令和六年八月三十一日『第七回 黒酒ひとり』於・なかの芸能小劇場
台風10号が猛威を振るっていて、開催も危ういんじゃないか? と心配していたけれど、
当日は特に影響もなく。
「このくらいの天気なら行こう」ということなのか当日のお客さんが多かったように思う。
今回初めて怪談に挑戦するという事で、【もう半分】ネタ出し。
しかし先日、静岡での怪談の会で白酒が【死神】をやっていて、
「死神って怪談だったの?!」
とびっくり。
私も死神はやるので、もう半分は初めての怪談ではなくなった。
怪談噺を聞くと涼しくなる、なんて事を言う。
これは不安や恐怖などのストレスによって交感神経が活発になり、心臓の血管が拡張して心拍数が上がる一方、毛穴や皮膚表層の血管が収縮するためだそう。
これにより、血流が悪化して身体が冷えたり、鳥肌が立ったりするんだと。
というわけで今回はもう半分で、お客さんに風邪をひかせるのが目標。
◎強情灸
お灸でお客さんの体を一旦ポカポカさせて、
もう半分との落差で風邪をひかせる寸法。
【強情灸】は喋ってて気持ちいい噺。
江戸っ子の全部が詰まっている感じがする。
熱いのを我慢する江戸っ子を例えるのを「荒磯親方」で教わったが今回は「振分親方」にしてみた。
辞世の句は「浜の真砂は尽きるとも七月六日はサラダ記念日」は教わった通りだが、「我泣きぬれて〜」の方と口に出す直前まで迷う。
何か新しくしたいような、このままでもいいような。
◎兵庫船
以前も書いたかもしれないが、噺に出てくる講釈師は、講談が下手なので色んな本が混ざってしまう。
だけどその講釈師を演じる噺家には『講談的上手さ』が求められる。
ここで矛盾が生じている。
で、その矛盾を無視して講談を勉強すると、
「私がもっと講談聴いていれば、皆んなと一緒に笑えたんですけど……すいません」
と言われるので、全部の間を取ってメチャクチャ下手で辿々しい講釈師でやっている。
矛盾は無いはず。
声の質や見た目も相まって黒酒らしい噺になっているとは思う。
演っていて、何か真ん中すっぽり抜けた感じがするが、まあご愛嬌。
◎もう半分
やっぱり【もう半分】は雲助ピカレスク版が一番面白い。
目や表情で語る部分が多くて演ってて楽しい。
この噺は自分のスペックとバッチリ合っている噺な気がする。
100の力を出せばそのまま100が噺に乗る感じ。
「自分で言うな」は承知の上で、たぶん向いてる。
で、こうなってくると「滑稽噺が一番難しい」という理由がよく分かる。
滑稽は100の力を入れても70くらいしか発揮されないし環境やコンディションに影響されまくる。
難しすぎる。
さて、初めての怪談ではなくなったが、初めての芝居がかりではあった。
しかし三味線のお師さんもいなきゃ太鼓もないので、なんだか寂しいと思ったお客さんもいるだろう。
が、私としては助かった。
正直全くセリフが出てきていなかったので、さも頭の中で三味線に合わせているふりをして間を埋められた。
枝平も全く気付かなかったらしいので上手く誤魔化せたのだと思う。
危ないところだったぜ。
まぁいつかは三味線に合わせてちゃんとやりたい。
二ツ目勉強会なんかはお師さんがいらっしゃるので、11月やってみようかな。
今回も全部出し切った。
それが証拠にその日から3日ほど怠さを引きずった。
けどその甲斐あって今回も非常に多くの方が感想を発信してくれていた。
もっとたくさんの人に聴いてもらいたかったと思うが、たぶんこれはどうしようもない。
例えば私が化けて急に名人級の腕を持ったとしても、来月再来月、なんなら半年後の会でもお客さんが100人来たりはしない。
コレはたぶん誰だってそう。
落語も、今は落語以外の部分が高座の評価の半分を占めていると思うので、この辺をどうにかしないといけないと思う。
ぶつくさ。