熟練者は床反力をうまく使える
床反力は目に見えないので、それが本当にそこに存在していることを「まずは信じる」ところからバイオメカニクスの理解が始まる。物理というのは、実際に起きている現象を考えるために理論が構築されたものなので、言ってみればコペルニクス的な発想を持つ、ということなのだろうと思う。
幸い現在は、計測機器とパソコンとプログラムさえあれば、床反力は可視化できる。だから、今の時代に人工衛星を飛ばして「ほら地球が回転しているのは明らかでしょう」と言えるのと同じように、「ほら、床反力って、明らかに存在するでしょう」と言える。まあ、でも、そうでもしなければ見えないものを「ある」と理解して頭の中を構築するというのは難しいことでもあるのだと思う。
実験などを通して床反力計に親しむ時間を持つと、力は、見えるような気がしてくる。うまく力を使えているなーとか使えていないなーとか、そういうことがなんとなくわかる、ように思えるようになる。結局その力が、跳んだり走ったりする過程の要なわけだから、これが見える(ように思う)というのはすごく大事なことなのではないかとも思う。
バイオメカニズム学会誌に掲載されている「熟練者と未熟練者の比較によるクイックリフトトレーニング動作時における力発揮メカニズムの検討」という論文に、以下のような図が掲載されている。
グラフは、「クイックリフト」と呼ばれる垂直方向への素速い負荷の移動を目的にした運動のうち「パワークリーン」という種目において、以下の項目を計測したものだ。(左列が熟練者、右列が未熟練者。)
一番上の段のグラフ:下肢三関節の関節角度変化
二段目のグラフ:下肢三関節のトルク変化
三段目のグラフ:下肢三関節のトルクパワーの変化
角度やトルク、トルクパワーの一覧なのだが(そしてそこにも注目点はたくさんあるのだが)、今回注目してもらいたいのは、一段目の上にあるスティックピクチャー(人の模式図)の背景になっている黒い実線だ。
これは、垂直方向の床反力だ。(↓ここ)
パワークリーンは、理想的には下肢の三関節を使って、バーベルを持つことで増加した質量を持つ身体の重心を一気に上昇させる種目だ。
つまり、上方へ向けて、下肢の関節を使って、瞬間最大風力的な力発揮を行う動作だ。この動作で使うスキルは、下肢の筋力を発揮する全ての運動においての基礎になる力スキルのひとつだ。(ジャンプも走行も、タイミングよく力強く下肢を伸展させる能力の集大成だ。)
床反力は自分自身の筋力を使って地面を蹴った力の反作用なので、この黒い実線の違いは、
・どのタイミングで力を発揮するのか
・どの方向へ力を発揮するのか
・どのくらいの大きさの力を発揮するのか
が、熟練者と未熟練者では全く違うことを示している。
注目点は、
・バーベルを持ったあと、下肢伸展に至る直前の抜重
・そこからの爆発的な力発揮
・力発揮によって上がった重心にブレーキをかけるための反力の低下
だ。(↓ここ)
つまり、動作に熟練するということは、自分が受ける反力をどうコントロールできるようになるか、ということなのだ。
問題は、「動作だけを見ると大して違うように見えない」ということにある。どちらもバーベルを挙げているし、おそらく運動の「勢いが違うなあ」という差異は見受けられるとしても(勢いが違うということは力積(床反力の積分値)が違うということなのだが)、床反力について理解していないとこの違いの本質を見極めることはできないだろうと思う。
そして本質を見極めないと、効率よく動作改善できない。
力の理解は運動指導者の必須項目であると改めて思う。
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Movement Lab @ SOM IES
School of Movement®︎での講義の際に様々な質問をいただきます。質問を整理し、議論を公開し、更に感想をいただけるような場とし…