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サードアイ ep14 帝王の矜持

 私は生まれた時から王位継承者として育てられてきた。幼い頃から両親は常に公務で忙しく家を空けがちで、私たち兄弟の世話は乳母と家庭教師に任されていた。
 乳母はとことん私たち兄弟に甘く、どんなわがままでも優しくきいてくれて、教師たちは子供たちの気がそがれぬように工夫をこらして学問を教えてくれた。一方で、大人の目の届かぬところでは、兄弟で悪さやいたずらを散々したものだった。
 長じてからは、両親の仕事ぶりを間近で見ることで、上に立つ者の在り方を学んだ。父からは大志を抱き周囲に希望をもたらす影響力を、母からは深慮遠謀にて実を動かす処世術を学んだ。
 父は、従妹である先代に替わって王に君臨した。先の大革命で王が倒され、しばらくは王位が廃止されたが、じきに王政復古がおこり、その後釜として急遽、玉座を得たのだった。
 父は王家の血筋ではあったが直系ではなかったので、帝王学を学んだわけではなかった。したがって、王位についてから実地で学んでいくほかなかった。その苦労があったからか、長男として産まれた私は、帝王たるものの素養を徹底的に叩き込まれた。
 父は片腕がなかった。王座についたばかりの時に反乱兵の残党に追われて切り落とされたそうだ。利き腕の代わりに、今では反対の手で何でもできるのだと自慢げに話す。
 一見、武勇伝かと思われる話だが、父にとってみたら、腕の一本や二本、大儀のためならくれてやるわ、といったふうだった。いや、大義などなくとも、それが何かの事故でおきた不幸だったとしても、きっと、あっけらかんとしていたことだろう。そういった無頓着さとおおらかさと大胆さを併せ持った豪放磊落なところが父にはあった。
 そのような父の豪傑に振り回されてきた母は、大体のことには仕方がないと諦めていて、半ば愛想をつかしていた。しかし、そうはいってもというやり場のない気持ちからか、長男の私を味方につけようと躍起になっていたようだった。
 父のように浅慮で地に足のつかぬことではいけないと、物事の見方や捉え方を母は懸命に私に教えこんだ。世の中は決まって理不尽で、それに惑わされることなく本質を見極めなさいと、そのための処世術を愚痴めいた苦労話と共によく聞かされた。私は、世の中にはそんな大変なこともあるのかと、物語を聞くかのように母のやるかたない憤りを聞いていたものだった。
 御多分に漏れず、父には何人か愛人がいた。中でも最も寵愛していた女性がいて、私は幼い頃から何度か彼女に会っていた。
 小鳥の声が軽やかに響きわたる美しく整えられた別宅の広い庭で、一緒に鬼ごっこをしたり、花を摘んだりして遊んだ記憶がある。
 不思議なことに、その女性からは全くといっていいほど生活臭がしなかった。美に執着していたあの母でさえ、公私にわたって気を遣うことが多かったのか、どことなく生活の疲れを隠しきれなかった。それにひきかえ、この女性にはまるでそういった憂いはなく、ただただ、父に愛でられて守られている可憐な花であるかのような人だった。
「お前もここに住むか」と、問わず語りに父に尋ねられたことがある。私はこの庭も、彼女のことも気に入っていたので、それもいいかなと思った。たぶん、屈託なくその程度に父に返したのだろう。
 家に戻ると、母が痺れを切らして私を待っていた。私が父とプライベートで会う日はきまって母は神経質になっている。そんな中、どこに行って何をしていたのかと詮索されて、うっかりと父とのやり取りを話してしまった。その時の母の剣幕たるや、ものすごい形相で私の手を引いて、別宅にいる父の元に向かうと、ドアを勢いよく開けて大声で怒鳴り始めた。
「この子をあたくしから奪おうってこと?それだけは許さない。それだけは!」
 それ以来、母は私が公務以外で父と会うことを禁じた。父もまさかこんな初手から思惑が露呈するとは思っていなかったらしく、様子見ということだろうか、しばらく音沙汰がなかった。
 その一件以来、私は母の強固な監視のもとで籠の鳥状態となり、日々、彼女の精神安定剤として、話を聞いたり、慰めたり、一緒に出掛けたりするようになった。そのような状態であっても、私はそれを窮屈だとか退屈だとかとは思わなかった。むしろ、自分がしっかりとして母を守ってやらねばとの自負があった。長男としての誇りと義務感から、父と母を繋ぐ橋渡し役も担うつもりでいた。         
 そんな中、父が二番目の弟を後継者に選んだという噂を耳にした時には、驚きで声も出ず、固まってしまった。

――なぜだ?何故、私ではないのか

 嫡男であり、次期国王と目されていた私の周りからは、蜘蛛の子を散らすように人が去っていった。そして、あの母も、今度は次男を懐柔しようと、私のことには頓着しなくなった。
 それから数年後、果たして弟が父の後を継ぐこととなり、時を同じくして、私は、とある王家の婿養子に入ることとなった。
 これも運命と、かの地で懸命に国事につとめた。最初のうちは万事まずまず上手く行っていた。しかし、次期国王として叩き込まれた私の立ち居振る舞いが、妻にとっては女王である自分を差し置いての野心と映ったのだろう。彼女も国王としての英才教育を施されていて、かなりの剛腕だったので、色々な場面で私たちはぶつかることが増えていった。
 何年か続いた結婚生活も凍りついていた頃、私はある刺客から殺されてしまった。今となっては誰の差金かはわからない。

 気がついたら、風変わりな男と目が合った。
「お目覚めでやんすか!ああ、よかったでさぁ」
「ここは、どこだ」
「四次元の世界でやんす」
 ありえない。これはきっと、天国にいく道の途中なんだろう。起き上がろうとしても、力が入らない。もはや肉体も存在していないのかもしれない。
「あっと、まだ、ご無理なさらないほうがようござんすよ。新しいお身体でやんすから。とびきりがっしりとした格好のいいのに仕上げておきやした」
 意味が、わからなかった。 

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