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【39日目】着物

大学のオチケンとはなんの略なんだろう?
落語研究部? 落語研究会? 落語研究サークル?
オチケンじゃなかったので分からない。
オチケンじゃないということは、もちろん着物なんて持ってなかった。
初めて買った着物の話。

初めての着物

師匠に言われて、ということなのだろう。
着物の購入に兄弟子のこはく(当時はまぐり)が同行してくれることになった。
浅草演芸ホールのほど近くにあった今は無き着物屋に行くことに。

兄さんの昼席終わりに行くし浅草演芸ホール近くということもあって現地集合でも良かったが雷門に集合する。

「待ち合わせといったら雷門だろ」

とのことだが観光客が多過ぎてなかなか合流できなかったのを覚えている。

着物屋に着くともう何が何だかわからなくて、ただ兄さん任せていた。

「好きな色とかある?」

好みの着物の色を聞かれるも正直なんでもいい。

「ないです。紺色とか……地味だったらなんでも」

前座の着物といったら紺色というイメージ。
「あそう」と、それから暫く着物を選ぶ兄さんを見ていた。
どっちが付き添いなのかわからない。

「これ、地味だけど前座が着てるの見たことないな」

と見つけてくれたのがコレ。

鼠の縞とでも言うのか。
当時の私には分からなかったが、見習い前座を約五年半やって、確かにコレと同じものを着ている人を見たことがない。
値段も一万円ちょいとお手頃。
「嫌です」なんて言う理由もないのでコレにした。

大好評

この着物は凄く師匠ウケが良かった。
白酒は「わざわざ誂えたの?」と言ってくれた。
今時の言葉で言えば「オーダーメイド?」となる。
あまり見ない着物だし体に合っていたのだろう。
これと同じ事は色んな人に言われた。

志ん彌師匠は「古今亭好みのいい縞だねぇ」と言ってくれた。
古今亭好みの良い縞なのか。

正雀師匠は「高い着物着てるねぇ」と言ってくれた。
「高くないです」と言った。

とにかく着物がすごく褒められた。

噺家は着物を見る目がない。

という話ではなくて、それだけ安くて良い着物を選んでもらった。

末廣亭の白酒芝居

去年だったか、末廣亭で白酒がトリをとることになったその初日。
師匠の風呂敷を拡げてみると羽織が2枚入っていた。
着物が入っていなかったのだ。

「師匠着物は……」

私が包んだわけじゃないので当然訊ねる。

「え? 入ってない? なんだよめんどくせーな」

なんか怒っていた。
私が包んだわけじゃない。
おそらくご自身で入れ間違えている。

「着物貸して」

その頃の私の着物は膝も破れているし袖もほつれているしで、

「辰ぢろの着物がいいと思います」

と言った。

「いや、あられのでいい」

「辰ぢろも体大きいので合うと思います」

「いや、あられのでいい」

「結構汗かいてますしボロボロですし」

「あられのでいい」

しつこい。
もうしょうがないので着物を貸したら、

「小せえな」

「いや、まずありがとうだろ」と思ったが言わなかった。
むしろ「その着物、私にも小さいので」とフォローした。
偉い。

自分の着物で師匠がトリをとっているのを半襦袢とステテコという姿で暫く見ていた。
不思議だった。
着物に先を越されたようで。

五年半で

『着潰す』とはこういうことだろう。
膝の破れたところは、

ギュッとまとめて安全ピンで留めた。

袖の破れたところは

最初は縫っていたが、面倒になってホッチキスで留めた。
しかしすぐ取れるので最後はアロンアルファで。

朱色の墨が飛んだところは

上から黒い墨で塗り潰して目立たないようにした。

そしてなんだかよくわからない所は

なんだかよくわからないのでほったらかしにした。

こんなボロボロの着物で客前に出るのは良くないが、寄席の開口一番は「関係ねぇ」と着続けた。

二ツ目になって

前座の頃に着ていた着物というのは大体下の体格の近い前座に譲るものだが、この着物はボロボロ過ぎて渡せない。
渡そうものなら「捨てといてってことですか?」と言われそうだ。

どうしようか?

コロナ以前、コンビニに売っていた男心を擽る雑誌には『グラビアアイドルが実際に撮影で使用した水着の切れ端』が付録としてついていることがあった。
それと同じようにこの着物も切り刻んで、お客さんに配ろうか。

割となんでも記念にとっておくタイプだけど、何でもかんでもとっておくには記念や思い出になることが多すぎる。
たぶんこれからも。


39/40 新宿末廣亭 九日目
【岸柳島】
昨日あげていただいた噺を早速ネタおろし。
大きなミスもなくやり切った。
特に盛り上がる噺ではないが、ここ数日の苦労から解放された達成感で満足。
あと1日。

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