1年寿命が伸びました「毎年死ぬと思う理由」
人間ドックと内視鏡
かれこれ20年ほど人間ドックと内視鏡を毎年やってます。3年に一度くらいは良性のポリープがあったり、逆流性食道炎があったりしますが、今年も満点でした。視力も1.5と1.5、体重や体脂肪や内臓脂肪などはもちろん、血管年齢も30代です。若い時のスポーツ心臓(あまりに持久力スポーツをやりすぎて心拍数が40以下でした)を運動しないことで治しました。今では60です。
毎年死ぬと思う
毎年、夏までには自分は死ぬと思っています。そして、人間ドックと内視鏡で問題がなかったもう一年だけ寿命をもらったと思っています。
メメント・モリと言うと安っぽくなるのですが、そんなきれいじゃなくて、下心丸出しで生きることができるのです。
どういうことかというと、「へへへ、来年の今頃ももう一年寿命をもらってやる・・いっひっひぃ〜!」という感じで毎日生活しています。
正午
正午にコンビニ弁当を買うだらしない体型のサラリーマンを見て「来年は寿命をもらいたくないんだろうか・・・」と思いながら、向かいのスーパーのメカブを買うと「チャリーン!」とワンポイント・アップした音が聞こえます。
夕方
辛そうに仕事をしている人を見ながら「ご苦労なこった」と思いながら、筋トレをすると「チャリーン!」とワンポイント・アップした音が聞こえます。
1万ポイント
だいたい計算上1万ポイントで来年も寿命をもらえると考えています。
言いたいこと
ポイ活をしなくてもいいんです。でも、「マイナスポイント」を稼がない方がいいと思いませんか?
どこからの思想か
これは実は女性からの思想の受け売りです。しつこいようですが、ボーボワールのファンですので『老い』から影響を受けて音楽やっています。
彼女の考え方では60歳超えたら「音楽家と画家以外は老いたらすっこんでろ!」「文字も書くなクソ老人が!」ということです。
私も焦って今本を書いています。今年50歳なので、後10年で全てを残さないと、ただの老害になるからです。
(ちなみに、五木寛之さんとか佐藤優さんとか例外的な人はいっぱいいますよ)
音楽家と画家だけ
音楽家と画家だけが老いたときの演奏や作品が若い時よりも良い物になるのです。これは過去の作曲家を見ても、画家を見ても、証明されています。最晩年の遺作が最高傑作である芸術家ばかりです。
だから音楽家として音楽哲学を身に付けていつまでも成長して生きよう!と言ってるんです。でも、労働者階級には伝わらないんです。そこから抜け出そうともしないからです。そんなヤツらは永久にこっちには来られないんです
20代でボーボワールを読んでいなかったら私は今頃そこらへんのサラリーマンと同じような生活を送っていたかもしれません。
(怖いのはホントは読む気なくて、だれやねんこのオバハン? フェミニストか、カンケーねーし・・と思ってたのですが、サルトルの奥さんだったらということで読んで驚きでした。フランス語が分からないので英語で読みましたが、以下の日本語訳もちゃんと訳されてます)
まとめ
39歳で引退して悠々と暮らせているのは毎年死ぬと思うからなんです。
人間ドックは病院を貸し切りでやりますが、入った時に、終わって出て行くサラリーマンが「俺去年D判定だからさぁ」「俺だって去年脂肪肝やっちゃってるからさぁ」と不健康自慢大会になっていました。恐らく、「身体を酷使してまで働いた俺ってカッコイイだろう」というお考えなのでしょうか。
音楽哲学以前の、哲学以前の、知能の問題です。
こんな人間と同じ民族であることが情けないのですが、今後は視野に入れないようにします。
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