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負の歴史を超えた未来への創造〜瀬戸内海の島々
瀬戸内海の島めぐりツアー最終日、チャーター船は犬島に向かった。見えてきたのは、赤黒い煙突が何本もそびえ立ち、朽ちかけた建造物が剝き出しになって打ち捨てられた巨艦のような島だった。
瀬戸内海の島々は日本の近代化産業のしわ寄せをくらい、公害被害や環境破壊を強いられてきたのだが、先に巡った直島は、今や国内外から観光客が押し寄せるアートの島としてリゾート化されていたし、豊島では原生林や棚田が広がり、そこからひょっこりとアートが出現して微笑ましかった。それに対して、この犬島は未だに過去の生々しい爪痕が残っていて、畏敬の念さえ覚える。
犬島は、煙害対策として本土から銅の製錬所が移設されて経済発展したのだが、それも束の間、十年足らずで操業停止の憂き目にあって衰退していき、その間に、島の美しい自然は汚され、人々の豊かな暮らしも損なわれた歴史を持つ。それが近年、現代建築と芸術によって見事に蘇ったのだった。
犬島精錬所美術館は自然エネルギーを活用して、真夏の館内には遺構の煙突から冷気が運ばれてきていて、蒸し暑さはあるものの、クーラーなしでも平気でいられた。逆に、冬は太陽で暖められた空気が煙突から館内を巡るそうで、他にも、植物の力を用いる水質浄化システムが導入されているという。
このように、環境にも配慮し、廃屋となった古民家や負の遺構を再利用してアートスペースとして、そこに持続可能の志を共にした世界に名だたるアーティストたちが結集したのだった。そして、島のあちこちに現代アートを作り上げ、過疎の島を復興させた。
その試みは、見る者に現代アートを鑑賞するという枠組みをはるかに超えた新感覚をもたらす。
昔からある島の古い場所に、モダンな作品が展示されている。そこに風が吹き、自然光が入り、空間全体がアートとなる。それを見ている私も、草の匂いや鳥の声、海の気配を感じながら、アート空間に溶けだしていくようだ。自分の細胞がプチプチと音をたてて泡立ちながら、自分の皮膚と空気の境が消えていき、私と全体が交じり合う瞬間。五感をフルに開いて、ただあることを受け入れる。
このような素晴らしい体験ができたのは、感性鋭いアーティストたちが、この島の負の歴史を知り、人々の想いに触れ、場の空気やエネルギーを感じ取り、ここにこそふさわしい作品をと入念にリサーチして創作した賜物だろうと思うと、感動もひとしおだった。