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サードアイⅡ・グラウンディング ep.1 「タケルとの再会」
地球に降り立った時、まずは、生まれ育ったこの場所にちゃんと戻ってこられて良かったと、天才科学者、ブルーノに感謝した。あの一人用の古めかしいタイムマシーンを見たときには、違う時代の違うエリアに飛ばされやしないかと一瞬不安がよぎったのだが、こうして無事に目的地に着いて本当に安心した。
ぐるりとあたりを見回してみる。特段、異変はなさそうだ。四次元の世界にいた頃、ラボの体験ルームで、俺が赤ん坊だったときのこの町に、意識だけで降りてきたことがある。今回はいつの時代なんだろう。俺がステファンに出会って四次元に連れていかれた日から、どれくらいズレがあるのだろうか。それを確認するためにも、とりあえず実家へと向かった。
途中、なじみの川が見えてきた。このあたりの土手でよく他校の奴らと喧嘩したものだ。あの頃を懐かしく思い返していると、見覚えのある後ろ姿が目に入った。思わず駆け寄る。
「おい、タケル」
名を呼ばれて振り向いた俺の弟は、訝しんだ顔でこちらを睨みつけてきた。そうだった。俺は四次元の世界で肉体を変えられてしまっていて、そのままの姿で地球にやってきている。タケルは俺のことを兄だと認識できていないのだろう。
「誰だ、てめえ」と凄む少年に、俺は慌てて挨拶をする。
「あっと、君の兄さんの友人だ。久しぶりに兄さんに会いにきたんだけど」
以前よりも少し背が伸びたタケルは、腕組みをしてじっと俺を見ながら、鼻を鳴らした。
「ふん!だまそうったってそうはいかねぇ。お前みたいな生っちろい奴、にいちゃんの友達にゃいないんだぜ」
「いや、実は、オレは昔から君の兄さんのことを知っているんだよ」
「嘘つけ!」
「いや、嘘じゃない」
「じゃあ、にいちゃんの秘密を知ってるか?」
俺は、タケルが暴れ出さないように慎重に、兄弟間でしか知りえないことを、ぼそぼそと秘密めいて何個か伝えた。タケルは目を丸くして、
「なんでそんなこと、おめえは知ってるんだ」と驚いているので、
「実は、オレは宇宙から来たんだ」と、真顔で答えた。
案の定、タケルは身を乗り出して、「それ、本当か?」と目を輝かせる。
「本当だ。実際、君の名前だって言い当てただろ。オレはこの星のあらかたのことは分かってるんだ」と、さも当然だというふうに胸を張った。
「うわあ、すっげー!俺のにいちゃん、宇宙人と友達なんだ」とタケルは驚嘆の声をあげた。そして、急に改まって、「えーと、あなたの、名前は、なんですか?」と聞いてきたので、「オーエン」と名乗った。
タケルは空を見あげて何やらブツブツ言っていたが、ぱっと目を輝かせてこちらを向くと、
「アルファベットってやつだな。俺だって知ってらぁ。OMかぁ。かっけー!暗号みたいだ。OM!OM!」と叫びながら、くるくると回り出した。タケルは楽しくて興奮すると回り出す習性がある。
「君は今、ワクワクが止まらないんだね。わかるよ」と共感を示してやると、ぽかーんとした顔をして、「宇宙人、すっげー!何でもお見通しだ」と、素直に驚いている。俺はそんな弟を見て、懐かしくて抱きしめたくなったが、それはさすがにやり過ぎだろうと、ぐっとその衝動をこらえた。
「で、君の兄さんは今、どこにいるのかな?」
「にいちゃんはよぉ、わすれじの三区に行っちまったんだ」
わすれじの三区とは、俺たちが生まれる前におこった大規模な再開発プロジェクトの一環で、本土と無人に近い島を結ぶために埋め立てられた土地一体を指す。以前、その島に外資の工場がいくつも建てられてモクモクと煙があがる中、人も大勢移住して一時は栄えたのだが、その工場が業績不振とか何だかで急に全面閉鎖となり、それきり廃れていったエリアだった。水質汚染などの公害被害もあり、今では、低所得者層の吹き溜まりの場所になっている。
「あんなところに、何をしに?」
「仕事があるって、一年前に出ていったきり、帰ってこないんだ」と、寂しそうに、石ころを蹴る。
「兄さんはその仕事、誰かに誘われたりしたのか」
「うーん。何回か、にいちゃんが大人と会っているのを見かけたことはあったけど」
「どんな人だったか、覚えている?」
「マフィアのボスみたいなやつだった」
マフィアのボス。貫禄があるってことだろうか。ひょっとするとアリフかもしれない。
「そうか。それで、兄さんはそいつに連れられて、一年前に、わすれじの三区に行ってしまったってことだな」
弟は大きく頷くと、おもむろに尋ねてきた。
「OMは、にいちゃんを救いに、宇宙からきてくれたのか?」
実際には、そのマフィアのボスを救いに来たのだが、まあ仕方がない。
「うん、そうだよ。君の兄さんは宇宙人のワレワレにとっても、なくてはならない存在だからね」とウインクしてみせた。タケルは、わぁっと喜んで顔を輝かせると、再びくるくると回り出した。
「俺ね、この世でね、にいちゃんが、一等、好きなんだ」
我慢できなくなって、回っているタケルを捉えて抱きしめる。
「オレだって、お前のことが世界一、いや、宇宙一、大好きさ」
タケルは驚いたのか、俺を突き放すと、照れくさそうにうつむいて足で砂利を転がしはじめた。ほどなく、こちらを見上げると、
「じゃあ、にいちゃんを取り戻してくれるよね、OM、頼んだよ!」と、すっかり信用しきった目で見つめてくる。
「おう、約束だ」と答えた俺は、タケルと兄弟間の秘密の握手をごく自然にやっていた。タケルは目を丸くして、
「OMはやっぱり、何でも知っているんだね。さすが宇宙人だ!」と、ガッツポーズをして笑った。こんな屈託のない笑顔を見せられては、何としてでも、こいつの兄貴を連れ戻さないことにはと思う。
「タケル、近いうちに兄さんを連れてくるよ。安心して待ってな。あっ、それと」と、俺は顔を近づけて、小声で告げた。
「宇宙人に会ったってことは、誰にも言うなよ。これも約束だ」
「うん、わかった!」
俺はタケルの頭を撫でてやり、「じゃあな」と言って、わすれじの三区に向かって歩き出した。
しばらくして振り返ってみると、弟はぴょんぴょんと飛び上がりながら、こちらに手を振っていた。