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挨拶

「こんにちは」

私は高座に上がったらまず挨拶をする。
これは前座の頃からやっている。
何かポリシーがあって始めたわけじゃない。

『前座はマクラは喋っちゃいけない』という決まりがあって、でも何かしたいというギリギリのラインを狙った結果「こんにちは」と言うようになった。
ふざけているわけじゃないから怒られないし、『挨拶する前座』で覚えてもらえたし、たまーにウケるし。

二ツ目になって自由に喋ることができるようになった。
だけど挨拶は続けている。
その反応でお客さんの感じが分かるからだ。

例えば「こんにちは」と言ったあと、お客さんがムスッとしていたりポカンとしていたり見てもいなければ、押さない。
自分の満足度だけ気にする。
稽古のつもりでやる。

「こんにちは」と言ってお客さんが、表情が明るかったり笑顔だったり頷いていたりしたら、コチラも陽気にやってみる。
サービスというと烏滸がましいが、普段やらないことをやったりする。

「こんにちは」と言って「こんにちは」と返ってくる時は、ちょっとビックリする。
陽気なのか変な人なのかわからないが、大概ご陽気なので一生懸命やる。

というように、挨拶ひとつとっても得られる情報が多いので挨拶を続けている。
不純──なんてことを言い出したら何でもそうなのでキリがないが、まぁ不純。
だけど最近はちょっと違う。
ちゃんと、ただ挨拶をしている。
真っ直ぐ「こんにちは」。


お伊勢参り中に嬉しかった事といえば、やはり人との交流だ。
知らない土地を一人で黙々と歩いているぶん孤独が際立つのだろう。
声を掛けてもらえると嬉しい。

ある小学校の前を通った時は、小学校低学年の女の子がフェンス越しに「こんにちは」と声を掛けてきた。
「こんにちは」と返したらたくさんの子供たちが集まってきて、大勢でもってフェンスをガシャンガシャンしながら「こんにちは」と声を掛けてくれた。
どういう状況? とは思ったがみんなに「こんにちは」と笑顔で返した。
すごく元気が出た。

全日本大学駅伝の日。
朝からお手伝いで来ていたどこかの学校の女子生徒に「こんにちは」と声を掛けられた。
まず若い女の子がおじさんに声をかけてくるなんて思わないし、なにより美人さんだったし、「へへっ、こんにちは」と気持ち悪い挨拶を返してしまった。
すごく元気が出た。

山道を歩いている時は、すれ違う人々が「こんにちは」と声を掛けてくれた。
声を掛けられるばかりじゃいけないと思って、次はこちらからと「こんにちは」と声を掛けた。
「こんにちは」と返ってきた。
すごく元気が出た。

理屈としては、挨拶する事で意識が自分の内側でなく外側に向くから疲れを忘れるとかそういうことなのかもしれないが、確かに足は軽くなった。
挨拶は人を元気にする。
そう思った時になんとなく、不純な動機で始めた高座の上での挨拶が素敵なもののように思えた。
だから今後も続ける。
元気にするつもりで。

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