ロンドン芸術大学イノベーションマネジメント修士コースとデザイン人材資質類型との相関
2022年7月にロンドン芸術大学セントラル・セントマーチンズイノベーションマネジメント修士(MAIM)を修了しました。2020年秋からの留学生活は、新型コロナウイルスに翻弄され続けた2年間。思い描いていたキャンパスライフとは異なるものでしたが…(苦笑)、カオスな環境下でも無事に学びを修了することができて今はホッとしています。
一つの区切りとなるこのタイミングで、2年にわたる英国デザイン・アートスクール留学で「何を学んだのか」、この留学が「どのような意義をもつのか」、そして「今後どこへ向かっていくのか」を3つのnoteに分けてまとめてみたいと思います。
高度デザイン人材の資質5類型
まず1回目は、英国デザイン・アートスクール留学で「何を学んだのか」。皆さん「高度デザイン人材育成の在り方に関する調査研究報告書」をご覧になったことはありますでしょうか?これは2020年に、経済産業省が主宰する高度デザイン人材育成研究会が発表したレポートです。
この中で国内外の教育機関の調査・分析をもとに高度デザイン人材の資質5類型とカリキュラムの相関がまとめられています。具体的には、事業開発領域∕事業戦略領域の「サービスデザイナー」「ビジネスデザイナー」、マネジメント実務領域∕企業戦略領域の「デザインマネージャー」「デザインストラテジスト」、事業・企業ビジョン領域の「ビジョンデザイナー」の5つです。
今回、こちらのフレームを活用し、ロンドン芸術大学セントラル・セントマーチンズのイノベーションマネジメント修士コースでの学びを振り返ってみたいと思います(注:以降の内容はあくまで個人的な見解です)。もちろん、大学院のHPや下記カリキュラムデザインなどででコース概要は把握できますが、具体的な人材像として輪郭が見えることで、デザイン・アート教育が社会とどのようにブリッジするのかよりイメージしやすくなるかと考えました。
MAIMはビジョンデザイナー育成機関?
結論からお伝えすると、MAIMで学んだナレッジ・経験・スキルは「ビジョンデザイナー」の育成要素と親和性が高いと私は解釈しました。具体的な要素としては、「フォアキャスト」「コンテキストの把握」「イノベーション・マネジメント」「ユーザー中心設計」といった要素を中心に学んだこと。そして、多様なプロジェクト(「実践力/該当領域での経験」)を通じて「コラボレーション力」を磨き上げることが重視されるコースであったからです。
「ビジョンデザイナー」の育成要素との親和性の高さは、ロンドン芸術大学の特徴、コース設立背景を踏まえると個人的に納得感のある結果です。元々、イギリス政府の産業政策の一環として、2008年に「イノベーションマネジメント」コースは設置されました。世界屈指のファッションスクールとしても名高いセントマーチンズを母体にイノベーションを学ぶコースが設置された事実。これは、従来の科学やテクノロジー分野に加え、アートや芸術分野にもイノベーションが浸透していることの証しでもあります(イノベーションに対する解釈は基本的に自由である、というのが英国の立ち位置)。
WHAT to do(デザイン)に重心をおく芸術大学で、アートや芸術分野の立場からイノベーションを学ぶ。必然的に、即時性や即効性を志向せず、未来志向のアプローチとなります。未来を構想する「フォアキャスト」の視点や、歴史や環境など立体的にテーマを捉えようとする「コンテキストの把握」をとても大切にするコースであったことも納得ができます。
また、コース人材の多様性を非常に重視する姿勢もビジョンデザイナーに必要とされる要素とリンクします。約40名のクラスメイトは世界20数カ国から集まり、バックグラウンドはクリエイティブとビジネスが50:50で混じり合うようにデザインされています。この環境は「多様性の理解」を育みやすく、異なる知を持つ人材が多種多様なテーマを扱う「イノベーション・マネジメント」というアカデミアのフィールドで学びます。
さらに、プロジェクトベースラーニング(PBL)が中心の設計であることもポイントです。2年間のカリキュラムはPBLが中心で、4-6名程度のチームを組んでプロジェクトを実践する機会が数多くありました。世界中から集まった多様性のあるメンバーが、ひとつのアウトプットにむかい切磋琢磨する。
この中で「コラボレーション力」や「クリエイティブ・リーダーシップ」が磨かれていくことになります。
RCA(SD / GlD)とMAIMの違い
一方で、MAIMの弱み(カバーし切れていない)要素も勿論あります。例えば、HOW to makeのエンジニアリングの要素です。これはお隣、英国王立芸術学院(RCA)のService DesignやGlobal Innovation Designコースの卒展に足を運んだ際も、特に違いを感じた部分です。MAIMは、コンセプト・アイディエーションのレイヤーが中心ですが、RCAでは実際のプロダクト・ディティールまで落ちており、tangibleなものがほとんとでした。つまり「コンセプトを可視化する」力にギャップを感じました。卒展の現場でRCAの学生とも話しましたが、コースメイトにはエンジニアやデザイナーが相当数おり、コースのカリキュラムでもエンジニアリングの要素を学ぶ機会もあるとのことでした。
また、HOW to realizeのビジネスの要素も強みとしては挙げづらい観点です。デザイン人材類型「デザインマネージャー」「デザインストラテジスト」の要素であげられている「企業戦略」「デザイン経営」「組織におけるイノベーション」などの要素は具体的なカリキュラムには含まれていません。(補足:カリキュラム外では、産業界のゲスト講師を招いた講義、ビジネスコンサルタントのメンタリング、Imperial college london内のラボと連携した取り組みなどはあります。主体的に動けば補強できる環境はあります)。
これらの特徴は(以前のnoteでも触れた)、BIOTOE佐宗さんがBLOGでまとめられていた海外デザインスクールのポジショニングマップともリンクします。(WHAT to do(デザイン)に重心をおくロンドン芸術大学と、HOW to make(エンジニアリング)の要素も抑えたRCAの違い)
以上、高度デザイン人材育成における資質5類型をもとに、ロンドン芸術大学イノベーションマネジメント修士コースとデザイン人材資質類型との相関をまとめてみました。改めてMAIMは「ビジョンデザイナー」の育成要素と親和性が高く、「フォアキャスト」「コンテキストの把握」「イノベーション・マネジメント」「ユーザー中心設計」といった要素を学び、多様なプロジェクト(「実践力/該当領域での経験」)を通じて「コラボレーション力」を磨き上げる力を蓄えた人材を育成する特徴を持つコースであると言えます。デザイン・アートスクール留学を検討されている方は、レポートのフレームを参考に、各スクールのカリキュラムを比較調査してみると面白いと思います。
次回のnoteは、ロンドン芸術大学の学長であるグレイソン・ペリーの卒業式のメッセージも引用しながら、この留学が「どのような意義をもつのか」に関して書いてみたいと思います。