだ。いずれにせよ、誰かの意志の介在をあまり感じさせない表現だ。これを踏まえて"Of course!"を見直すと、とても謙虚な表現に感じられる。自分の意志で、時間というリソースを投入してやった行為なのに、それは当然の理ですと言っているのだ。
日本語の「もちろん」についても考えたい。オクスフォード英語辞典の日本語版と言ってもよい『日本国語大辞典』によれば、この言葉はかなり古い。「(議論の余地が無いの意。多く副詞的に用いる)いうまでもなく自明であること。無論。」この意味で既に1275年に用例がある。「この義、勿論なるべし」(これは議論をまたないことだ)。「勿」という漢字は物事が存在しないことを表す。「もちろん」は"Of course"と重なるところもあるが、それは枝葉の部分で、この英語表現の根からは離れている。
もっと似た日本語はないかと悩んでいると、友人が「軌道に乗る」という言葉を教えてくれた。同じく『日本国語大辞典』によれば、「物事が、あらかじめ計画したり、予想していた通りに、順調に進んでいくようになる」という意味で、用例としては中島敦の1942年の小説『光と風と夢』から「この仕事も漸く軌道に乗ってきたことを感ずる」という一文が引かれている。どうにかof courseを使って英訳できないかとネイティブスピーカーの友人に相談してみた。of courseを①や②の意味で使うことは今ではほとんどないが、無理やりやるとすれば、"I feel this project is finally progressing of course"とすることはできそうだという。「軌道に乗る」の方が「もちろん」より"of course"の元来の意味に近いとはいええるだろう。英語では一つの言葉で表されることが日本語では二つのあまり関係ない言葉で表されるのだ。①の意味のof courseの訳には「軌道に乗る」を使ってみたいが、④はやはり「もちろん」だろう。
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ちなみに、of courseとoff course(正しい方向から外れた)は意味も違うし発音も違う。of courseのofはとても軽く発音される。最初の音は唇の筋肉を緩めて口が少し開いた状態で出す曖昧な「ア」。カジュアルな会話ではofが落ちてcourseのみが発音されることもある。ofはほとんど実質的な意味を持っていないのだ。対してoff courseのoffはもっとはっきり発音される。最初の音は口を大きく広げて「ア」。on courseと対になる表現だから、最初のoffも相手にそれとわかるように言う必要がある。offとonは正反対。間違うと大変だ。もちろんこのoffを落として発音することはない。
英語には日本語の「ア」に似た音がたくさんあり、一つ一つを区別しなければいけない。apple(アップル)とanother(アナザー)の「ア」は違う音だ。さらにはopportunity(オポチュニティ)の最初の音もアメリカ英語では「ア」に近い音で発音する。これはappleの「ア」とも、another「ア」ともまた違う。とにかく「ア」にもいろいろあって、使い分けなければいけないが、よく混同して意思疎通に支障をきたす。飛行機でcoffeeを頼んだらcokeが出てきたこともある。「カフィ」と言うべきところを「コウヒィ」と日本語風に言ってしまったからだろう。of courseの話から完全にoff courseしてしまったので今日はこの辺で。