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どうして「本」を読むといいの? (1)

おとなはだれしも「子どもに本を読んでほしい」と願います。
でもそれはなぜ?  子どもの成長に合う本を選び、届け続ける童話館の企画編集室、川口かおるさんと編集部が語り合い、日々の子育ての話も交えながら、その答えを探りました。
*「どうして「本」を読むといいの?(2)」は近日掲載予定です

童話館 川口かおるさん
中学校の国語の教員を経て童話館へ。「童話館ぶっくくらぶ」会員向けの会報誌などを制作する編集企画室室長。


よく生きたいという気持ちを
励ましていく物語

編集部 早速ですが川口さん、「本を読むことは良い」という、いい意味でのすり込みを、私たち多くのおとなが持っていると思うのですが、「本を読むことは本当にだいじですか?」と問われたら、なんと答えますか?

川口 まちがいなく、だいじなことですよと答えます。ただ、読書に知的なイメージがあることはいいのですが、学校での読書活動やカリキュラムへのとり入れ方などを見ると、「なぜ良いのか」という部分が置き去りにされたままになっている状況はもったいないと思っています。子どもたちの育ちについて、「結果」がすべてという感覚を気をつけていても持ってしまうので、本を読むことは楽しいんだよ、その上で役に立つこともあるんだよということを、できるだけ具体的に伝えていくことがだいじだなと思っています。

編集部 「なぜ良いのか」という部分を、おとなが実感できるチャンスはどこかにあるのでしょうか?

川口 今日も「童話館ぶっくくらぶ」の会員さんから「『かぼちゃひこうせんぷっくらこ』の中にある「あめもまたたのし。かささせば」というフレーズを、子どもがお母さんに言ってくれた」というお手紙をいただきました。子どもの感受性が本によって磨かれているなと感じたり、その言葉がいいななど、理由は人それぞれかもしれませんが、なにより、そういう瞬間に立ち会う経験ができるということがとても貴重だと思うんです。

編集部 心がじんわりした経験は、記憶に残りますよね。童話館は子どもに本を届けるとき、とくに選書にこだっていらっしゃいますが、「すぐれた本」というのは、どういうものと考えているのでしょうか?
川口 まず「美しいことば、美しい絵、物語が良い」ということ。その上で「物語」とは、人間が本来もっている、よりよく生きたいという気持ちを、励ましていくものでありたいと考えています。ただそれが、きれいごとではいけないと思っています。小さいときには、「この世はほんとうに素晴らしいところですよ、この世の中にようこそ! 生まれてきてくれてありがとう」と、手放しでよろこべる物語を届けたいけれど、少しずつ子どもの社会が広がるにつれて、その幅も、親子だけでなく友だちとの関係につながっていく。そして働くとは? 生きるとは? 悪もあるんだな、人間にはこういう姿もあるんだと、人間の「真の姿」をきちんと語りかける本は、社会を生きていくための道案内になると思います。
 閉塞感のある今の世の中で、こんなふうにも生きられるのか、というヒントにもつながります。だからこそ、人間を誤って伝える内容であってはならない、物語の〝質〞に私たちはこだわっています。

目に見えないことを
見えるようにしてくれる

編集部 よりよく生きたいという気持ちを励ます力が、本を読むことの中にはあるということなのですね。では、物語の〝質〞とは、具体的にはどういうことでしょうか? 

川口 『どうながのプレッツェル』という絵本を娘が小学校に入るころに2、3回読んであげたことがありました。そのときはダックスフントの恋の物語という印象ていど。その後、娘が高校生になって、ある男の子が、部活動のレギュラーを外されたって泣いている場面に立ちあって、「男なのに泣いて、男らしくなくてごめんね」と言われたらしいんです。それに対して娘はプレッツェルの話を思い出しながら「男らしいって、そんなことじゃないと思う」と。絵本の中でプレッツェルは胴長を自慢としているんですが、結婚した女の子は「あなたがどうながだからけっこんするわけじゃないのよ!」という決めぜりふを言うんです。娘は男らしさや、人への好意とはそういう表面的なものではないということを、絵本を通して感じていたようなのです。なにかを選択したり、人になにかを伝えるときの決め手に絵本がなっていたという話を娘から聞いて、思わず鳥肌が立ってしまいました。
 文学って目に見えないことをときどき、目に見えるように示してくれるんですよね。直接言っても伝わらないことでも、物語を通して、しかもそれが親の読み聞かせたものだと、子どもの深いところに静かに沈み込む。そう実感できたとき、物語の〝質〞もだいじにしたいと、改めて思いました。

編集部 子どもがいい反応を示したから、いい本というわけでもないんですね。『どうながのプレッツェル』のように、道案内的な内容が含まれる物語がある一方、『おちゃのじかんにきたとら』などは、「え、これで終わっちゃうの?」という内容もありますよね。しかも、子どもたちからすごく人気がある。これは、なぜでしょうか?

川口 物語の〝質〞にも関わることですが、楽しめる「余白」があった方がおもしろい。親たちは意味を求めていろいろな読み方をするのですが、子どもたちは想像力が豊かなので、言葉にならないレベルで、その不思議さを含めて何度も何度も楽しんでいるんです。無条件に「なんで?」と読みたがるところに、想像力の芽があるのかなと思っています。

楽しい読書体験と
よい選書があればーー

編集部 いい本に出会うきっかけをもっと持てたら、子どもが本を読むことへの足掛かりになるのかもしれないと思うのですが、本を選ぶために、おとなの側はどうしたらいいと思いますか?

川口 実は私たちは、親が実際に選ぶのは難しいと考えています。
 親は、有名な本や自分が好きな本から選ぶのがふつうだと思います。子どもの反応も気にしますよね。それと、私たちの選書は前提がちがっていて、専門的な立場で、いろいろな考えをとり入れながら、表面的なものにとらわれないで選んでいくことがだいじだと思っているのです。

編集部 遊びとも似ているのかもしれませんね。どこにでもあるようで、でもきちんとデザインされていてシンプルな積み木は一見、遊び方がわからないけれど、遊びはじめると無限に広がりますよね。お話を伺っていると、おとなができることは、環境を整え、選んだものを用意してそっとそこに置いておくことなのかなと思います。

川口 子どもの成長と共にコミュニケーションが難しくなることもあるし、子どもも言語化できないことも出てくるかと思います。でも、書棚に本を置いておけば、ちょっとしたコミュニケーションのきっかけになりますね。うちの娘も順風満帆にきたわけではありませんが、本を読むことでさみしさはまったくなく、「古今東西の人や物と心を通わせることができたし、色んな形の幸せを知れたから、本を読む習慣をつけてもらってよかった」と言います。ただ、本を読むと国語ができるようになる、頭が良くなる、というイメージに引っ張られ過ぎると、本を読む環境の整え方もだいぶ変わってしまうのかなと思います。

編集部 小学校に入ると子どもが忙しくなり、本を読まなくなることを多くのお母さんたちが、悩んでいますね。
川口だいぶ広まった読み聞かせですが、小学校低学年のうちならまだまだ読んであげていいですし、高学年でもときどきは読んであげてほしいと思います。楽しい読書体験といい選書があれば、何歳になっても本は楽しめるようになると、私は思っていて。親が読ませようとプレッシャーを与えるほど、子どもは読まなくなりますよね(笑)。「童話館ぶっくくらぶ」にも、一年間積読だった本を読みました、という声がきますし、必ず読む時がピンポイントで来るものなので、読まないからとすぐ辞めるのはもったいないと思っています。本との、いつやってくるかわからない出会いを大切にするために、家庭での本棚の存在は本当に重要ですね。

川口さんオススメBOOK

『ねこねこ10ぴきのねこ』 

『ねこねこ10ぴきのねこ』 

マーティン・レーマン/作 星川菜津子/訳

 10ぴきのねこたちが次々に自己紹介をしていく、それだけの絵本。でも、読んでもらう子どもは、お気に入りのねこができたり、実際のねこと重ね合わせてみたり、身近な動物を通して新たな視点で自分や世界を見ることにつながっていきます。どんな存在も認められているという安心感も感じることでしょう。
*「童話館ぶっくくらぶ」では、「小さいいちごコース」(およそ1~2才)
で配本。

『マリールイズいえでする』 

ナタリー・サヴィッジ・カールソン/文 星川菜津子/訳
ホセ・アルエゴ, アリアーヌ・デューイ/絵

 いたずらをして叱られたマングースの女の子マリールイズが、家出をするお話です。冒頭には「マリールイズは、いつもはよい子です。でも、ある日、わるい子になりました。」とあり、多くの子どもたちが、まるで自分のことを認められたような驚きとうれしさを感じるでしょう。
 マリールイズは近所をまわりながら、新しいお母さんを探しますが、なかなか見つかりません。周りのおとなたちは皆、うまくはぐらかしながら、しぜんと家に帰るよう導いているようにも見えます。生活範囲や人間関係がどんどんひろがっていく年齢の子どもたちに、社会の姿をそれとなく伝えてくれているのですね。そして最後には、ほっとする結末が用意されています。
*「童話館ぶっくくらぶ」では、「小さいさくらんぼコース」(およそ5~6才)で配本。

『こぶたのプーと青いはた』 

『こぶたのプーと青いはた』 

カーラ・スティーブンズ/作 レイニイ・ベネット/絵
代田 昇/訳

 体育がにがてなこぶたのプーは、ある日授業で「はたとりきょうそう」をすることに。いやいやながらの参加でしたが、クラスメイトの名案でみごとチームを勝利に導く立役者となり、授業の終わりには、次の体育を楽しみにできるプーへと変わっていました。“読んでもらう”から“自分で読む”への橋渡しという重要な役割も果たしてくれる楽しい作品です。人は変わっていける存在なんだということ、他者とつながり合って生きることの喜びや困難の先に見えるものなど、この年齢に必要な、さまざまな希望も語りこまれています。
*「童話館ぶっくくらぶ」では、「小さいみかんコース」(およそ7~8
才)で配本。

童話館ぶっくくらぶ

お子さんの成長に合わせてすぐれた絵本・本を毎月定期的にお子さんの名前でお届けする配本サービスです。
0才から15才まで、1才刻みで15コースをご用意。40年にわたり、長崎から、絵本・本をお届けしています。

「童話館ぶっくくらぶ」についての、お申し込み・お問い合わせ
  ホームページ:http://www.douwakan.co.jp
  電話:050-3538-6908

祈りの丘絵本美術館
1階は「こどもの本の店・童話館(無料)」、2〜3階は国内外の絵本の原画を展覧(有料)。

出典:『かぞくのじかん』(休刊中)2021 夏 Vol.56


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