【Facebookアーカイブ⑩ モテ 専門性 連携 患者さんの期待値など】
<再考、モテるとは?内部?外部?>
仕事で「一生懸命頑張っているけど、そこまでモテている感じがない」という方、私も含めて多いと思います。
仕事を2分類してみました
<イントラ(病院内・同科内・学会内・医局内)>
・内部の効率化
・内部の長短期の目標達成に部分最適化
<インター(他科や他職域との接触)>
・外部とのバランスを考えた効率化
・他と目標を共有した全体最適化
モテるとは、身内よりも外部からの評価のほうが嬉しいはずです(個人的には)。しかし、多くの場合において 仕事は内部向けの目標達成を目指していることが多いため、外部からのモテが少ないという状況になっているのではないかと仮定しました。(勿論、内部で実績を上げないと外部にも出してくれないという事情もあるかもしれませんが、それを待つべき部分と、いきなり外部に打って出ても良い状況があると思うんです。)
例えば、製造業の企業で製品にはそこまで目玉となる売りが無いのに、売上目標を上げなくてはならないので営業は頑張ると。もちろん、営業部門と製品開発部門と経営部門で見ている指標が異なるため、全員の利害一致することがないです。しかし、どうしても皆さん目の前の評価基準(四半期の評価、ボーナス査定、製品の開発ノルマなど内部指標)に縛られざるを得ない状況で、どうしても外部指標が置き去りになってしまい、結局悪循環でモテないといったことはよくあると思います。
しかし、モテ方に対する方向性が間違っている限り、どんなに頑張っているつもりでもモテないということになりかねません。
<医療従事者はモテにくい?① リタラシーギャップ>
医療従事者が一番モテたいのはもちろん患者さんからです。しかし、リタラシーギャップの問題で患者さんに良くない外部評価されることが多いために内向きになるのかもしれません。
GOOGLE評価においては医療機関は低くなりがちです。患者さんは医療機関に苦痛を治しに行っているため、治ることが期待値の基準になっていますので、治ったとしても高評価をつけてくれないのです。しかし、その患者さんが不満かというとそうではなくて「ありがとうございました。」と言って、また次の患者さんを紹介して頂けるのです。
しかし、医療従事者と患者さんでの「治る」ことの捉え方の違い、生体反応の個人におけるばらつきなどで 患者さんの期待する結果にはならないこともあるわけです。そうなったときにだけ低評価がつけられる傾向があります。だからといって患者さんの期待値に合わせることは可能かというというとそうでないことの方が多いと思います。
ビジネスにおいて買い手と売り手が交渉をして価格設定するようには、治療の目標設定を設定出来きないことが多々あります。 医療においては、情報の非対称性が医師と患者さんにはまだまだ存在しますので、患者さんにとって受け入れがたいことを医療側が言わなくてはならないこともあります。
例えば、
医師「一般的にはこの骨折のあとの可動域は平均30度ですね。」
患者さん「僕は骨折前の60度動くようにしたいんです。」
医師「では間をとって45度で手を打ちましょう。」
患者さん「了解です。」
というやり取りがありえないことは皆さんご理解いただけると思います
実際には
医師「一般的にはこの骨折のあとの可動域は平均30度ですね。」
患者さん「僕は骨折前の60度動かしたいんです。」
医師「様々な統計データではやはり30度くらいという報告が多いです」
患者さん「それは、嫌です」
患者さん「60度動いたという情報がネットにありました」
医師「もちろん、統計データなのでばらつきがあります。そういった例外的に回復される方もおられますが、多くのデータや我々の実臨床でも30度位というのは納得するとことです。」
患者さん「では、60度動かしてくれるところに行きます。ここはだめですね。低い評価 ポチッ」
ここまで極端ではなくても、似たような経験は医師の皆様なら一度は経験されていると思います。
可能性の低い情報を持っている患者さんの期待値に寄り添って 過剰な期待をさせることは出来ないため 患者さんを全員満足させるのは現実的には不可能なんです。
それは患者さんが悪いわけでも、医師が悪いわけでもありません。情報格差のあるところすべてこの問題があると思って良いと思います。
<医療従事者はモテにくい?② 期待値と不確実性>
先日の記事<医療従事者はモテにくい?①>をもう少し抽象化してみます。
①スタート地点の確定が難しい:最新の論文を参考にして、最新の医療機器を使っても診断能力は100%ではない。つまり、現状のスタート地点の確定が出来ない。
②目標地点に対する認識の違い:医療従事者と患者さんではゴール設定の認識の違いがどうしても生じます。医療者側は一般的な生体反応や創傷治癒反応などを考慮してデータや経験から期待値を設定します。そして振れ幅もあるために、患者さんには曖昧な表現に聞こえてしまいます。患者さん側は、インターネットなどで例外的なチャンピオンケースや一般的な反応ではない最良または最悪の状況を含めて期待値を設定します。
③使える手段の限界と不確実性:スタート地点と期待値設定が確定が困難なため、治療方針のベクトルの取りうる方向はかなり幅があることになります、それを経験や一般則で狭めていきますが、それでも試行錯誤的なファクターを排除することが出来ません。それと、同じベクトルを目指した治療をしても個体差があるため不確定要素の排除がどうしても難しいです。
こういった曖昧さやスパッと一発で治らないということが、患者さんサイドから見ると医療過誤とまでは考えなくても医療者に対する低評価につながることがあります。つまり、多くはモテているんですがその方々は外部評価をつけないので どうしても平均では低くなってしまいモテていないと思ってしまう傾向にあるかもしれません。
モテるために外部の期待値に沿った行動をしたいが、それが出来ないというところに医療のジレンマがあります。
従って、身内といっても自院ではなくて他院・他業種との連携を通じて患者さんの治療成績を上げたり納得感を醸成する。
逆に、患者さんの期待値に添えない状況でも、自分だけで抱え込まずチームで受診体験を良くして ここまでやってもらっても治らないなら 仕方ないな思っていただける雰囲気を作り上げていければなと。NYAUW!
<専門性情報>
患者さんに来て頂くには「専門性の高さ」が必要とまずは結論づけました。
まずは、KYAUWのプロジェクトの中で求める「専門性」の定義をしたいと思います。厚労省も述べているように、専門医としての能力について、医師と国民との間に「捉え方のギャップ」が存在しています。一般のイメージする専門医は「神の手を持つ医師」や「スーパードクター」です。
しかし、厚労省は「それぞれの診療領域における適切な教育を受けて十分な知識・経験を持ち、患者から信頼される標準的な医療を提供できる医師」と定義しているのです。こうした「過剰でない適切な」専門性を自身で持って紹介を受けたり、そのような専門性をもつ医師を探して紹介したりすることが求められます。
まず、スーパードクターは名医本、TV番組や名医紹介サービスなどで探すことは可能です。しかし、「過剰でない適切なレベルで、患者さんにとって交通の便の良い専門医」を探せるでしょうか?
少なくとも私はスペシャリティが異なれば近くであっても不可能です。
#「過剰でない適切なレベル」の専門医を探せない
・専門分化・情報爆発で過剰な情報
・‘正しさ’がSEO対策によりコンタミ
#「患者さんにとって交通の便の良い」専門医を探せない
・既存ネットワークの弱体化
・既存SNSの限界
このように
医師自身も適切な専門的な紹介先を探せない
医師が自分自身の専門性の位置情報も探してもらえない
>医療リタラシーの無い患者さんが適切な医療機関を探すのは非現実的だと思いません?