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サードアイⅡ・グラウンディング ep.14「心の声を聴く」

 将軍の妻に案内されて向かったのは、大広間の横にある立派な会議室だった。中に入ると、すでに護衛たちが部屋で待機していた。一番奥の席を勧められて、そこでしばらく待っていると、ドアが勢いよく開いて将軍が入ってきた。皆が一斉に敬礼する。
「やーやーやー。どうかね、慣れたかね」
 恰幅のいい体格に似合わぬ人懐っこい笑顔で、つかつかとこちらに向かってくる。
「ありがとうございます。おかげさまで快適に過ごしております」
 将軍はどすんと目の前の椅子に座った。私は恐縮しながらも話を続ける。
「皆様に国のあちらこちらをご案内いただき、見聞を広めることができました。行く先々で色々なお話を聞かせていただいて、大変ためになりまして」
「そうかね!」
「この国に来る以前は拠り所のない焦燥感に駆られて希望を失っておりました。しかし、こちらに来てからは多くの人から知見をいただいきまして。本日も、ご子息様の希望に満ちたご様子にも感化されましたし、自分の可能性を信じて常に挑戦していくことで魂が喜ぶのだと、奥様からもお教えいただいて、それで」
 むんっ!と片手を上げて将軍は話を遮った。
「考えすぎだ!機を逃すぞ。おのれがどうしたいのか、そこだけを見よ」
 私は一瞬、言葉に詰まりながらも、はっきりと迷いなく答えた。
「自分の心の声を聴きたいのです」
 将軍は半眼でじっと私を見つめた。幾多の戦火を潜り抜けてきた迫力が目にも宿っている。委縮してしまい目を逸らしたくなったが、ぐっとこらえた。すると、将軍はおもむろに立ち上がり、こちらには目もくれずに、
「では参ろう、ついてくるがよい」
 と言い残して、さっさと部屋を出ていってしまった。

 急いで将軍の後を追う。かなりの大股の早足で先を行く彼に追いつくには、こちらは小走りとなった。城内をぐるりと回り込み、反対側の通路に出る。しばらく行くと、城の別棟が見えてきた。その門を開けると、立派な屋敷へと続く。屋敷の前にはすでに数名の使用人が出迎えていた。
「客人も一緒だ」
と、一言告げて、将軍は中に入っていく。
「本日はこちらのお座敷にて」と、奥に控えていた執事が案内する。

 通された薄暗い部屋は余りにも狭く、装飾も花もない簡素な造りで静謐そのものだった。ただ、えもいわれぬ香が漂っていて、その揺らぎが空間を歪ませ、時の感覚をも麻痺させているようだ。
 そこに独り、静かに佇む人が居た。
 あれだけ大股でどしどしと歩いてきた将軍が、音をたてぬように着座し、神妙な面持ちで主を伺っている。
 一見、小柄で老成したかのような人物は、実のところ、年齢や性別のあてが全く及ばず謎めいている。ごく薄い布を幾重にも纏い、全く見えないのに透けているかのように身体の紋様が浮かびあがってくる錯覚を覚える。
ーー後世に伝うべき魂を生きる貴人
 その方の異名を後に知ることになる。
 ろうそくの炎が揺れた。何やら呪文めいた言葉を口にしながら、長い指を空中を弄ぶかのように不規則に動かす。左右に切れ上がった細い目は異次元を見つめているようだった。しばらくすると、将軍に向きなおり、その人は静かに告げた。
「近々、戦がおこる。下手をすれば長引く。心してかかれ」
 空間にそぐわぬ将軍の体躯がぎゅっと強張る。
「不合理に噛みつき迷わず改め、美しき世の完全なるを目指せ」
 それだけ言うと、鋭い目つきが一変し、薄い笑みを片側に浮かべた。その瞬間、惑いの香が鼻腔をかすめ、軽い目眩とともに、時が飛んだ。


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