そのデータ、本当に正しい?

こんばんは!毎日投稿105日目になりました。今日も頑張っていきましょう!

2000年続いた瀉血療法

   突然ですが、想像してみてください。時代は中世、あなたは得体の知れない病気に侵され、具合が悪くなり医者のもとへ運ばれました。
 
   そこで医者がひと通り診察を終えると、「瀉血で治しましょう」という一声を残し、診察室の裏へと姿を消しました。そして少しして戻ってきたかと思うと、「そこに寝てください」とあなたに指示を出し、何やら針のようなものを手に取りました。
 
   すると、医者はそれをあなたの腕に刺し、血液検査のように、でも血液検査とは比べ物にならない程の量の血液を体から抜き取っていきます。医者は「じっとしててください、すぐ楽になります」と言って血を抜くことをやめません。

   その後も傷口にヒルをのせたり、熱した空気が入った口の細い容器を当てて中の空気が冷やされて圧力が低くなることを利用したりして、何度も血が抜き取られます。
 
   あなたの家族は、その痛々しい様子を間近に見ながらも医者を止めようという気配はなく、良くなってほしいとただ祈っているようでした。あなたは途中まで抵抗しながらも、血を抜き取られるうちにだんだん意識が遠のいていき、最後には帰らぬ人となりました。
 
   この話は、「もし現代人が昔の瀉血療法に出くわしたら」という僕の想像の割合が大きいですが、実はこの「具合が悪くなったら血を抜いて治す」という通称「瀉血療法」は、つい200年ほど前まで効果があると信じられていた実際の治療法です。それも、約2000年もの間信じられていた、医学界の主流ともいえる治療法でした。それは、「あらゆる病気は体内の血液が多すぎるために発症する」と考えられていたからです。しかし、現代医学の見解では、この瀉血療法は全くもって医学的根拠がない“ハッタリ”だったといいます。

瀉血療法が続けられた理由

   ではなぜ瀉血療法が2000年もの間信じられていたのでしょうか?それは、「データの見方に問題があったから」です。
 
   瀉血療法はあまりにも主流で当時は積極的に行われていました。仮に10人が病気になり、人間が本来持つ自然治癒力でも7人が回復するとします。しかし、そこで当時の“医学界の主流”である瀉血療法を全員に行うとします。すると、自然治癒力で回復するはずだった4人が命を落とすことになり、3人が回復するとします。すると、どんなことが起こるでしょうか?
 
   実際に当時起こったことは、その回復した3人が瀉血療法を口々に勧めたということでした。それは、一般の人だけでなく、医者までもがその回復した人々の言葉を疑いませんでした。なぜなら、「回復した3人が全員瀉血療法を行っていた」という“データ”があったからです。
 
   しかしもうお分かりの通り、このデータは明らかに見方を誤っています。その“データ”には、亡くなった人のデータが含まれていません。亡くなった人に対して当時の人々は、「瀉血療法をもってしても治らないほど重い病気だったんだ」と考えました。「死人に口なし」といったところでしょうか。

データとは都合よく取れてしまうもの

   「データ=信頼出来る正しいもの」と認識している人が多いかと思いますが、正しくデータをとることは決して簡単なことではありません。たとえ専門家だったとしても、です。瀉血療法は正しくその代表例です。
 
   意図的でなかったとしても、自分の意見に辻褄が合うようにデータを優先的に取って信じてしまうというのはシチュエーションによらずよく起こることです。「データがあるから」などといってある意見を盲信したり、そういった文句に惑わされたりしないように、気をつけていきましょう。

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