チャンスが平等にあると思うなよ
いろんな出会いや日々の生活の中で不意に現れる「チャンス到来」。
よくチャンスは平等に〜〜なんて話を聞きますが、私は「チャンスは平等にやってこない」ということを声を大にして言いたいです。
仕事柄私は1年で数百人以上の人と出会います。
年齢層は高校生〜大学生くらいの学生が多いのですが、もう一回りほど違う年になってきたので、逆に学ぶことが多くこの出会いに感謝しています。
高校生でも働きながら自分の学費を払ったりすごくしっかりしている子もいれば、大学生なのにだらしないルーズな子もいたり、つくづく人っていうのは年齢ではないなぁと感じます。
さて、学生と社会人の大きな差の一つに、「責任感の違い」があります。
学生とは基本的には保護者の保護下のもと生活している(住居、資金、精神面などあらゆる場面で)わけですし、アルバイトと社員という時点で責任感には大きく差が出るでしょう。
よくある面接の辞退、退職理由、就職先の決定時などに、「親が・・・」という学生さん多いですが、、、
あのね、親はいつかいなくなります。
もちろん親が生きている間に親孝行する、これはとても立派なことです。
親の意見に従うな、ということが言いたいのではないのです。
決定権を自分ではない第三者に預けるな、ということが言いたいです。
ぶっちゃけやめにくい職場を辞めたい時など、角が立たないように噓も方便で使う分にはいいと思いますよ。ただ、本当に親のいう通りに辞めたりする子いるじゃないですか。(自分が辞めたいと思ったわけでなくとも)
こういう子はだいたい決定権を放棄している人が多いです。
何をするにもまず受け身で、やってみたいと思いつつも行動できなかったり、努力できなかったり・・
言葉ではこうしたいああしたいと思いつつ、アクセルとブレーキを人に任せてばかりいるため、いざというときに機能しないなんて、本当にもったいないです。
昔一緒に働いていた子でこういう子がいました。
その子は内気な女の子で、自分から人に話しかけたり輪に入っていくことが出来ないけれど、話しかけられたり、何かやりたいことない?と言われるとすらすら饒舌に話す子で、いつも「チャンスを待っている」子でした。(Aちゃんとします)
ある日一緒にランチに行ったときAちゃんは私に言いました。
「私は将来アサイさんみたいに女性でもバリバリ働けるような人になりたいです。私も独立してやっていけたらいいなと思っています」
まぁお世辞だったとしても嬉しかったですし、私も少しだけ人生の先輩として「独立していくなら自分からチャンスは掴みに行かないといけないよ」という話と「縁というものは人生の宝物だから大事にしなさいよ」という話を偉そうにアドバイスしたりなんかしました。
結局Aちゃんはそれからも一度も自分から積極的に話しかけることもなく、つながった縁を生かすことなく、最後は「もうそろそろ就活で親に辞めろと言われたので・・・」という理由でその職場を辞めて行きました。
私にキラキラした目で話していたあの目は曇り、最終日は誰とも話さず逃げるようにさっさと帰ってしまい、残された職場のメンバーも「え〜〜・・・」という空気。
私もなんともやるせない気持ちになりました。
もしかしたら、誰にも言えなかった理由があったかもしれませんが、それでもこのような最終日を迎えてしまったわけで、いい印象は残りませんでした。
もし、この子が本当に将来バリキャリで独立を目指していたのであれば、逆に嘘をついてでもこの職場との縁は切らない方が彼女のためになったと思います。(彼女が目指していた業界と親和性があったため)
冒頭でもはっきりお伝えした通り、チャンスとは平等にやってくるものではありません。
考え、努力し、行動した結果チャンスを得ることができるのです。
この場合、Aちゃんがこの希望職種と親和性のある職場に「いた」ことはチャンスでもなんでもありません。
もし、Aちゃんがチャンスを得たいと思い、行動をとっていたなら。努力していたなら。きっと、チャンスが舞い込んでいたと思います。
また、この時できなかったとしても、せめて後々まで続くように縁を大事にできていたのなら・・・。
チャンスの神様には前髪しかないというのはよく言ったもので、一度失ってしまったチャンスというものはよっぽどでない限り取り返すことはできませんので、たらればと言っても遅いのですが一つの教訓とさせていただきました。(Aちゃん元気かな…)
今回なぜこんな昔の愚痴のような話しを引っ張り出してきたかというと、このnoteは自分のために書いたからです。
えらそーに書きましたが、私もこれまでたくさんのチャンスを逃してきましたし、たくさんの縁を壊してきてしまいました。
それも自分の努力不足や、自分でどうにかできたことをしなかった結果。
少しの「まぁいいか」の損害はでかいです。
今回のnoteはこれから先の私がいつでも見返して、「危ない危ない」と思えるようにここに記しておきます。
少し過激な言葉ですが、怠けモードに突入してしまった未来の私に一言。
「チャンスが平等にあると思うなよ」
2021年1月31日
アサイハルカ
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