自分たちでゼロから結婚式を創った夫婦の話し。~Ep0.波乱の始り~
【 目次 】
Ep0.波乱の始り
Ep1.みはるとの出会いと再開
Ep2.青山アイビーホール
Ep3.「違和感」の正体
Ep4.式場見学の先に
Ep5.「事なかれ主義・日本」への挑戦
Ep6.親の背中
Ep7.「AtelierWedding」設立
Ep8.2次会の依頼
Ep9.別れ。
Ep10.祖母の死 / 入籍 / 妊娠
Ep11.「ごめん、前倒しになった。」
Ep12.結婚式は総合芸術
Ep13.和仁原社長の提案/「森と空と家」
Ep14.一難去ってまた一難
Ep15.こんな時だからこそ
Ep16.式までラストスパート
Ep17.会場前入り
Ep18.結婚式1日目
Ep19.結婚式2日目
Ep20.責任
Ep21.旅の続き
Ep22.娘への手紙
Ep23.もし今日が人生最後の日だとしたら
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Ep0.波乱
2010年。話しは僕が大学4年生の夏に遡る。
当時はリーマンショックの影響もあって就職したくても出来ない大学生が溢れかえっていた。連日、ニュースや新聞には「今年の内定率 50%以下」の数字が並び僕の胃をキリキリとさせていた。実際問題、成績も並み、大学も中堅、突出した能力も特にない、人より少し運動は出来る程度の自分には絶望的な数字に感じたものだ。ただ、変にポジティブで世間知らずだった僕は「数を打てば何とかなるか」と根拠のない自信を持っていた。自信というよりその時はそう思うほか無かったのかもしれない。何とかなると豪語して説明会に足を運んだものの当時の日本企業は本当にじり貧だったようで、とにかく落ちる。履歴書を送っても大学名で落とされ面接にすらたどり着けない有様。
いよいよヤバくなってきた10月中旬。たまたま求人に載っていた建築資材メーカーの面接に行き、300人近い学生の中から何とか生き残ることが出来た。誰も知らないような零細企業の求人にそれだけ応募があるのだから当時は本当に就職先が無かったのだ。特に建築に興味があった訳ではないが背に腹は代えられない。不本意ではあったが、その会社に入ることを決めた。
晴れて内定をもらった僕は卒業旅行に行く予定もお金も無かったので残りの学生生活をダラダラと過ごした。そして卒業1ヶ月前の2011年3月11日、当時付き合っていた彼女と最後の学生生活を堪能しようとディズニーシーにいた。タワーオブテラーの前で猫のキャラクター・マリーちゃんと一緒に立つ彼女を撮ろうとした瞬間だった。一瞬立ち眩みをした感覚に襲われた。「あれ、疲れてるのかな・・・」僕は何度もカメラのレンズを見たが立ち眩みが治まらない・・・いや、ちがう。地震だ。そう、東日本大震災の発生だった。何が起きたのか、どんな規模なのか全く分からなかった。情報が無かった。携帯も繋がらない。恐怖というより状況が読めずただただ困惑した。
そのあとはディズニーキャストの迅速な対応もあってウォーターフロントパークというアトラクションで一夜を過ごした。あの時のディズニーキャストは流石としか言いようがない。アルバイトの子が泣き言も文句も言わずにゲストが寝ている間、ずっと立ち続けていたのだ。自分たちも家族への安否や自身の生活があるだろうことは想像に難くない。その時はディズニーキャストのコミットや仕事に対する姿勢にディズニーの凄さを感じた。
震災発生から1ヶ月後の春。未曾有の危機を迎えながらも僕は何とか入社式に出席し、波乱の社会人1年目がスタートした。
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