サードアイⅡ・グラウンディング ep.15「命の使いみち」
貴人の予言どおり、それから激しい紛争が各地で起こった。この国だけに出現する夜の太陽。その光エネルギーを求めて、他国からの武力侵攻がおこったのだった。
将軍率いる防衛軍は各地で善戦していたが、隣国と戦っている背後から他国に攻めいられるといった具合に劣勢を強いられており、戦いは長期に及んだ。その間、光の国は多大なる犠牲者を出し、徐々に国力を弱めていった。
開戦から七年、いよいよ最終決戦のときを迎えた。どんよりとした空から降る霧雨で辺りは煙ってはいるものの、城壁の上方に我が国王の姿が見える。横に控える将軍は益々の貫禄と鋭気に満ちていた。その隣には、もはや少年とは呼べない立派に成人した息子の姿もあった。美しい庭で彼に初めて出会ったときの、輝く瞳で希望を語る愛くるしい姿が思い出された。今や、その片目には黒い眼帯があてられている。戦場で敵の矢が彼の青い瞳を奪ったのだった。
大勢が見上げる中、檄を飛ばすために王みずからが前に進み出た。七年にわたる熾烈な戦いは、光の王をも疲弊させて輝きを奪ってしまった。その衰えた姿からは、民を想う深い苦悩と、戦争への激しい憤りがうかがえる。
今まさに戦地へ赴かんとする兵士たちに向けて、王は全身全霊で語り始めた。
「ここにいる多くの者たちが、家族や、友を失い、深く傷ついてきた。だが、長きにわたる戦いも、今回で最後となろう。いま、この眼には、確かに見える。我々が勝利をおさめ、この国が再び輝きだす、その瞬間が」
どよめきがおこった。雨に打たれて項垂れていた人々も、祈るように王を見上げる。
「今を生きるものたちよ。この国の未来のために、今一度、共に戦ってくれ。我々が光を失うことはあってはならない。必ずや、勝利を手にせよ!」
鬨の声が一斉にあがり、城壁を震わせる。
いつしか霧雨は止み、一条の光が王宮を照らした。
数年の熾烈な戦いを経て、ようやく大戦は終結した。各国間で和平協定が結ばれ、太陽光エネルギーをめぐる三つ巴の争いは、それを共有するという方向で各国が譲歩した。
戦後、私はこの国の法律家となった。
立法は法のことだけ扱えばすむ話ではなく、国の歴史と文化、政治経済、近隣諸国との外交や地政学など、多岐にわたる事柄を考察する必要がある。その上で、様々な人間の営みを解体して腑分けし、様々な角度から分類したのち、その内実を汲み取り再構築し、言語化する作業となる。
もう何年も私は薄暗い書斎で黙々とその仕事に取り組んでいる。戦後まもない頃こそ、皆で知恵を出し合って喧々諤々の議論を交わしたものだったが、あらかた戦後処理が終わり、隣国との和平協定の落としどころを見つけた後は、各自が専門的な細かい作業に没頭することになった。
自分の納得のいくまでひたすらに、全方位を包括しながら細部に神経を張り巡らせる。もはや当初の意気込みは薄れ、それらはただ、自分に課された毎日のノルマとなっていた。
誰かに褒めてほしい、認められたいといった欲も消え失せてはいたが、ひいてはこれが人々のよりよく生きる指針となれば、それはそれで、やはり嬉しいのかもしれない。
ーー不合理に噛みつき迷わず改め、美しき世の完全なるを目指せ
魂の貴人の放ったこの言葉は、ひょっとすると自分に向けられたものではないかとも思う。しかしながら、法を知れば知るほどに、この世に完全なものなど存在し得ないという事実に帰結する。しからば、主観でしかない美を絶対の極みに昇華させよということなのか。
否、おそらくこれは、人が完全を目指す過程そのものに意義があるのだろう。
人生は不完全な事象が連綿と続いていく。その欠けが如何なるものかと夢想する前に、その欠けたるを丸ごと愛でることによってのみ、そこに宿る美を見定めうるのだろう。
私は机上で、甘く切ないこの世の営みを想う。数々の理不尽に苛まれて苦しむ様を。絶望の淵にてかすかな光に涙する姿を。想いを込めた言葉が伝わりゆく喜びを。大切なものが手からこぼれ落ちる悲しみを。
魂の震えを感じつつ、生かされるがままに
ーー美しき世の完全なるを目指せ