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サードアイⅡ・グラウンディング ep.13「希望の輝き」

 私は客人として光の国に招き入れらた。ここでは、昼間の橙色の太陽が沈むと、青白い夜の太陽が昇ってくる。人々は暗闇に怯えることなく安心して暮らしていけるのだった。人は闇を恐れる。それは私がこの国に来る前に身をもって体験した。闇の中では思考が淀んで膠着し、やたらと不安になる。その不安はむくむくと増幅し、活力を消耗させ、ついには無気力になって無明から出られなくなるのだ。
 ところが、この光の国ではそのような闇を作らない。一切が白日のもとにさらされて、草木がありのままに伸びやかであるが如く、人間も肥大化した自我や歪んだ自己認識に捉われずにすむようだ。そして、自然がおのずと光を求めるが如く、人々は何のてらいもなく明るい理想を掲げて、当然の如く世のため人のために尽くしていた。どこからともなく現れた私にも、この国の人々は何かと親切にしてくれて、ここでの習わしやしきたりを快く教えてくれた。それらは、とてもシンプルで合理的だったので、自ずと国の歴史や文化に興味がわき、人々に色々と教わりながら異文化理解を深めていった。
 そんな中、この国の王家の血筋をひく高名な将軍に話を聞く機会を得た。面会時間まで少し間があったので、城内にある庭園で散歩をしていると、一人の美しい少年に出くわした。透明感のあるその瞳を見ていると、不思議とどこかで会ったような懐かしさを覚え、思わず声をかけた。聞くと、将軍の息子だという。しばらく話をしながら一緒に庭園を散歩した。季節の花々が美しく咲き誇る、よく手入れされた庭だった。
「この庭はね、母が大事に育てて管理しているんだ。母はこの庭園を人々の心の安寧のために使いたいって、一般に開放していてね。だから、あなたも、いつでも来たいときに来ていいんだよ」と、少年は誇らしげに語った。
 立派な家系に生まれて将来を嘱望された少年に対して、うらやましい気持ちも手伝って、君の夢は何かとたずねた。半歩前を歩く少年はこちらを振り帰ると、手を空中で小気味よく泳がせながら、楽しそうに答えた。
「ボクは父親を超えるんだ。父より強くなって、父より民を思い、父のできなかったことをするんだ。それがボクの夢さ」
 私はその意外な答に驚いて尋ねる。
「キミのお父様は立派な方じゃないか。大きなお城、豊かな土地、気のいい人々、それを護る兵たち。全てを兼ね備えている」
「違うね。それは形だけのものだから。ボクは箱の中身のことを話しているんだよ」
「中身?それは財宝とか?それとも秘伝書とかのことかな?」
 少年は口を尖らせた。
「全然ちがうよ!あのね、ここではね、全てが十全で整っているように見えるけど、外を見てごらんよ。活力のない虚ろな目で地面にうずくまっている人がいるのに、それを気にする人は誰もいないんだ」
 少年は一瞬、苦しそうな表情をした。しかし、すぐに元の明るい顔になると、晴れやかに言葉を続けた。
「ボクが作りたいのはね、希望!そう、ここにいる民の誰もが、明日もまた明るい朝がきっと来るって当たり前に思えて、安心してオヤスミが言える毎日のことさ」
 少年の大きな目は宝石のように輝いていたが、その澄んだ瞳にはキッパリとした決意が伺えた。

 少年に案内されて、彼の母親のもとに赴いた。
「ようこそおいでくださりました。ここまでの道のり、さぞ大変でしたでしょう」
 にこやかに出迎えてくれた将軍の妻は小柄で華奢な女性で、シンプルな装いがよく似合っていた。こぼれ落ちそうな青い瞳がきらきらと輝いている。
「お目にかかれて光栄です。道中、ご子息様にこの国のお話を伺いました」
 母親は、ふふふ、と笑って、
「彼はきっとまた、父を超えてみせるって息巻いていたのでしょう。父親は相応の大役を担っているのに、ね」と、息子のほうを見ながら苦笑した。
 私は出されたお茶を飲みながら、積年の自分の悩みについて、思い切って尋ねてみた。
「長い間、暗闇の中で夢も希望も持てずに、ずっと絶望の淵におりました。ご子息のおっしゃっる、希望について、どうしたらそのような考え方に至れるのかを伺えればと」
 彼女は何かを探るかのように私をしばらく見つめた。そして、ひとつ頷くと、やわらかな笑みを浮かべ、
「不当な扱いや裏切りによって挫折し、絶望を味わったのですね」
 かみしめるようにそうつぶやき、私の目をしっかりと見据えた。
「だとしても、それらは全て、起こるべくして起こっています。どんな体験であっても、あなたの魂は確かに喜んでいるのです」
「魂が、喜ぶ?」
「そうです。誰にでも自分の才能を輝かせる場所があります。あなたの可能性が最大限に開くよう、まずは、小さな一歩を、踏み出してみることです」
「でも、自分には才能とか可能性なんか、これっぽっちも感じられないんです」
「いいえ。少しずつでいいのです。できることが僅かであっても、とうてい成しえない大志であっても構いません。それは、後に続く者たちが継いでいくはず。心の声に従って、思うがままにやってごらんなさい」
 少年と同じ輝ける瞳は、全てを包み込む慈愛に満ち溢れていた。

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