株式投資 第五章 信用取引
第五章 信用取引:他人資本を活用する戦略
ここで不動産デベロッパーが高速道路のインターチェンジ周辺の土地に巨大な流通センターを建設するビジネスを考えてみましょう。
銀行から資金を借り入れ、土地を手当てし、建物を建設し、入居企業を募集し、満室になった時点で転売します。これは、長期にわたって家賃収入から銀行借入れ資金を返済して行くよりも、転売収入を得て借入金を一気に返済する方が、投資収益が高くなるからです。
では、完成した流通センターを買う側はどうかというと、こちら側から見れば投資収益率は低いが、すでに物件が完成し入居者が決まっているので投資リスクも低く、これなら低収益でも見合うと考える企業です。
デベロッパーはハイリスク・ハイリターンのビジネスで、流通センターを買う側はローリスク・ローリターンで両者ともにリスクと収益性がバランスしています。
流通センター開発のビジネスを例に挙げましたが、他人資本を利用してビジネスを実行し、資金コスト(金利)以上の収益を上げ、借入金を返済した後に大きな利益を残すことを狙っているという点で、あらゆる業種・業界で共通なビジネスの基本です。
株式投資の信用取引
信用取引では売買契約を先行させ代金の決済は後日にまわすというプロセスを取ります。
クレジットカードで物を買うのは信用取引。
建設中の新築マンションを買うのも信用取引。
今どきは流行らないが、飲み屋の払いを「付け」で月末払いにするのも信用取引です。
B2B(ビジネス対ビジネス、すなわち企業間取引のこと)では、ほとんどすべての取引が売掛金・買掛金を経由し、後日、月末などの支払期日に決済をする信用取引です。
この世は信用取り引きで成り立っていると言っても過言ではありません。
では、個人の株式投資における信用取引はどうなっているのでしょうか?
証券会社を経由して売買する個人の株式投資には、非常に洗練され、自動化され、契約に係るオーバーヘッド(時間と手数料)が最小になるよう、よく考えられた信用取引制度が完備しています。
上の図に示すように、個人投資家のやることは
① 事前に証券会社の個人口座に入金
② 買い注文
③ 売り注文
② ③を繰り返し、
④ 必要な時に個人口座の残高から現金を引き出す。
という四つのプロセスしかありません。
信用取り引きの場合でも投資家の作業は基本的にこの四つのプロセスで変わりません。
ただし、信用買い建て(信用取引で株を買うことをこう呼びます)の時には、証券会社は投資家から預かった現金を使わずに、日証金 という別の会社から株式購入代金の支払いを代行させます。
この時に、日証金⇒証券会社⇒個人投資家に向けて、自動的に融資が行われており、個人に融資(立て替え)をする証券会社と日証金には利ザヤが生じます。
面白いことに、株式投資では売りのプロセスでも同様の事が可能なのです。
売買契約が成立すると、証券会社は個人投資家から預かっている株式を渡さずに、日証金が保有する株式を取引所に提出させます(実際はデータのやり取りだけです)。
この時に、日証金⇒証券会社⇒個人投資家へ、自動的に株式の貸し出しが行われており、個人に貸株をする証券会社と日証金には貸株料が入ります。
第二章で示した現物取引と信用取引の違いを再掲します。
要約すると、信用取引とは投資家の指示で証券会社が代わって株式を売買し、その売買の結果責任(損益)を投資家が負うという事になります。その際、証券会社が与信するので投資家は自己資金以上の投資も可能になる訳です。
証券会社は貸し倒れを避けるため、信用口座開設の時にはクレジット会社の様な信用調査・与信審査をし、選ばれた人のみに信用口座を開設することになっています。同時に、信用取引で貸したカネや株の回収を確実にするために、保証金という担保を取ります。
(Case Study-18) 個人投資家が現金1,000万円を証券口座に入金し、そのうちの400万円を保証金にするケースを考えましょう。
口座の資金の600万円分は株式購入代金(現物買い)に使用可能です。
口座の保証金400万円分は株式購入代金には使えないけれど、これを担保にして最大3.3倍までの、つまり1,320万円までの立て替え(融資)をしますよ、というのが株式の信用取引制度です。
したがって1,000万円を証券会社に入金した貴方は、600万円で現物株式を買い、それとは別に最大1,320万円までの信用買い建て をすることができるのです。
株式投資で世界的に有名なウォーレン・バフェット氏 は、巨額の投資で成功を重ねてきた投資家であり、大富豪です。彼の場合も投資は自己資金だけでなく、株式会社の形態で多くの資金を集め(≒借り入れ)その資金力でコカ・コーラ社などの巨大企業に巨額の投資をして、成功してきたと言われています。
ウォーレン・バフェット氏ほどの大富豪なら自己資金だけで5,000億円の投資を実行することも可能でしょうが、彼ほどの富豪でさえも(あるいは富豪だからこそ、か?)自己資金を一つの案件に集中させずに、より多くの投資案件へ分散投資することでリスクをヘッジしていると言うことです。
さて、自己資金1,000万円で株式投資を始めるとき、その1,000万円で株を買うのではなく、その資金全額を証券会社に担保として預けると、証券会社は3.3倍までの株式購入資金を立て替えてくれます。つまり、自己資金1,000万円を担保に3,300万円相当の株式を購入可能という話をしました。あくまで計算上ですよ。
(Case Study-19) 信用取引で購入した銘柄の株価が10%値上がりすると、3,300万円×10%=330万円の含み益が出る計算ですが、元手は1,000万円しか入金していない投資家にとっては、330÷1,000=33%もの投資収益率になる訳です。これまた計算上ですよ。
このようにして他人資本を活用して収益を増大する可能性がある信用買い建てですが、ここではリスクも大きくなります。
3,300万円で購入した銘柄が10%下落した場合、下落幅は330万円ですが、1,000万円しか入金していない投資家にとっては、330÷1,000=33%ですから、10%下落で自己資金の33%を失う事を意味します。
計算上の損失だけでなく、1,000万円の保証金から損失分の330万円が控除されると、保証金が670万円に減るため、貴方が信用取引で買える金額上限が670万円×3.3=2,211万円に下がります。既に3,300万円を立て替えてもらっている貴方は、この状態で担保不足となり、追証 を請求されます。なぜらな証券会社は担保金額の最大3.3倍までしか立て替えしない(言い換えると立て替え総額の30%以上の担保提出を求められる)からです。
これではリスクが高すぎます。
実際は、保証金の3.3倍の上限までの立て替えをしてもらう人はいないでしょうが、経済的に合理的で、リスクも限定的な信用取引も考えられます。
(Case Study-20) 住宅ローンの残債が2,500万円ある人が、自己資金1,000万円で株式投資をするケース。
自己資金1,000万円の半分の500万円を金利1.88%の住宅ローンの繰り上げ返済に使い、残り500万円を野村証券へ担保として差し入れ、担保の2倍の1,000万円の株式投資をするのです。金利1.88%の住宅ローン残債が500万円減って、金利0.5%の野村証券の立て替え金が1,000万円増えても、年間の金利負担は減るからです。実務的に言うと上限を1,000万円と決めて株式投資をする場合、断続的な売買があるので、つねに上限1,000万円を立て替えてもらう事はなく、貸出平残 として700万円程度の立て替えで済む点でも金利負担は少なくなります。
貸出側から見てリスクが低いと思われる住宅ローンの金利が最優遇で年利1.88%なのに、野村證券の信用買い建ての融資の金利が年利0.5%だということは、カネを貸す側から考えて、証券金融は住宅ローンよりもリスクが低い(貸し倒れが起きない)融資と評価されている証拠です。株式は高度な流通性をもっており、債務者が自己破産などで融資金の返済不能になっても即時にほぼゼロコストで担保を使って債務を処理できることが、貸す側から見てリスクが低いという評価になっているのでしょう。
信用取引の保証金に現金を差し入れる代わりに、保有する有価証券を担保にすることができます。
(Case Study-21) 貴方が10銘柄の水平分散投資で保有株式総額が1,200万円になっているとしましょう。この場合、証券会社に預けてある合計1,200万円相当の株式を担保にして、新たな株式を信用買い建てすることが可能です。証券会社は貴方が担保に差し入れる株式の価値の80%を担保金額に換算 して、1,200万円×80%×3.3倍=3,168万円まで立て替えてくれます。その与信枠の一部、例えば300万円を追加投資に充てるなどの「他人資本の活用」が可能になるのです。
ただし、金額は上限一杯ではなく、万が一投資先が倒産しても、何とか精算できる額ぐらいを目安にしましょう。3.3倍の上限いっぱい立て替えてもらったりすると、追証のリスクが大きすぎますよ。
現物の売買と信用取引での株式とカネの動きを整理しておきますので、ご確認ください。
実際には常に@200円ではなく、取引ごとに単価が変わるのでそこから損益が生じます。
信用取引では、証券会社から資金や株式を借りて売買をするので、返済(決済)の必要があります。「現引き(品受け)」と「現渡し(品渡し)」は、その決済方法の一種です。
空売りとはなにか?
クレジットカードでの買い物から新築マンションの契約まで、世の中は信用取引で成り立っている話をしましたが、通常の物販やクレジットカードの使用は「買い」に関する信用取引です。
しかし株式投資においては、カネを立て替えてもらって株を買う信用取引だけでなく、株を借りてそれを売る(空売り)という珍しい制度がありました。
さて、
① クルマを買おうと思ったら、納期が三か月先なので、予約の内金1割だけ払った。
② 年末年始のハワイ旅行のLCC、いま買うと安いから早割で安いチケットを買った。
③ 来年6月に竣工予定のマンションの購入契約をした。
これら三種類の行為はいずれも信用を基盤にした日常的な商行為ですが、消費者に相対する業者の側から見るとこれらはすべて「空売り」なのです。
もうお判りでしょう。「空売りとは未だ手にしていない商品の売却契約をすること」です。
在庫品ではないモノ、5,000円のオリンピック・チケットから5,000万円のマンションまで、未だこの世にないモノ(あるいは未だ自分が所有していないモノ)を売ってしまうのが空売りです。売買契約だけの段階でカネを取る(LCCなどのキャンセル不可とか、高率のキャンセル料を取る宿泊契約など)というのが空売りの特徴です。
その意味では昔ながらの日本航空の航空券予約やJR各社の座席指定券予約は直前まで無料キャンセルが可能でしたので、JALやJR各社は空売りではなく、実際に乗せた人からカネを取る商売でした。良い時代でしたね。
いまやどんどん世間に広まっている「空売り商法」は、自己資金による先行投資が不要な(または少額で済む)ので資金効率が良く、売り手に都合の良い取引といえるでしょう。
じゃあ、個人投資家もこの空売りで儲けることができるのか?
はい。理論的にはね。
仮に[7203]トヨタ自動車のTHS-IIというハイブリッドシステムよりも、燃費が良い動力機関が従来のエンジンと同じ価格帯で各メーカーから売り出されることになったとしましょう。
そうなったらトヨタ自動車の株価はどうなりますか?
低燃費車で独自の地位を築き時価総額43兆円にまで高く評価されているトヨタ自動車の商売は減速・低迷し、結果、株価も下がると、貴方が思ったとしましょう。
そのとき、貴方がトヨタ自動車の株主であったら、将来の値下がりを予想し、トヨタ株をリスクオフするかもしれません。
では、トヨタ自動車の株主ではない投資家(この場合は投機家?)にはどのような手があるのか? そうです。空売りです。
売り注文が約定したら日証金が保有するトヨタ自動車株を取引所に渡してもらう。
そして、トヨタの株価が下がった後に、市場でトヨタ株を安く調達して、この株を日証金に返す(もちろん手続きは証券会社がワンストップですべて処理してくれる)。そうすると高いうちに売った株価と、安くなってから買った株価の差額が儲けとなる。
これが、社会にはびこる投機筋のやる「空売り」です。
戦争が起きたらエアラインの株価が暴落するのではないか、とか、
全銀システムが2日も止まったら、システム提供しているNTTデータ社の株価は暴落するのではないか、などなど、ありとあらゆる思惑で関係する会社の株価暴落を期待して空売りを仕掛ける。悪しき投資家(否。“投資家の敵“!!)は沢山おります。
筆者も読者の皆さんも悪名高き投機筋の様な空売りをやることは無いとおもいますが、次節では自分の保有する株式の価格下落の損失を回避するためのつなぎ売りを見てゆきましょう。
つなぎ売りで資産下落の一部を回避しよう!
本書で繰り返し述べてきた様に、株式投資とは企業経営に必要な「経営の三資源」の内、カネという経営資源を提供することであり、その会社の成長、業績の発展を応援することでした。
私も、その様な投資家の端くれですので、自分が保有していない会社の株を売却するなどという投機的な事はやりません。しかし、自己保有の株の値下りで自分の財産が棄損されることを防ぐのは当然の権利だと考えております。
その自己防衛のために使える「ヘッジ売り 」、「つなぎ売り 」がありますので、この方法を使っての資産防衛(資産下落の一部回避)を考えてみましょう。
つなぎ売りは、自分の持ち株が値下がりする局面で、自己保有株数を上限とした株の売り建玉をもつことで、現物株と合わせてプラスマイナス・ゼロのポジション(中立な構造)を作り、値下がりに伴う自己資産の減損を回避することでした。
(なぜ自己保有株式を売却せずに、わざわざ別途空売りをしてリスクを相殺するのか。この疑問には第七章で答えを見つけたいと思います。)
(Case Study-22)
ある時期の[9101]日本郵船の株価の動きで具体的に考えてみましょう。
2023年の9月~10月の[9101]日本郵船の株価の動きです。
この期間日本郵船に投資した人は3,997円×株数の投資をして、3,783円×株数になってしまったので、差引214円×株数だけ評価損 を出したことになります。
株数が1,000株でも21万4千円。株数が10,000株なら214万円の損失ですが、株式投資をしていれば、この程度の下落局面は普通に経験することです。
ここで損失の構造を見てみましょう。
出口価格(D)=入口価格(A)+上昇金額(B)-下落金額(C)です(下落金額は絶対値表現)
数字で表すと: 3,783=3,997+548−762
この計算式を眺めていて数字(C)762円の方が数字(B)の548円よりもインパクトが大きい、と気づいた人は感度が高いですね。
そう、評価損が出ている投資においては、株価上昇(B)よりも株価下落(C)の方が大きなインパクトがある。当たり前なのですが、この大きい方の数字に着目し、これを小さくする手が打てるかどうか、この着想と行為がこの投資の投資結果(損益)を左右するのです。
成績が芳しくない投資で重要なのが負の数字。ここに取り組んで負の数字を最小にする人が通算の投資収益を改善する可能性をもった投資家です。
この具体例で以下のようなつなぎ売りをした場合を考えます。
20日の数字を確認して、自分の想定に確信を持った時点、21日に4,331円から20円下落したところで@4,311円でつなぎ売り。
21日からも下落が続くので売り玉をもったまま25日まで我慢して、25日に4,130円で信用買埋。この段階で損失の一部(4,311-4,130=181円)を回避。
27日に再度下落するのを見て、遅まきながら@4,100円でつなぎ売りを入れ、29日の大幅下落を確認後に@3,900円で信用買埋。この間の損失の一部200円を回避。
このように19日間のトータルが下落の相場であっても、2回のつなぎ売りに成功した場合は、この間の上昇金額(B)は548円と変わらなくとも、下落金額(C)が762円から381円へと削減でき、投資期間全体として214円×株数の損失だったものが、167円×株数の利益に変わる。
1,000株の投資ならその違いは381,000円になる訳で、上手につなぎ売りができるようになって、損失の一部回避ができるようになると、生涯を通じた株式投資収益率も3%⇒5%⇒7%へと向上してゆくのではないでしょうか。
つなぎ売りで必ず損失の一部回避できるとは限りませんが、損失の一部回避(=損失額の削減)のために有効な手段が「現物持ち株のつなぎ売り」であることは間違えありません。
具体的な事例をみてみましょう。
① ある日、自己保有の株をつなぎ売りして、自己資産の損失を44,344円回避した例。
信用取引の建玉(たてぎょく:信用売契約の残高のことをこう呼ぶ)の詳細表示。
項目1:銘柄名。[4887]サワイグループHolding
項目2:売買の区別。この場合は信用の「売り」契約をしたと言う意味
項目3:口座区分=特定は確定申告用のデータを提供してくれる。
項目4:期限。この契約は6ヶ月以内に満了する契約(私は1日で終了させたが、、、)
項目5:この売買契約の開始日と終了期限
項目6:株数。400株売るという契約をした。
項目7:売り契約の株価。私は一株4,518円で売るという契約をした。現時点で171円値下がりして、一株4,407円で取引されている。
項目8:建玉金額(たてぎょくきんがく)証券会社がこの売却契約に必要な株式1,807,200円分を建て替えて、その貸株料は1日あたり56円。
項目9:評価損益。私の売買契約は今売るよりも44,344円高い売り値となっている。
② 別の日にも複数の銘柄をつなぎ売りして損失の一部回避が成功した例
このスナップショットでは、自分の持ち株の内の9銘柄につなぎ売りをかけ、約定時刻からこのスナップショットの時刻までの間に6銘柄が値下がりしたので、評価損益欄の赤い金額が損失回避額。同時に住友化学、川崎重工、アイシンの3銘柄は見通しが外れて値を上げているためにこの青い金額の損失が発生してしまう。
ヘッジ売りで下手をすると、青い金額の方が多くなることもあり、損失回避策を実施したのに損失が増えたと言うケースも当然あります。ヘッジ売りによる損失回避策は保険ではなく、これ自体がリスクを伴う投資活動そのものだからです。
つなぎ売りが裏目にでた失敗例
この日も相場が下落すると予想し、保有株の値下がり損失を回避するために複数銘柄につなぎ売りを入れたが、トホホな結果に。
この時点で私の売り値よりも株価が下がったのは[7012]川崎重工一銘柄だけで、他の銘柄では私の契約株価よりも市場価格が上がってしまったところのスナップショット。
売買契約に従い、契約したモノを市場価格よりも安く納めること(現渡 )になるので、せっかく株価が上がったのに自分は安く換金してしまうという失敗例。
具体例に多くの紙幅を割いてしまいましたが、このつなぎ売りで「自己資産の減少の一部回避」という考え方を確実に理解していただくために、一般的に株価がどのように動くかを図式化してみると以下のようなイメージとなります。
言葉で言うと、値上がりのプロセスは時間がかかり、値下がりの方は短期間に急落する傾向があるという事です。
敢えて説明を試みるならば、損失回避 志向です。
すなわち人間は利益を取る欲望よりも、損失を回避する欲望の方が強く、株価が上昇する局面で利益を取りに(買いに)出るのは様子見を含めて時間がかかるが、株価が下落する局面ではより多くの人が一斉にリスクオフに(売りに)走ると言うことなのでしょうか。
経験則ではあるが、全期間に於いて上昇期間は長く、途中で短い下落過程があると言うのですから、値上がりの恩恵をフルに享受するには全期間を通じて銘柄を保有(リスクオン)しておき、短い下落期間だけ銘柄を保有しない(リスクオフ)することを狙えば良いということになります。
投資単位を1,000株とするなら、全期間を通じて+1,000株を保持しつつ、短い下落局面だけ-1,000株を加え、プラマイゼロの状態で下落期間を過ごすことを狙うわけです。
信用取引のコストとつなぎ売りの制約は?
つなぎ売りのコスト分析
まず現物の取引と信用取引の注文取次手数料を見ておきましょう。
前掲の表の手数料と日歩 から日興証券と野村証券の信用取引コストを調べてみましょう。
手数料と日歩を加味して具体的な料金テーブルを作ってみると日興と野村の差が良くわかるようになります。
信用取引の方を「手数料」⇒「コスト」と言い換えているのは、現物取引は手数料だけですが、信用取引のコストは手数料+金利となるからです。
信用取引の金利部分は階段状のテーブルではなく、取引金額に日歩(年利の365分の1)を乗じた金額になるので、テーブルの中間領域なら上限よりも安くなります。例えば400万円を日興証券で売り建てる場合なら128円となり表の158円よりも安い。
また、野村証券の信用売買は一日一銘柄同一取引の合算約定価格に手数料一回分が掛かるので、二回三回と分けて少しずつ買う(売る)場合には日興証券との差が縮小します。
この表からわかることを箇条書きにすると:
① 一般に現物株の売買より信用取引の方が低コストである。
② 日興証券では「信用買い建て+当日現引きする」方が現物株を買うより常に安い。
③ 信用取引にだけ片道524円の固定費が掛かる野村証券では、少額注文では現物売買が低コスト。
④ 日興証券の中でコストを比較すると、常に
現物売買コスト>信用買いコスト>信用売りコストである。
⑤ 野村証券の中でコストを比較すると、
50万円までの注文なら現物売買のコストが安い。
50万円を超える注文なら現物売買コスト>信用売りコスト>信用買いコスト。
この二社で比較する限り、以下の結論が導かれます。
⑥ 株の買い注文は、
1,000万円までの注文は日興証券で信用買い建てして当日現引きする。
1,000万円を超える注文は野村證券で信用買い建てして当日現引きする。
買い玉の保持日数が増えると逆転して野村證券の取引コストが安くなる。
⑦ 株の売り注文は、
日興証券で信用売り建てをして当日現渡をする。
⑧ 一回あたり1,000万円以下の株式売買をするなら、
日興証券の信用取引を利用し当日現引き、当日現渡しが安い。
⑨ 高額×長期にわたって他人資本を利用するなら、
野村証券で買い玉を保持する方がコストは安い。
⑩ 日興証券を使うかぎり、
信用買い建てよりも信用売り建ての方が取引コストは安い。
ただし、デイトレに限って手数料も日歩も無料とする証券会社(SBI証券、松井証券、楽天証券)もあるので、もっぱら日計り取引(デイトレ)をする場合は三大証券よりも安いコストで取引できます。
デイトレではなく、一般の投資家が信用取引を介在させて取引コストを節約する方法は、例えば午前中に買付注文を出し売買契約成立(買い建て)し、当日の営業時間中(午後3時以前)に現引きし、その取引の立て替え金を清算するイメージです。信用取引が存在する時間は最大6時間ですから、限りなく現物取引に近い信用取引となります。
(取引時間帯(9:00~15:00)に現引き注文を入れた場合です。15:00過ぎに注文を入れると翌営業日約定のオーバーナイト取引扱いとなり金利が一日分加算されます )
もう一つ注目したいのは、
日興証券では買いのコスト>売りのコスト
野村証券では買いのコスト<売りのコスト
であることです。
取引コストに拘る人なら、日興証券は自己保有株のつなぎ売りに使い、野村證券は現金保証金を入れて長期に渡って他人資本を活用する投資に使うと良い訳です。
さて、取引コストが極めて低いことが確認できたので、本題であるつなぎ売り(ヘッジ売りとも言う)の効果はどうなのか。
(Case Study-23) 日興証券に預けてある自己保有株の内の400万円分をつなぎ売りして、当日中に1%分の損失回避に成功した場合、損失回避額は40,000円です。当日買埋なら取引コストは日興証券の場合で128円ですから、128円のコストで40,000円の損失回避ができた計算になります。
コスト効率が良い現物株のつなぎ売り(プロセス的には新規空売りと同じになります)を使って、自己資産の評価損をオフセットすることができると、上述の[9101]日本郵船のケーススタディの様に、赤字に陥ってしまう投資でも、なんとか黒字に持ち込む可能性が出てくるわけです。
ちりも積もれば山となる。
何もしなければ10万円分の資産下落があったところ、つなぎ売りして1万円の損失を回避し、9万円の資産下落で済ませる。この程度の「低い目標」から初めて、この10%分の損失回避を20%、30%分の損失回避へと腕前を上げてゆきたいものです。
しつこいようですが、取引コストの詳細を熟知することで貴方の投資戦略も変わってくる可能性があるので、もうしばらくお付き合いください。
(Case Study-24) 一株1,000円ほどの銘柄Aに投資することにします。
簡単のため、年間の東京証券取引所の営業日数を250日とし、このうち80日は株価が上昇し、別の80日は株価が下がると想定しましょう。
信用取引を使った投資戦略は二種類考えます。
投資戦略① 株価が上昇する年間80日に関して当日の午前中に当銘柄を400株×1,000円=400万円分を買い、15:00前に売り埋めして株価値上がりの差分10円×1,000株=10,000円の値上がり益を儲けることを狙う。
投資戦略② 株価が長期に上昇すると信じているので400万円を現物株に投資し、株価が下がる年間80日に関しては、当日の午前中につなぎ売りして、15:00前に買埋して差分10円×1000株=10,000円の損失回避をすることを狙う。
投資戦略①の取引コストは、日興証券で信用買い建ての日歩は0.00685%ですから、
4,000,000×0.00685%×80回=21,920円
投資戦略②の取引コストは、日興証券で信用売り建ての日歩は0.00315%ですから、
4,000,000×0.00315%×80回=10,080円
取引コストの比率は、21,920円÷10,080円=2.17倍 となります。
つまり上がる日を狙ってその日にリスクオンする投資戦略①に対し、下がる日を狙ってその日にリスクオフする投資戦略②を採用すれば、取引コストが半分以下で済む。
また、計画通りに行かないときの損失リスクは、投資戦略①では立て替え金を返済しても株式の売却損が発生しますが、投資戦略②の場合は、つなぎ売りした株を現渡しするだけで株の売買差損は生じません(逸失利益 が発生するだけです)。
したがって信用取引の買い建てで投資額を拡大し、その分リスクも拡大するリスクオン戦略より、信用取引で保有株をリスクオフして損失回避を狙うリスクオフ戦略の方が、(狙い通りにいった場合には)費用対効果が大きく、狙い通り行かない場合の損失も少ないということです。
つなぎ売りの制約
賢く使うと大変有効なつなぎ売りですが、これには制限・制約があります。
つなぎ売りは自分の持ち株の価格下落の一部を回避する目的で行いますが、つなぎ売りの行為自体は、他人の株を売る「空売り行為」と同じ投機行為なので、健全な投資家の資産暴落を阻止する為という名目で、いくつかの規制があります。
まず、空売り価格規制 があり、前日終値よりも10%以上の株価暴落をしている銘柄は、現在の市場価格(最新の売買成立価格)を下回る価格での空売り注文が拒絶されることになりました。
また、株価暴落時ではない平常時でも、分割発注に関する規制 というものが常時有効であり、同一営業日に何回にも分けて50単位以上の空売り注文を出すことが禁じられています。50単位の意味は最小売買単位の50倍という意味で、最小売買単位が100株であるNTT株の場合であれば、合計5,000株以上の空売り注文をするには、一度に51単位以上の一注文で出さねばならず、一度3,000株をつなぎ売りした後、同日中にまた2,500株の空売り注文はできない、などの規制もあります。
(Case Study-25) 空売り規制の具体例:
※51単元以上の信用の新規売り注文は、指値注文に限り、発注可能です。
※分割して注文した合計が50単元を超える発注は不可です。ただし、1つの注文の数量が50単元を超える発注は可能です。
例1 1回目 30単元発注 2回目 60単元発注 → 1回目可能、2回目可能
例2 1回目 30単元発注 2回目 30単元発注 → 1回目可能、2回目不可
(例2は、1回目を大引け後、2回目を翌営業日に発注する場合も不可)
例3 1回目 60単元発注 2回目 1単元発注 → 1回目可能、2回目不可
(例3は、1回目の売建玉を全数買い返済したとしても、2回目の発注は不可)
例4 1回目 60単元発注 2回目 60単元発注 → 1回目可能、2回目可能
この規制は50単位以上のつなぎ売り(NTT株なら5,000株で90万円程のつなぎ売り)の時に抵触する規則で、株価が一定水準以上の銘柄ではあまり意識する必要がありません。
しかし、自分の保有株が暴落しそうで、つなぎ売りで資産下落の一部を回避しようとしても、売り注文が拒絶されることがあるのですから、NTT株のような低価格株を5,000株以上保有する可能性がある人は事前に良く理解し、十分注意しましょう。
空売りで資産を失う方法!
「ならぬものはなりませぬ」とお願いしたので、皆さんは自己保有していない銘柄の空売りに手を出すことは無いと信じますが、念のため、自己保有していない銘柄の空売りで、期待通りにならなかったときの最大リスクを考えておきましょう。
(Case Study-26) 簡単のために1,000万円の自己資金を担保に入れて一銘柄に付き500万円で四銘柄、合計2,000万円分の株式を信用取引するケースで考えます。
株式投資に於いて、信用取引であろうが、現物株の投資であろうが、買いのリスクは最大で株価⇒0円、つまり購入した株の価値がゼロになることです。株価はマイナスに成れないのでこれが最大のリスクです。上記の例では、四銘柄の内の一銘柄が紙くずになった場合、貴方が担保にいれた自己資金1000万円のうちの500万円が消えることになります。
他方、自己資金を保証金として一銘柄各500万円ずつ、合計2,000万円分の株式の空売りをした時の最大リスクはどうなるか?
前述の[6920]レーザーテックの例を取ってリスク算定をしてみましょう。
2017年11月の@1,181円の時に約500万円分(≒4,300株)の株式を空売りして、その売り建て玉を持ち続けていたら、2022年1月には株価が@36,090円となり、貴方は4,300株、すなわち時価1億5518万円程の株式返却義務を負うことになります。
金額ではなく、貴方は株式の返却義務を負っているからです。
市場価格1億5518万円でレーザーテック4,300株を購入して返却しないといけません。
注)これは証券会社による強制反対売買が無い場合の話で、実際は保証金が30%を割り込むまで含み損が膨らんだ時点で、投資家が追証を入れなければ、証券会社が強制的に建玉を精算しますので、貴方の損失は補償金1,000万円全損でストップすることになります。
私は「ならぬものはなりませぬ」と申し上げていますが、この掟を破って自分が持っていない株の空売りをすると、最悪の場合のリスクは青天井で、株価の2倍や3倍では済まない可能性があるという事も覚えておいてください。
<第五章のまとめ>
ビジネスは基本的に他人資本を活用している。
個人の株式投資でも他人資本を活用できる制度(信用取引)が整っている。
現在自分の手元にないモノの売却契約が「空売り」。
自己保有株式の下落局面で「合計0株所有」状態にして損失回避を狙うつなぎ売りがある。
証券会社によっては信用売り建てコストは信用買い建てのコストよりも安い。
「ならるものはなりませぬ」:自分が保有していない株式を空売りしてはいけません。
休憩しますか?
以下の著名人の共通項は何でしょう?
(ア) 松任谷由実
(イ) ジョン・トラボルタ
(ウ) 林真理子
(エ) ジャッキー・チェン
(オ) 安倍晋三
(カ) アンゲラ・メルケル
(キ) 檀ふみ
(ク) デーブ・スペクター
(ケ) 庄野真代
(コ) デンゼル・ワシントン
答え(1954年生まれの午年(ウマドシ)です。)