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「水の都」からJを目指すクラブと美しすぎる夕日〜フットボールの白地図【第41回】島根県

<島根県>
・総面積
 約6708平方km
・総人口 約66万人
・都道府県庁所在地 松江市
・隣接する都道府県 鳥取県、広島県、山口県
・主なサッカークラブ 松江シティFC、ベルガロッソ浜田
・主な出身サッカー選手 小村徳男、岡元勇人、柳楽智和、金山隼樹

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「47都道府県のフットボールのある風景」の写真集(タイトル未定)のエスキース版として始まった当プロジェクト。前回は、これまでなかなか訪れる機会がなかった群馬県を取り上げた。今回も未踏の県ではなかったものの、ずっと白地図が淡い色のままだった、島根県にフォーカスする。おそらくは旅好きを自認するサッカーファンでも、この県を訪れた人は非常に限られるのではないだろうか。

 島根県がある中国地方は、Jリーグ黎明期にはサンフレッチェ広島のみが存在。その後、ファジアーノ岡山FC、ガイナーレ鳥取、レノファ山口FCがJリーグ入りを果たし、気がつけば島根県だけがJの空白地帯となってしまった。私自身、島根を訪れたのは、2004年の天皇杯取材の一度だけ。この時に出場していたFCセントラル中国(のちにデッツォーラ島根に改称)は、昨年に中国リーグからの脱退とトップチーム解散を発表している。

 ここ10年のデッツォーラの動向を見るにつけ、私は「島根でJクラブは難しいのではないか?」と考えていた。広島や山口のようなJ以前の輝かしい記憶を持たず、岡山や鳥取のような名物社長がいるわけでもない。加えて人口規模も、鳥取に次いで下から2番目。そうした背景を思えば、この県に現在JFLを戦う「松江シティFC」が存在することは、ある種の奇跡のようにも感じられる。

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 松江シティの試合前に、急ぎ足で観光することにしたい。松江市は宍道湖(しんじこ)と中海(なかのうみ)という2つの湖に面し、さらに松江城下の堀川や両岸に町が築かれた大橋川など、水辺が多いことから「水の都」とも呼ばれている。まずは一番の観光スポット、松江城を目指すことにしよう。松山城は山陰地方で唯一の現存天守であり、国宝にも指定されている。

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 松江城の威容、そして水の都を一度に体感したいのなら、遊覧船による「堀川めぐり」がお勧め。船の発着場は、松江城周辺に3カ所あり、途中下船もできるので1日乗車券が便利だ。注意点としては、橋をくぐる際に船の屋根が圧縮されること。そのたびに身をかがめる必要がある。それでも水面から松山城、そして武家屋敷が立ち並ぶ塩見縄手を眺めるのは最高だ。そして水面に視線を移すと、汽水域であるためハゼやメダカ、時にはアカエイを見ることもできる。

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 塩見縄手には、松江にゆかりの深い作家「小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)」の胸像がある。ハーンは英国籍であったが、生まれはギリシアのレフカダ島。来日100年を記念して。生誕地にあった胸像のコピーが建立されている。1896年に日本国籍を取得。小泉は妻・節子の姓、八雲は松江の旧国名である出雲国の枕詞「八雲立つ」に因むとされる。八雲は、尋常中学校及び師範学校の英語教師として赴任した松江での暮らしを、終生にわたって愛おしんだ。

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 こちらが、松江シティのホームスタジアム「松江市営陸上競技場」。2万4000人収容で、1982年に開催された「くにびき国体」のメイン会場として前年にオープンした。注目すべきはガイナーレを名乗る以前のSC鳥取が、ここでホームゲームを開催していたこと。米子市と松江市は、古くから県境をまたいでの交流があり、島根県民にとってもガイナーレは身近な存在。それゆえ「わが街にもJクラブを!」という機運が、いまひとつ盛り上がりに欠けたのかもしれない。

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 松江シティの源流をたどると、1968年に創設された松江RMクラブに行き着く。2008年からヴォラドール松江となり、中国リーグに昇格して2年目の11年からは、将来のJリーグ入りを目指して現在の名称となる。中国リーグでは3回優勝しており、3回目の18年には全社と地域CLも制して3冠を達成。堂々たる成績でJFL昇格を果たしている。この年の松江シティは、サッカーの内容でも際立っていたが、地元が盛り上がったという話は聞かない。

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 さすがに全国リーグのレベルは甘くなく、JFLでの過去2シーズンはいずれも2桁順位に甘んじることとなった松江シティ。一方で、Jリーグ百年構想クラブに向けた具体的な動きは見られず、足踏み状態が続いている。地域の機運が高まらないのなら、このカテゴリーで機が熟すのを待つという判断もありだと思う。あのガイナーレも、SC鳥取時代を含めて10シーズンのJFL時代があったからこそ、今がある。「山陰ダービー」の実現は、まだまだ先でもよいのではないか。

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 最後に、当地で見た最も感動的な風景を紹介しておこう。松江市陸での取材を終えて、何となく夕暮れ時の宍道湖を見に行こうと思い立ったら、これが大当たり。実は宍道湖周辺は「日本の夕日百選」に選ばれており、とりわけ日没30分前の神秘的な美しさは尋常でない。もし松江シティの試合に訪れる機会があれば、さっさと帰路に就くのではなく、自然が織りなす天空のショーも楽しんでいただきたい。島根での旅の思い出が、より豊かなものとなるはずだ。

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 島根県のご当地グルメ筆頭は「出雲そば」。岩手県のわんこそば、長野県の戸隠そばと並ぶ、日本3大そばのひとつである。特徴的なのは、他のそばと比べて黒っぽいこと。殻のついたそばの実を、そのまま挽き込む「挽きぐるみ」と呼ばれる製粉方法によるもので、独特の香りと食感を楽しむことができる。冷たいのが「割子そば」で、温かいのが「釜揚げそば」。いずれも、そばつゆをかけていただくのが出雲スタイル。呑みの締めとしてもお勧めだ。

<第42回につづく>

宇都宮徹壱(うつのみや・てついち)
写真家・ノンフィクションライター。
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年に「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」を追い続ける取材活動を展開中。FIFAワールドカップ取材は98年フランス大会から、全国地域リーグ決勝大会(現地域CL)取材は2005年大会から継続中。
2016年7月より『宇都宮徹壱ウェブマガジン』の配信を開始。
著書多数。『フットボールの犬 欧羅巴1999‐2009』で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道 Jリーグを目指すクラブ 目指さないクラブ』でサッカー本大賞2017を受賞。近著『フットボール風土記 Jクラブが「ある土地」と「ない土地」の物語』。
2021年2月より、Jリーグ以外の第1種クラブの当事者のためのコミュニティ『ハフコミ(ハーフウェイオンラインコミュニティ)』を開設。


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宇都宮徹壱
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