ラブ、デス&ロボット「最悪な航海」を読み解く
NetflixのSFアニメシリーズ『ラブ、デス&ロボット』のシーズン3が5月に配信された。このシリーズは画作りは優れているもののストーリーの面白さにはだいぶ浮き沈みがあるので、私も全話見たりはしていない。とはいえ、どの話もなにかしら得るものがある内容になっているので見て損はなさそうだ。
今回はその中でもシーズン3の「最悪な航海」を見てみよう。現状見た限り、シナリオに関してはこの話がいちばん面白かった。ラブデスロボットは映像だけかっこ良くてストーリーがスカスカの話が多いが、この話は違う。SFというよりもホラーとかサスペンスの要素が強い作品。
知性を持った凶悪な蟹と、窮地に立たされた漁師たち。命の危険が迫る中、かれらがどのような行動を取るのかが、この作品の見どころだ。なかでも主人公の男、トーリンが知恵を使って生き残ろうとする姿がかっこいい。
以下、ひたすらネタバレをします。
本作はなんといってもトーリンとそれ以外(蟹や乗組員たち)との頭脳戦・心理戦を描いている。蟹は人を喰い荒らしながら島へ連れて行くように脅迫してくるし、乗組員たちはトーリンの意思とは逆に、みずからの保身しか考えていない。そんななかでトーリンは蟹を殺し、フェイデン島への上陸を阻止できるのか。
作中ではトーリンや乗組員たちの思考が描かれていない。視聴者は最後までかれらの真意がわからない。それが面白さにも繋がっているわけだが、ここではあえて結末を踏まえた上でかれらの思考経過を読み解いてみよう。
(まあ、真面目に見ているひとにとってはあたりまえのことかもしれないけど、こういうのは丁寧に分解していくことに意味があるからね)。
1. 前提
物語はトーリンがサナポッドとの交渉役をやらされるところから始まる。交渉役を強引に押し付けられたかれは、持ち前の勇気と知恵を活かしてサナポッドに取引を持ちかける。トーリンの要求は2つ、①島に着くまでトーリンを生かしておくこと、②拳銃が入ったトランクの鍵をトーリンに渡すこと、だった。
①について、トーリンの第一目標はみずからが生還することだ。交渉役を押し付けられたことからも分かる通り、トーリンの船内での立場は弱い。このままでは早晩、自らがサナポッドへの生贄にされる可能性が高い。ゆえにサナポッドとの同盟関係がかれにとっての起死回生の一手だった。
そして②、拳銃だ。トーリンはサナポッドに頼んで、他の乗組員を殺させることもできたはずだが、あえてそれをしなかったのはなぜか。答えはかんたんで、船は複数人いないと操舵できないからだ。
トーリンたちが助かるためには、ある程度陸地に近い場所まで進まなければならない。そのためには乗組員たちが協力して船を操舵しなければならない。
船の乗組員たちは基本的に最も強い者に従う。大海原において仲間割れは死を意味する。基本的には船長の意思決定がすべてを左右するはずだが、トーリンたちの船長はサナポッドの最初の襲撃で死亡している(拳銃を持っていたのはおそらく船長であり、トランクの鍵を持っていた死体がおそらく船長のはずだ)。これによって生じた権力の空白が、船内に混乱をもたらすことになった。
拳銃があれば、脅しによって仲間をコントロールできる。トーリンが交渉役を押し付けられたのも、腕っぷしの強い男がそれを言い出して、他の者たちも歯向かうことができなかったからだ。船の乗員たちは腕力の強い相手には逆らえないし、もっとも弱い者が常に食い物にされる。公平なくじ引きなど機能しない。トーリンがかれらを従わせるためには、拳銃を使うしかなかった。
そこで、トーリンは拳銃を手にすることによって、一時的にリーダーの立ち位置を得る。だがその地位は絶対的なものとはいえない。なぜなら船内にはトーリンよりも強い存在、すなわちサナポッドがいるからだ。かくしてトーリンは、非常に不安定な立場で航海をしなければならなくなる。
なお、トーリンは拳銃を手にしたものの、その弾は6発しかない(おそらく6連式リボルバーだから)。この時点で乗組員はトーリン以外に9人。弾は他の全員を倒すには少なすぎる。この計算をどうするかが、その後の展開の鍵になる。
2. 投票
トーリンは投票を行う。船をフェイデン島に向かわせるか、それとも無人島に向かわせるかの選択を賭けた投票だ。
結果としてトーリン以外の全員が「×」すなわちフェイデン行きに投票するのだが、投票の前からトーリンはこの結果を想定していたはずだ。というのも、乗組員たちは最も強い者の従うからであり、ここで最も強い者とはサナポッドだからだ。物語冒頭の籤引きですら機能不全になっていたのに、投票してうまくいくはずがない。
ではなぜトーリンが投票を行ったかといえば、乗組員たちを疑心暗鬼の状態にさせたうえで、確実に島の近くまで航海をさせるためだ。弾丸は6発しかないし、島の近くまでは皆で協力して操舵をやらなければならない。しかもサナポッドに食わせて時間を稼ぐための生贄も必要だ。
そのため、トーリンは投票によって無人島に行く大義名分を作ったうえで、「裏切り者」二人を殺し、他の全員を疑心暗鬼に陥れる。かくして船内のパワーバランスは逆転し、マイノリティであったはずのトーリンが実権を握るというパラドキシカルな情況が現出する。
もっともこれは一時的な均衡でしかない。生き残った乗組員たちは全員がトーリンの意見に反対しているため、トーリンはいつ寝首をかかれてもおかしくない。
他方、それでもかろうじて反乱が起きずに航海は進む。これはトーリンが一度に2人を殺したことによって残る乗組員が6人(トーリンを含めて7人)になり、さらに人数が減れば操舵がどんどん困難になるからだと思われる。しかもトーリンはサナポッドと同盟関係にあるし、トーリンに同調している乗組員が誰なのか(あるいはそもそもいるのか)についてはトーリンのみぞ知る状態なので、他の乗組員がトーリンに反抗するのはリスクが高すぎる。
よってトーリンはぎりぎりの状態で船の支配権を維持する。この均衡は陸地が近づいてくるまで続く。
3. 誤算
トーリンに誤算があったとすれば、サナポッドが子供を生んで、必要な生贄の量が増えたことだろう。これによって破局へのタイムリミットは大幅に前倒しになったはずだ。作中では時間の進行が曖昧なのでよくわからないが、おそらくトーリンは当初の計画より早くほかの乗組員たちを殺さざるをえなくなったと考えられる。
だからこそトーリンは「士気の低下」を指摘し、わざと隙を見せることで乗組員たちの反乱を促して、残る6人の乗組員を殺すにいたった。1人ずつ殺したほうが圧倒的に安全に思えるが、あえてリスクをとったのはそれだけ時間が切迫していたからではないだろうか。
もちろん、操舵の必要性から乗組員たちはできる限り殺したくない。特に最後に生き残った一人については、トーリンとのパワーバランスが明らかに劣っているのだから、殺す必要はなかったとも思える。しかしそれでもトーリンが殺すことを選んだのは、もちろんその乗組員が「×」に投票するような男だったからでもあるし、そして生贄を捧げなければサナポッドを満足させ、慢心させることが出来なかったからだろう。
こうしてトーリンは計9人の乗組員を5発の銃弾で殺害し、陸地のそばまで船を進めることに成功する。
4. 脱出
残る一発の弾丸は、サナポッドを殺すための弾丸だ。
トーリンの目標は生き残ることにある。もちろんフェイデン島に行くことを選ばなかったのは正義の思いからというのもあるだろうが、フェイデンに行こうが無人島に行こうが、トーリンたちは最終的にサナポッドに殺されていた可能性が高い。だとすれば、トーリンの活路は海上でサナポッドを殺すこと以外になかった。
すなわち、トーリンの計画は最初からこの「一発」を打ち込むために逆算されていたのだ。
すべては圧倒的なパワーバランスを、知恵だけで覆すために。
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