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イノベーションとスポーツの交差点を探して(イタリア/ミラノの経験を振り返る)

ビジネスイノベーション・ソーシャルイノベーションへスポーツをいかに活用できるのか、大学院の研究テーマとして考えるこの領域を探求すべくロンドンよりミラノへ飛んだ。

現地在住のビジネスデザイナー安西さんにコーディネート頂いた今回の旅は、研究テーマを掘り下げるヒント、多くのインスピレーションを得ることができた濃密な時間となった。このnoteでは、イタリアでの経験を振り返りつつ、芸術大学でInnovation Managementを学ぶ人間の視点から見たイノベーションとスポーツの交差点に関して考察を述べたい。(思考実験的色合いがかなり強いが、安西さんが投げかける文化とビジネスの関係性、というテーマにも繋がるはず...)

イタリアでの経験(ミラノ工科大学教授との対話)

今回のイタリア出張はミラノとジェノバ へ1週間の旅程。5日間滞在したミラノでは、ミラノ工科大学(以下、Polimi)のAlessandro Biamoti教授、Luca Fois教授2名とお会いすることができた。Polimiのデザイン学部という所属を持ちながらも、実践的なプロジェクト経験、ビジネス的視点も持ち合わせたお二人との対話はイノベーションとスポーツの交差点、とりわけソーシャルイノベーションへのスポーツ活用を考える上で実りある機会となった。

ここで、少し安西さんと私の関係に関して触れておきたい。出会いは、2020年2月、音声SNS / Clubhouse。安西さんがオーガナイズするラグジュアリーマネジメントに関するセッションの聴講者からスピーカーへあげていただいたのがきっかけだ(当時、そのルーム内で明らかに異質のキャリア・バックグラウンドであった私が、安西さんとこのnoteを書くまでの関係になるとは想像もしてなかった)。その後、Facebook(時々通話)でのやりとりが続いた。大学院1年目のAutumn Termでテーマになっていた15 min cityのテーマに関する解釈の浅さを文字通り一刀両断されたり、イノベーションとスポーツの研究領域に関して相談をする中で「ベルガンティのリーダーシップ論とマンズィーニのデザインケイパビリティに繋がりを見出せると、新しい風景が見えると思います。」というやや高めのボールを投げ込んで頂いたり。紹介頂いた関連書籍や論文を読み漁り、仮説を構築しては崩し、再設計をすることを繰り返した。長引くコロナ禍の影響もあり、1年半オンラインを通じて関係を育む中、大学院2年目を控えるこの夏に安西さんより「ミラノへ来ませんか?」というお誘いを頂いた。イノベーションとスポーツの交差点を探すまたとない機会であると考え、すぐさま日程調整し航空券を手配。9月17日にミラノへ飛んだ。

ミラノの5日間に関しては色々と触れたいポイントがあるが、本noteの趣旨に沿い、2名の教授とのアポイントについて絞り振り返りたい。Alessandro Biamoti教授とはミラノ工科大学のキャンパスにて、Luca Fois教授とはサンシーロに近いコハウジング(住民が共同でつくったレジデンス)にてお話を伺った。

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Alessandro Biamoti教授からは、ソーシャルイノベーションという抽象的な言葉で表現された定義や構造を改めて考える機会を頂いた。教授はインテリアデザインに属しながら、アルツハイマー型認知症の人たちのコミュニティの研究・実践を行っている(認知症の人たちが生活できる環境設計等で、医学学会にも出ているとのこと)。今回は(主にソーシャル領域において)イノベーションへスポーツをいかに活用できるのか?という私の関心領域を伝えた上で、研究アプローチやビジネス面を含めたコラボレーションの可能性などについて話を伺った。教授からは、対象を限定しないシステムデザイン的なアプローチ(PolimiのProduct Service System Designコースの話にも言及)の重要性を説いて頂いた。また、安西さんを交えたダイアログでは、Disabilityという領域は非常に複雑(且つセンシティブ)な領域であること、スポーツも種目間ごとの特性が多岐に渡ることから、具体的に3つほどのケースをリサーチする形が良いのでは?とアドバイスをいただいた。例えばイタリア/ミラノで盛んな自転車やマリンスポーツを取り上げ、地域社会の課題解決や、地域に与える(≒在る)意味がどのように形成されているかを深堀してみるのも面白いのではないか、と議論が拡がった。

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Luca Fois教授からは、現場でのディテールの集積からソーシャルイノベーションを捉える機会を頂いた(主には、安西さんが取材。付随していくつか質問をさせていただいた)。教授は、デザイン学部でイベントデザインを教える傍ら、POLI.designコンソーシアム内のプロジェクで共同ディレクターも務められている。今回はご自身も住むコハウジングについて現場(コハウジングの中心にある広場)でお会いした。詳細は安西さんが記事を作成されるため割愛するが、非エキスパートである住民が"Co"のセオリー・アプローチでコミュニティの文化を育んでいることを実感を伴って学ぶことができた。とりわけ、多様性を重視したコミュニティーマネジメントや住民間コラボレーションの促進を重視していたのは印象的だ。具体的には、入居には審査がありコハウジングが育む文化へのフィット感や、属性の多様性担保に留意している(ファミリー、若い世代のカップル、シニア層、移民の方、障がいをもつ方等)。また、住居機能だけではなくテンポラリーオフィスやレストラン、イベントスペース、シアター、教育施設といった機能も備えることで、入居後はまるでヴィレッジに在るような感覚を覚える。加えて、この文化を維持するためにDown to TopとTop to Downのアプローチ(+パブリックなどからの横からのアプローチ)それぞれが必要であること、コミュニティも変化し続ける前提で未来を捉えていることなども語ってくれた。

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そして安西さんからは、教授とのミーティング中、移動中、さらにはミラノのレストランにおける深夜1時までの約4時間の会食にて、この2名の教授をブリッジする視点を意識的に投げかけていただいた。Alessandro Biamoti教授との対話のような全体を全体として捉える視点、Luca Fois教授との対話のようなディティールから積み上げていく視点。これらの両方をカバーするのを目指すべきであり、必ず2つのアプローチには差分あること、その差分を両方の観点から語れることが大切だと説いて頂いた。次にイノベーションとスポーツの交差点に関してDesign Mode Mapをベースに仮説を述べるが、ミラノの地で非エキスパートデザインの領域はスポーツが持つケーパビリティとの相性が良さそうだ、という気づきを得ることができた。

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イノベーション*スポーツの交差点

私が考えるイノベーションとスポーツの関係性に関して述べたい。下図はサービスデザインやサステナブルデザインの世界的リーダーであるマンズィーニ氏が提唱するDesign Mode Mapである。デザインが活きる領域を示したもので、左が問題解決、右が意味形成/センスメインキング、上が専門家領域、下は非専門家領域として分類されている(図:マンズィーニが提唱する概念を基に安西さんが作成)。

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このMapをベースに、スポーツをツールとして活用するという視点に立った時に、イノベーションとスポーツの交差点(≒デザインのツールとしてスポーツを活用し、イノベーション創出を促しうる領域)を考えていきたい。なお、このnoteでは一貫してInnovation in Sportsではなく、Innovation through Sportsの視点を持っている点はあらかじめ強調しておきたい。(スポーツに関連する議論では、往々にしてスポーツ産業内の「する」「みる」「ささえる」におけるイノベーションが想起されるのだが、今回はあくまでビジネススクターやソーシャルセクターなどがスポーツを活用する視点から述べたい。)

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さて、スポーツ、ビジネス、ソーシャルという一見コンテクストが大きく異なる領域をイノベーションという軸を立てながらいかに文脈的な翻訳ができるかという思考実験を記していきたい。

①問題解決デザインと意味形成デザイン×スポーツ
②エキスパートデザインと非エキスパートデザイン×スポーツ

①問題解決デザインと意味形成デザイン×スポーツ

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まずは、問題解決と意味形成という軸での整理である。問題解決にスポーツを活用するというアプローチをビジネス観点から見てみると、スポーツマーケティングと呼ばれる領域、スポーツへ投資をするスポンサー企業の活動例がわかりやすい。例えば、アムステルダム1928大会に始まり90年にわたるオリンピック大会を支援するコカ・コーラ社 、40年以上にわたりサッカー日本代表を支援するキリンなどはよく知られた存在だ。最も、問題解決へのスポーツ活用は、海外が先行し日本が遅れをとってきたという歴史がある。米国NYを拠点とするスポーツコンサルタント鈴木友也氏の記事がわかりやすい。(注:記事は2014年のもの)

「米国の場合、協賛企業が抱える経営課題(イシュー)が何なのかを把握し、それに対して企業とスポーツ組織が二人三脚で協賛権を活用した解決策を検討する流れが今では一般的です。いわば、「イシュー・ドリブン」(Issue Driven)と言えるかもしれません。(中略)一方、日本でのスポーツ協賛はスポーツ組織から広告代理店に委託され、代理店が抱える広告媒体ありきで話が進むケースが多いため、メディア露出が中心の契約内容になりがちです。言い換えれば、「メディア・ドリブン」(Media Driven)ということになるでしょうか。」

少し話はずれたが、スポーツをビジネスの問題解決へ活用するという動きは国内外で数多くの事例を見ることができる。

また、ビジネスだけでなくソーシャル観点の問題解決へスポーツを活用する動きもここ数年注目が高まっている。これまでもソーシャルセクターでスポーツを活用する動きはあったが、昨今その動きが本格化している印象だ。具体例をあげれば、SDGs×Sports、スポーツを利用した社会問題へのアプローチを促進・支援するBeyond Sportsはグローバルでプレゼンスを高めている。グローバルリーダーも問題解決へのスポーツ活用に着目している。ビルゲイツは、ビル&メリンダ・ゲイツ財団を通じて東京2020大会においてSDGsに取り組んでいくソーシャルムーブメントOur Global Goalsを発表した。グラミン銀行創設者で2006年ノーベル平和賞受賞者であるムハマド・ユヌス氏は、スポーツを通じた社会課題解決のため「Yunus Sports Hub」を設立。パリオリンピック組織委員会と協働し、ソーシャルビジネスの普及と啓発活動に取り組んでいる(*ユヌス氏は他にも、アスリートが抱えるセカンドキャリアの課題解決として、ポストキャリアの起業を支援する「The Athlete365 Business Accelerator」にも取り組んでいる)。

一方で、意味形成にスポーツを活用するという領域は、問題解決に比べてまだ活発な議論が行われていない印象だ。しかし、歴史を振り返ればこの領域に該当する事例を見出すことができる。例えば、1995年に南アフリカで開催されたラグビーW杯では、ネルソン・マンデラ大統領がスポーツが世界を変える力があることを認識し「新しい南アフリカ」の立ち上げ(意味形成)のためにラグビーというスポーツを活用したと解釈することができる。また、手前味噌で恐縮だが、私が携わる日本ブラインドサッカー協会と参天製薬、インターナショナル・ブラインドフットボール・ファウンデーションが仕掛ける10年プロジェクトでは、「”見える”と”見えない”の壁を溶かし、社会を誰もが活躍できる舞台にする」というビジョンを掲げ、ブラインドサッカーを通じた「インクルージョン社会」「混ざり合う社会」の実現に向けてアクションを起こしている。視覚障がい者を取り巻く環境の課題解決は勿論、健常者の無意識バイアスへの働きかけを含めた、新たな社会像・ありたい姿の提示(意味形成)を強く意識している。

②エキスパートデザインと非エキスパートデザイン×スポーツ

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次に、エキスパートと非エキスパートという軸での整理である。エキスパートデザイン×スポーツは比較的想像しやすい領域ではないだろうか(日本では、大手広告代理店の電通が手がけるスポーツ関連の取り組みの多くがそれに当たるか)。NIKEやアディダスなどブランドがアスリートの肖像を活用したクリエイティブの製作したり、スポンサー企業が(時に、GMR Marketingなどのエージェンシーを活用しながら行う)スポーツイベントやメディアを通じて展開する広告・マーケティング活動などはその最たるものであろう。

非エキスパートデザイン×スポーツは、エキスパートデザインに比べると一般認知は高くはないが、フィランソロピーやCSRなどの文脈から昨今のESGやSDGsの文脈まで国内外で様々な事例が思い浮かぶ。例えば、マイクロソフト共同創設者のポール・アレンが2010年に米国で設立した、スポーツからのサステナビリティ実現を推進する非営利団体Green Sports Allianceなどはこの領域で知られた存在だろう。世界一エコなサッカークラブとして知名度を高めているForest Green Rovers F.Cも、イングランドの4部リーグ相当に位置することを考えると、非エキスパートとしてスポーツ活用を実践する存在としてみることができるかもしれない。1点触れておきたい点がある。非エキスパートの領域は、複数で行うことを前提にした領域であり、Co-designのセオリーとアプローチが必要であること。その必要な機能・要素を補うツールとして、異なるステークホルダーを繋ぎ合わせる(ボンド)機能に優れるスポーツが、明瞭な価値を併せ持つと考えるからである。加えて、一例をあげれば、多くの移民で社会が構成されるロンドン市では、多種多様なバックグラウンドを持った市民の中で社会課題が散見される。 ロンドン市ではSocial Isolation, Social Mixing, Inactivity , Mental Health、Serious Youth Violenceなどのテーマに対して、戦略的にスポーツを活用することで市民を巻き込みながらアプローチしている点は非常に興味深い。(レポートはこちら

ここで考えたいのは、これからの在り方である。現在、社会全体が価値軸の安定した「慣習モード」から変化の大きい「デザインモード」へとシフトしている(私が通う大学院でも、授業や課題でこの点は繰り返し強調される)。スポーツ産業においても、コロナ禍でこれまでの経営・ビジネスモデルの外側に出ていく必要性が高まっている。この大きなコンテクストの変化を踏まえると、従来のエキスパートデザイン領域だけでなく・非エキスパート領域におけるスポーツ活用は議論に値するテーマではなないだろか。

その際に「デザイン文化」という言葉がキーワードになりそうだ(マンズィーニが著書で書いている、「日常生活のなかで、人々が自分の進む道の選択肢を自分でつくりだし、それを自ら選択できる文化」との定義)。私はソーシャルイノベーションへスポーツを活用することで、このデザイン文化の醸成がより効果的に進むのではないか?という仮説も持っている。これは、先に述べたブラインドサッカーのプロジェクトに携わる中で、手触り感を持って実感をしている。「“見える”と“見えない”の壁を溶かし社会を誰もが活躍できる舞台にする」というビジョンに紐づいた活動は、目の前にある現実を動かせるものとして捉えるデザインケーパビリティ、この態度を醸成する上で非常にパワフルなツールとして機能するシーンを目にしてきたからである。これはスポーツが持つ「楽しさ」「身体性を伴う」という要素、ブラインドサッカー特有の「チームで」「混じり合う」要素などが機能しているからであろう。(この辺りについて述べると長くなってしまうので、また別のnoteで触れたい)

最後に

冒頭に書いたように、今回のイタリアでの経験はイノベーションへスポーツをいかに活用できるのか、大学院の研究領域を(特にソーシャルイノベーションの文脈から)掘り下げるヒント、多くのインスピレーションを得る機会となった。また、これまで英国/ロンドンと日本/東京のネットワークや情報ソースに偏っていた(故に、物事の捉え方が断片的になっていた)自分にとって、イタリア/ミラノという3つ目の視点・拠点を持てたことも今後の研究において意味をもたらすことになると考えている。一方で、クリティカルな視点で捉えると、そもそもこのDesign Mode Mapでイノベーションとスポーツを語ることが適切なのか?(≒全体像を捉えられているのか?)、問題解決と意味形成の狭間もしくは周辺にある領域でのスポーツ活用があるのではないか?など考えるべき余白はまだまだ広い。まずは初期仮説として、現状の私の考えを提示してみたい。

追伸①:今回のイタリアの経験をもとに、さらにテーマを探求する機会を2つ作った。1つ目は、courseraでMusic and Social Actionというコースの受講を始めた。音楽という文化資産の社会的価値・役割を再定義する内容に関心を持ったからだ。抽象度を上げ、音楽からスポーツが学べるもの、転用できる要素について考えを深めたい。2つ目は、11月下旬に開講するラグジュアリーをテーマにしたコースの受講だ。世界各地でおきている文化を駆動する包摂性の高い新しいラグジュアリーの動きを捉えながら、文化とビジネスの狭間、財務的価値+社会的価値を含んだモノやコトの在り方を考えたい。これらがイノベーションとスポーツの交差点の探求を後押ししてくれると願いっている。

追伸②:今回のnoteで直接的な言及はしなかったが、ミラノ滞在中は「歴史 」や「(五感を使い)風景を眺める」ことの大切さも安西さんに繰り返しお話いただいた。ミラノという都市やイタリアデザインの全体像を掴むためにである。そのため、事前にイタリアの歴史や文化に関する書籍やweb記事などをインプット。また、滞在中はイタリアデザイン協会の博物館、トリエンナーレ美術館やアンブロジアーナ絵画館などに足を運び、イタリアデザイン・ミラノデザインを作品とともに時系列で俯瞰して観ることを心がけた。風景を眺める、に関しては、とにかくミラノの街を歩き観察し、現地の人と意識的に会話をしたり、食事を楽しむことに意識をむけた。右脳 / 身体性を伴ってイタリア・ミラノの風景を眺めることで、今回の滞在がより深い経験として自分自身に刻まれたと感じる。

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