どこよりもはやいカンヌライオンズ2023 PR部門受賞作品レビュー!「PRの6ルール」で解説します
今年もやります!
(おそらく)どこよりもはやい、カンヌライオンズ「PR 部門」のレビュー。
2023年6月19~23日、世界最高峰のクリエイティブの祭典、「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(以下、カンヌライオンズ)」が開催された。
70周年を迎えた今年2023年は、86カ国から2万6992点が応募、そのうちPR部門にエントリーされたのは1600エントリーで、最終的に52の受賞が決まった。
この記事では昨年に引き続き、カンヌライオンズ 2023 PR部門の中から特に僕が面白いと感じた作品を、PRの6つのルールに沿ってレビューしよう。
戦略PR6つの法則とは
その前にPRの6ルールについて簡単に説明する。
ご存じの方は読み飛ばしても構わない。
6ルールとは、拙著『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)で解説した戦略PRの6つの要素のこと。
多くのPRの国際的アワードにおいては、エントリー作品の評価基準は「ビヘイビアチェンジ(行動変容)が起こったか?」。6ルールは、ビヘイビアチェンジを起こさせるためのフレームワークというわけだ。
1 おおやけ——「社会性」の担保::世の中のニーズや社会課題と自社や商品を結びつける視点。「ソーシャルグッド」。
2 ばったり——「偶然性」の演出:情報洪水の中で偶然に出会う(出会ったと思える)情報。コンテンツが演出する偶発的な「セレンディピティ」。
3 おすみつき——「信頼性」の確保:インフルエンサーなどの「第三者発信」によって得られる信頼性。
4 そもそも——「普遍性」の視座:「よくぞ言ってくれた」を引き出す本質的な価値転換。
5 しみじみ——「当事者性」の醸成:「自分ゴト化」させ感情に訴えるストーリーテリング。
6 かけてとく——「機智性」の発揮:PRクリエイティビティの真髄は「とんち」。機智とリアルタイム性に富んだコミュニケーション。
では順番に受賞作品をレビューしていこう。
【おおやけ】
THE POSTPONED DAY
PR Lion 2023 Gold
実施国:アルゼンチン
実施主体:LALCEC(アルゼンチンがん闘病連盟)
乳がん検診の受診率を上げるため、
14日間も「世界乳がんデー」を延長し続けた啓蒙キャンペーン
10月19日は世界乳がんデー。この日だけは世界中で、乳がんに関連したテーマが報道される。とはいえ、確実に受診してもらうには、1年に1度だけの啓発では十分ではない。報道されたからといって、すぐに受診率が上がるわけではないからだ。実際、アルゼンチンでも多くの⼥性が年に⼀度の乳がん検診を先延ばし(Postpone)し続けている。
そこで2022年10⽉、アルゼンチンの30以上のがんNGOが⼿を組み、世界乳がんデーを延期(Postpone)し続けることを決定した。
記念日を延期し続ける?どうやって?
仕掛けはこうだ。世界乳がんデーなので、メディアなど報道機関はコメントを求めるためNGOに問い合わせをする。すると担当者は電話でこう対応した。「申し訳ありませんが、世界乳がんデーは今日ではありません。明日に延期しました」。
それではと次の日に再度問い合わせをすると、またもや「明日に延期しました」。こうやって記念日の延期を発表するごとに、メディアでの報道が加熱していく。最終的にNGOは世界乳がんデーを14日間延長し続けたのだが、結果として、そのあいだ毎日、世界乳がんデーが報道されることになった。すると報道に触発されて、アルゼンチンでは2022年に乳がん検診を⾏った女性は2021年と⽐較して300%も増加したのだ。
これは、「乳がん検診を先延ばし(postpone)しがち」というインサイトに目を向け、30もの団体を巻き込んで記念日を延長するごとに世の中の関心を大きくしていった。コンテンツに費用を掛けることなく、既にある記念日を延長し続けるシンプルな展開だが、インサイトと紐づけたクリエイティブジャンプが評価のポイントとなった。
【ばったり】
THE LAST PHOTO
PR Lion 2023 Silver
実施国:イギリス
実施主体:ITV X CALM(TV局と自殺防止コミュニティ)
幸せそうに見える写真が意味することとは?
メンタルヘルスに関する会話を促す、自殺者たちの最期の写真
日本だけでなく、イギリスでも自殺者の増加が問題になっている。コロナ禍によるロックダウンと物価高騰を経て、イギリスの自殺率は前例のない速度で上昇し、毎週125人が自ら命を絶っている状況だ。
自殺は対話をすることで防げる可能性がある。それにも関わらず、普段の生活の中で私たちは、他人との対話の機会を積極的には持っていない。そこで、メンタルヘルス向上で協力し合うイギリスのテレビ局ITVと、自殺防止コミュニティであるCALMは、自殺率の高まりを統計で表現するのではなく、人間味ある形で世の中に伝え、メンタルヘルスに関する会話の大切さを訴えることにした。
「The Happiest Day of the Year(一年で最も幸せな日)」として知られる6月20日。その日、 ITVと CALMはロンドン中心部にある公園で幸せな若者たちの写真展を開催した。写真は幸せそうに笑う写真ばかり。事情を知らない来場者が一枚一枚写真を鑑賞しているうちに、あることに気づく。
実はこれらが自殺で亡くなった人々の「最期の写真」であることを。
写真展とその意図はITVの番組で明らかにされ、一夜にしてすべての全国紙などで報道された。結果、イギリスの人口の90%以上にリーチし、キャンペーン後の6ヶ月でCALMは161人の自殺を防ぐことになった。
笑顔で幸せそうに見える写真や映像が、実は自殺者たちの最期の姿だった。その事実に偶然触れた人々やメディアが拡散の原動力になった。コロナ禍と物価高騰による自殺者の増加という社会課題に対して、正論を振りかざすことなく、「ばったり」で考える機会を作った戦略的なPRスタントといえる。
【おすみつき】
WELL-BEING INDEX (GDW)
PR Lion 2023 Silver
実施国:日本
実施主体:日本経済新聞社
ハーバード大学や東京大学の専門家の協力を得て、
国の豊かさを測定する新しい指標「GDW(国内総幸福)」を開発
何かを測るには、指標がいる。例えば国の豊かさは、国の成長指数を測るGDP(国内総生産)がスタンダード。しかしGDPのみを追い求めると、経済成長と幸福度との間でギャップが生じてしまう。
そこで日本経済新聞では、経済指標だけでなく、心身の健康や幸福を指す「ウェルビーイング」を加味して国の豊かさを測定する「ウェルビーイング指標(GDW、国内総幸福)」をハーバード大学や東京大学の専門家とともに開発。日経新聞でGDPとともにGDWを掲載したほか、シンポジウムや企業経営者会議を開催し、政治家や大手企業の支持を集めた。
結果、首相をはじめ、各省庁でも公式の指標として認められることとなり、ネスレ、富士通、キリン、デロイトなど 23 社が、従業員や投資家向けに社内改革を開始するなど、GDW を高める取り組みを強化している。
世界最大の経済新聞であり、日本で影響力ある株価指数を持つ日本経済新聞が先頭に立ち、各アカデミアのおすみつきを得ながら、新たに「GDW」という指標を開発した。企業のウェルビーイング経営の推進、政府への提言といった一連の活動が評価され、「世界規模で広がることを期待」と審査員の評価も高かった施策だ。
【そもそも】
SELF LOVE BOUQUET
PR Lion 2023 Grand Prix
実施国:アメリカ
実施主体:DOORDASH(デリバリーサービス)
ちょっと変わった”バラの花”をバレンタインデーにデリバリー
孤独な独身女性へ「ご自愛」で寄り添う
コロナ禍以降、世界中でバレンタインデーを⼀⼈で過ごす⼥性がこれまで以上に増加した。それはアメリカでも例外ではない。
そこで利用者の半数以上が⼥性であるフードデリバリーサービス「DoorDash」では、独⾝の⼥性にもカップルと同じようにバレンタインデーを楽しんでもらうため、「⾃分だけのバレンタインを祝おう。⾃分のために花を買おう」というメッセージを設定し、アメリカ全土で展開。12 本のバラの花束をモチーフに、地元の花屋から仕入れた⾚いバラ11 本に、なんと「特別なバラ」として全米の女性に大人気の「ザ・ローズ™」(バイブレーター)1本を加えた「セルフ・ラブ・ブーケ」を制作した。
これをバレンタインデーまでの4⽇間、DoorDash限定で販売した。すると、発売から4⽇間でSold Outする結果に。最終的に$17,000,000もの売上を達成し、地元の花屋の売り上げも前年の2倍の$6,000,000になった。
「え、これがGrand Prixなの?」と最初は思ったが、この施策をよく観察すると、コロナ禍以降の重要な社会課題でもある「孤独」の問題にも、ブランドが「等身大で」向き合っている。孤独を感じやすい“独身女性”に目を向けただけでなく、そもそもバレンタインデーはカップルだけのものではなく独身女性も楽しむべきイベントと捉え、深刻な方法ではなく、ちょっとしたユーモアもあるやり方で女性のエンパワーメントと性の解放を提案。結果として、既存商品の売上拡大にまで結びつけた好事例だ。
【しみじみ】
FIGHTING TO REMEMBER
PR Lion 2023 Gold
実施国:イスラエル
実施主体:ZIKARON BASLON
生存者と一緒にゲーム実況
薄れゆくホロコーストのナラティブ(物語)を、Z世代の言語”ゲーム”で伝承する
2023年現在、反ユダヤ主義の台頭は歴史的に最高水準の状態にあり、世界各国で事件が増加傾向にある。その一方で、ホロコーストの生存者が徐々に減少し、イスラエルのZ世代では、ホロコーストへの興味が薄れているそうだ。
ホロコーストの記憶を残す活動をしているNGOのZIKARON BASLONは、Z世代に人気で第二次世界大戦をモチーフにしたゲーム『Call of Duty WWII』をネット実況をすることで、人気ゲーマーとホロコーストの生存者を結びつけることに挑戦した。戦没将兵追悼記念日にこのゲームをプレイしながら、ホロコーストの記憶を伝えたのだ。
結果、イスラエルの主要メディアが取り上げ、イスラエルのZ世代 67% にリーチ。1,500 の学校がこのゲームでホロコーストを学ぶカリキュラムを追加し、1 日で200 万人以上の生徒にこの学習プログラムを届けた。
ほとんどのZ世代がホロコースト生存者に会ったことはなく、学校でもカリキュラムが減っている。その中において、Z世代が好むゲームという文化を介在させることで、ホロコーストのナラティブ(物語)を身近にした。
「世代を超えた本物のストーリー」に力があることを証明した、PR部門以外にも各部門でアワードを受賞した評価の高い施策だ。
【かけてとく】
MAYO MCHACK
PR Lion 2023 Silver
実施国:イギリス
実施主体:HELLMANN’S(マヨネーズブランド)
「マヨネーズ愛好家」の権利を守るため、マクドナルドをハック
「マヨチキンバーガー」の”マヨネーズだけ”キャンペーン
マヨネーズはイギリスで最も人気のある調味料だ。にもかかわらず、フライドポテト販売大手のマクドナルドでは「マヨネーズに対する十分な需要がない」とマヨネーズをディップとして提供していなかった。
マヨネーズのマーケットリーダーであるHellmann’sはこの“不当な行為”に立ち向かうことにする。実はマクドナルドの「マヨチキンバーガー」のカスタマイズ画面では、”マヨネーズだけが残る”設定ができる。
そこで、マクドナルドで食事をする人々に向け、マヨネーズ以外の材料を取り除いてもらい、その写真を投稿した人々にハンバーガーの値段1.19ポンドを補償するハッキングを実施したのだ。
結果、Hellmann’sのブランド検討は+46%増加し、購入意向は +9 ポイント上昇。さらに72%がマクドナルドでHellmann’sのマヨネーズを提供すべきという声を上げた。結果、キャンペーン終了から2週間後、マクドナルドは限定マヨネーズを発売した。
全てのマヨネーズ愛好家の権利を支援するため、フライドポテト最大手であるマクドナルドの「間違いを正す」 ため、ハンバーガーのカスタマイズでマヨネーズだけを残すというとんち溢れるアプローチ。マヨネーズとフライドポテトの相性の良さを改めてアピールしながら、ブランドの好意も高めたユニークな施策だ。
・・・
「パブリシティは歯磨きをするのと一緒」。
これは2011年のカンヌPR部門の審査員長をつとめた、フライシュマン・ヒラードCEO(当時)のデイブ・セネイが記者会見後に記者の質問に答えた言葉だ。
ニュースをつくることはPRパーソンにとって歯磨きのように当たり前のこと。重要なのは、そのパブリシティで何を起こすか。そこで生み出されたのが「PRのピラミッド」であり、これがカンヌにおける正式な評価基準だ。
「ビヘイビアチェンジが起こったか?」=「人の行動を変えることができたのか?」が重要で、今回のカンヌの受賞作品のどれもが、鮮やかな発想とクリエイティブジャンプで、ビヘイビアチェンジを起こしている事例ばかりだ。ぜひみなさんも受賞作品を鑑賞してほしい。
今回紹介したPRの6つのルールについて詳しく知りたい人は、拙著『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』をぜひ読んでみてほしい。
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