後ろ向きで歩くと、前は見えません。
ひとつの体験を書き忘れたので、少し時間を戻します。
鳥取県に住んでいた頃から、我が家の休暇ではアウトドアの遊びが多く、キャンプに行き、虫を集め、海で釣りをします。
5歳か6歳の時に仲良しの友だち家族と海に行くことになりました。ナイロンビニールカバーの昆虫図鑑とゲームボーイブロスとホイッスルをバッグに入れ、お気に入りの服を着ていきましょう。カーステレオからはアニメソング(本人ではなく、別の人が歌っているものです)。後部座席の真ん中、助手席と運転席のシートに両肩を載せ、歌を歌うことが好きでした。
景色が見慣れないものになってくると、四輪駆動の窓から顔を出し、スピードを感じます。水平線が見え、磯の香りがしてきます。海際のキャンプ場に到着すると、緑のテントを皆で張り、ペグを地面に打ち込みます。ハンマーで叩くという行為は無条件に楽しいものなのです。(プラスチックの黄色いハンマーだと尚更です。)
周辺の森を友だちと探検し戻ってくると、海辺の堤防では大人たちが釣りを始めていました。その頃から調子者だった私は、先頭で小踊りしながら、後ろ向きで友だちを引き連れていました。後ろ向きで歩くと、前は見えません。
次の瞬間、堤防からテトラポッドの中に落ちました。5メートルくらいでしょうか。走馬灯が見えるほど私に歴史はありませんでしたが、時間は極限に遅くなりました。瞬間、堤防に手を引っ掛けようとしたことを覚えています。重力は足を握り、心臓は浮き、灰色が画面に広がります。
次の瞬間にはテトラポッドの重なりから、空と父が見え、名前を呼んでいる声が聞こえます。何が起きたのかを理解するのはまだ後です。体は動かせず、痛みも全く感じません。感覚はなく、痺れのような感覚に乗っ取られています。聴覚もぼやけています。悲しいような、怒ったような声を皆が出していることを不思議に感じました。仰向けの状態で、テトラポッドの底から見える景色はこんなにも綺麗なのに。
救急車のサイレンが聞こえ、何か悪いことをしてしまったのではないかと思いました。手術室では顔の近くで、重めのハサミで何かを切る音が聞こえました。
この一連の体験に関しての記憶はここで途切れます。書き留めておきたいと思った体験でした。今後、後ろ向きに歩く際には、進行方向の確認を怠らないようにしたいです。
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