第一回 子ほめ
人間というのは悲しいかな忘れてしまう生き物。
たくさんの師匠方にたくさんの噺を稽古をつけてもらってたくさんの大切なことを教わったけれども、時が経つとやっぱり忘れてしまう。
なので、
「忘れてしまう前に文字に起こしておこう」
ということでnoteに書いていきます。
噺に込めている想いなんかも。
ただ実名を出したり、師匠方から稽古で教わったことを不特定多数の人間に見せるのはまずい気がするので有料記事──の予定でしたが第一回は特に不都合も無かったので無料にしました。
上級者向け。
思い出したら随時更新。
「この噺で『ウケる』という事を覚えなさい」
なんて事を言われて教わった【子ほめ】。
白酒一門では【道灌】を一年やって(私は一年半だった)基礎を学び、二席目に覚える。
雲助→白酒→私
で教わっているはずだが、雲助師匠と白酒では随分と違う。
白酒が教わった通りやっていないとか落語を変えるとかではなく、雲助師匠が噺を随分工夫する。
以前聴いた雲助師匠の子ほめでは『大人は上手くいかないから、と子供に世辞を言うも失敗し、逃げる子供に石を投げつける』というくだりがあった。(めちゃくちゃ笑った)
オリジナルだと思うのだけれど、この工夫の塩梅──面白ければなんでも良いというわけじゃなくて、ルールに則って噺を遊ぶ感じ──を私も大事にしたい。
それからスタンダードな噺でも研究して工夫していく姿勢も。
白酒の子ほめは落語初心者に優しい。
例えばサゲ。
「うちの子を褒めに来たんじゃねーのかよ」
「いや、ただで酒飲みに来た」
コレが白酒版のサゲ。
「初めて落語を聴く人が『どう見てもタダ(半分)でございます』だとポカーンとするから」
だそうだ。
落語って難しいな、とそんな風に思わせない工夫。
ただ、師匠が子ほめを滅多にやらないし、兄弟子二人はこのサゲを教わってないらしいので、これを私の変な工夫と思っている人も多く、色々言われたりもした。
確かにこのサゲ、理解はできるがスッキリはしない。
師匠も納得がいっていないようだった。
だけどこの「初心者への配慮」という精神が素敵だなぁと思って、本来のサゲも教わっているが私は白酒版のサゲでやっている。
他にも、くすぐりで『長命丸』を出さなかったり、「絞め殺せ」とか乱暴な言葉がなかったりするのも白酒の配慮だと思う。
一度テレビで【子ほめ】をやられていたので、それで抜いただけかもしれないが。
白酒は特に技術的な何かを教えてくれることはなく、間違えている時だけ「間違えている」と言ってくる。
子ほめだと「手をポンと打つ音と言葉は被っちゃダメ」なんて事を言われた。
あとはほぼ自由。
不安になる。
子ほめのネタおろしは鈴本演芸場だった。
出来がどうだったか全く覚えていないが、楽屋で師匠に、
「子ほめどうだった?」
と聞かれ、
「思いのほかウケました」
と答えたことは覚えているので、思いのほかウケたのだろう。
師匠は「思いのほかって、もともとどのくらいだったんだよ」と仰っていた。
丸暗記していた最初の頃は、伊勢屋の番頭さんが「もとがお白い」なのか「もとがお黒い」なのか、そして何歳なのか分からなくなることがあった。
これを丸暗記するだけじゃなく、絵を想像して喋る、意味を理解して喋ると間違えなくなるし会話らしく聞こえる。
「たまに【道灌】をやると、色々な発見があるよ」
どちらかというと私にとっては【子ほめ】がそうで、初心にかえることができる。
二ツ目目前、子ほめをかけまくっていたのはそういうこと。
【子ほめ】一つとってもたくさんの思い出がある。
だけど噺家はそういった事を話さない。
高座でも仲間内でも。
面白いという話でもないし。
だけど忘れてしまうには惜しい気がして、こうして掬い上げては今後も記していきたい。
忘れないように。
噺の備忘録。