PR視点のブックレビュー:嶋浩一郎著『「あたりまえ」のつくり方 ビジネスパーソンのための新しいPRの教科書』
PR(パブリックリレーションズ)はどうして生まれたのか? その源流は、100年以上前の米国の鉄道会社にあるといわれている。広大な国土に鉄道というインフラを一気に開発していく過程では、様々な利害関係や地域社会との軋轢が生じる。鉄道事業への理解を促しつつ、鉄道という「新たな常識」を、社会に受け入れてもらう必要があった。
1920年代の女性の喫煙キャンペーン(「禁煙」キャンペーンではなく「喫煙」キャンペーンだ!)では、ニューヨークで女性モデル達がタバコを「自由の松明」として掲げて行進した。自由の女神を想起させるこのPRをきっかけに、公共の場ではタブーだった女性の喫煙も許容されるようになっていった。
さて本書は、PRの仕事とは新しい「あたりまえ」をつくることだ、と定義する。PRは母国アメリカで、鉄道や女性の喫煙を「あたりまえ」にするために役割を果たし、「あたりまえ」が生まれるたびに体系化されてきた。著者の嶋さんのこの主張は、まさにPRの本質的な存在意義だと言える。
嶋さんとはPR業界の「同志」でもあるから、これまで何度も議論をしたし講演などもよくご一緒している。そんな身からすると、本書は嶋さんによる金言の集大成のような本だ。曰く、「市場の私ではなく社会の私を語れ」「違いを見つける広告と同じを見つけるPR」「社会記号が新たな市場をつくる」「合意形成がPRの仕事」・・・などなど。何度も何度も聞いてるので、これらの言葉は自分にとって「あたりまえ」になっていたけれど、本書で初めて出会ってインスパイアされる人もきっと多いだろう。
「市場の中の私ではなく社会の私を語れ」のパートでは、僕自身も関わった「 冷凍餃子手間抜き論争」を紹介していただいている。
社会の中で企業や商品を語るというのは、僕自身が『戦略PR』シリーズや『ナラティブカンパニー』で主張してきた、PR発想の根幹とでも言うべきものだ。とはいえ、特に若手の広報PRパーソンの皆さんの中には、頭では分かっていても毎日のプレスリリースやメディア訪問に忙殺されて、そんな大きな(大きそうに思える)話に実感が持てない人も多いだろう。でもこれは何も「社会に訴える戦略PRを仕掛けろ!」とかそういうことでもなく、メディア報道やSNSやリリースなど日々のPRの仕事に直結することなのだ。先日、こういう僕のX投稿にけっこう反響があった。
これは裏を返せば、メディアが求めているのは常に新しい「あたりまえ」だということ。なぜなら、世相を反映する新しい常識やその兆しには、報道価値=ニュースバリューがあるからだ。だから順番としては、「取り上げたら面白そうな兆しだ」というのが先にあって、「それを扱うのに適した取材先=企業や商品はないものか」という思考回路になる。そこに自社を売り込む機会を見出せというわけだ。だから、広報PRパーソンにとっては、日々の業務の中においてもこの「あたりまえ」の発想はとっても大事なことなのだ。
さて、日本においてはまだまだ広報やPRがビジネスの「あたりまえ」になっているとは言えない。嶋さんの本を読んで上司や取引先にも読ませて(僕の本もね)、もっともっとPRを「あたりまえ」にしていきましょう。オススメです!
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