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WEB世界掲載「ひろゆき論」を勝手に添削指導する

ゆっくりしていってね!

次の記事がTwitterで流れてきたわ。

これ、どうやらアンチひろゆき的な人に絶賛されてるらしいのよ。

私がひろゆきさんについて知っているのは、

「嘘を嘘と見抜けない人は掲示板を使うのは難しい」
「それってあなたの感想ですよね」
「なんかそういうデータでもあるんですか?」

――という3つの発言だけで、普段さほど興味ないんだけど、何となく読んではみたのよ。

そしたら、「あ、これはダメだ。ぜんぜんダメ。」と瞬間的に分かったわね。「ひろゆき論」というタイトルだけど、ぶっちゃけ「論」と呼べるレベルに達していない。

ちゅわけで、さすがにこんな記事にしか頼れないアンチひろゆき勢が可哀想だから、今回はどこが駄目かを細かく説明してみるのだわ! 反面教師にして、次の人はもっと頑張るのよ!

なお、今回はちょっと企画として、私はブラック研究室でドクターやってた時代の気持ちに戻るわ。そして、「研究室で後輩(学部4年生)がレポートを書き、それを私(博士後期課程2年生)がチェックした後、指導教官であるN助教に提出するつもりだ」という脳内設定で添削するのだわ!

それではスタート!

さて。冒頭から、ひろゆきさんの一般的な説明(2ちゃんねる創設者でニコニコ動画にも関わり云々……)を終えた直後、伊藤さんは次のように切り出すわ。

その人気はとくに若い世代に顕著で、若者や青少年を対象とする調査では、憧れる人物などとして頻繁にその名が挙げられるほどだ。その配信番組でも、スーパーチャットと呼ばれる投げ銭機能を用いて有料の相談を受けようとする者があとを絶たない。

伊藤昌亮「〈特別公開〉ひろゆき論――なぜ支持されるのか、なぜ支持されるべきではないのか」WEB世界(2023.03.11)


そこまでだ!!!!! 止まれ!!!!!!

……いい? 落ち着いて聞くのよ?

あなたが完全にうっかりミスで選んでしまったウチの研究室にいる、あの指導教官さんはね、学生が書いてくる一文一文の真偽をすべて疑っているわ。マジで一文たりとも信用してないの。

ここの部分、「その人気はとくに若い世代に顕著」で始まってるわね。じゃあ、少なくとも、

①「若い世代」とは何歳から何歳までの年齢層を指すのか。
②いつ誰が実施したどういう調査に基づいてそう言えるのか。

この2点は答えられるのね? 100%聞かれるわよ。あいつは音読しながら、

「ええっと……その人気はとくに若い世代で……ああ? おい、『若い世代』って何歳だ? あとで具体的な定義、つまり年齢の範囲が出てくるのか? いや違うな、後出しするくらいなら、形容詞にして入れた方が早いな。じゃあ『主にN~M歳の若い世代』とかか……」

――って絶対に言う。あいつはそういう人間さんよ。

当然、その後に続く「若者や青少年を対象とする調査では、憧れる人物などとして頻繁にその名が挙げられる」も引っかかるわね……。

たぶんこうよ。

「なあ、若者青少年って、どっちが年齢上なんだ? さっきの『若い世代』とも言葉が違うから、定義も違うよな。『若い世代』は、お前の意識の上では「若者+青少年」を総合した層なのか、それともどちらか一方しか含んでないのか、読んでも分からない。どっちのつもりで書いた? あと「頻繁に」って書いてるけど、これは、もちろん複数の異なる機関の調査結果を手元に持ってて、そのどこでもやたら「ひろゆき」って奴が出てくるって意味だよなあ……。絶対にそうだ。そうじゃなきゃ書けねえ文章だ。なあ、ちょっと俺に見せてみろ。何も今から探せって話ではないからすぐだろ

ゴボガッ……!!! ほらほら!! ゆっくりしている場合じゃないわよ!! ていうか私の古傷が開く!! さっさと見せるのよ!!


……え? 出てこないの?

うぅ……じゃあ、仕方ないわね。まあ予想はしてたし、ともあれ指導教官さんにお見せする前で良かったのだわ。あなたは学部4年生だものね。私と一緒に探しましょう。

さて。

私も適当に色々キーワードを工夫して検索かけてみたんだけど、ひろゆきさんが上位ランクインしているのは、15歳~24歳の男女を対象にしたLINEリサーチ調べの結果しか見つけられなかったわ。

若年層が選ぶインフルエンサー・有名人の1位は「HIKAKIN」に!(2021年05月17日)

1位のHIKAKINさんでも2.2%だから、かなり票がバラけたのね……。まあでも、一応上位にはひろゆきさんがいらっしゃる、と。1.1%だけども。

でも、「若い世代で顕著」って書こうと思ったら、さすがに「若い世代(15歳~24歳)以外、例えば中年の年齢層は当てはまらない(=ひろゆきは出てこないか、かなり順位が下がる)」というデータも必要ね。中年や高齢者だと、若い世代で1.1%の支持があったのが、たとえば0.4%や0.02%に落ちるのかしら。

また、この調査って、そもそもの選択肢が「インフルエンサー・有名人」に縛られてるから、そのへんのツッコミへの対策もしておかなくちゃね。こういう縛りを設けなかった場合でも、上位にひろゆきさんが出てくるのか、そうでもないのか――。

このへんは別に書かなくてもいいけど、バックデータとしては持っておかないと、指導教官さんからリアル・ローキックを喰らう恐れがあるわ。(※実話)

ちなみに私が簡単に調べた感触だと、縛りなしだと「両親」や「友達」、それから「スポーツ選手」「音楽アーティスト」あたりが上位を占めるみたいね。30%とかのレベルで。

まあ、そのへんは調べておきなさいな。

……そうそう、これも少し変よ。

その人気はとくに若い世代に顕著で、若者や青少年を対象とする調査では、憧れる人物などとして頻繁にその名が挙げられるほどだ。その配信番組でも、スーパーチャットと呼ばれる投げ銭機能を用いて有料の相談を受けようとする者があとを絶たない。

伊藤昌亮「〈特別公開〉ひろゆき論――なぜ支持されるのか、なぜ支持されるべきではないのか」WEB世界(2023.03.11)


……スーパーチャットを投げるには基本的にクレジットカードが必要よね? そうなると、若者といっても、さすがに20代以上、30代~40代とかが中心になりそうよ。

中高生でもお小遣いを渡して親に頼むとかで出来なくはないでしょうけど、さすがに「相談者の年齢層として、中心的位置を占める」ってのは考えにくい。

だから、ここも調べておくのよ。

下手したら、前半の「ひろゆきさんを支持する若い世代」と、後半の「スパチャを使って相談する世代」が一致していない可能性があるから。


一致しない場合、指導教官さんは「パラグラフ内で、前半と後半が繋がっていない!!」「連続する文で、何の断りもなくいきなり主語・主体を変更するな!!」と絶叫し、あなたの記事をその場でビリビリに破く恐れがあるわ。(※実話)

……ちょっと面食らってるみたいね? まだ冒頭の2文だけでこんなに言われるのかって。

大丈夫。少しずつ現実を受け容れていきましょう。あなたが入ってしまった研究室は、本当にこんな感じなのよ。

じゃあ同じパラグラフの続きね。

今やその存在はネット上のインフルエンサーの域を超え、若い世代のオピニオンリーダー、それもカリスマ的なそれとして広く認知されていると言えるだろう。

伊藤昌亮「〈特別公開〉ひろゆき論――なぜ支持されるのか、なぜ支持されるべきではないのか」WEB世界(2023.03.11)

うん。十分なバックデータを用意するまで、絶対にこんなこと言えないわ。

ひとまず今は削っておきましょう。

書く場合でも、「インフルエンサー」と「オピニオンリーダー」の定義とその違い、それから「カリスマ的なオピニオンリーダー」の意味は必ず質問されるからね。あと「広く」ってどういう規模感を想定しているのかとか、本当に言われるからね。

 しかしその一方で、その振る舞いや発言が物議をかもすことも多い。2ちゃんねるの管理人時代に誹謗中傷の書き込みに対処することを怠ったため、多くの訴訟を起こされ、多額の損害賠償を請求されているにもかかわらず、裁判所に出頭せず、「踏み倒し」を続けていることから、その倫理観の欠如を指摘する声も多い。

伊藤昌亮「〈特別公開〉ひろゆき論――なぜ支持されるのか、なぜ支持されるべきではないのか」WEB世界(2023.03.11)


具体的には誰が「倫理観の欠如」と指摘しているのかしら。シンプルに「司法の決定には従うべきだ。ちゃんと支払え」や「違法、あるいは脱法行為だ」などと言っているのではなく、「倫理観」という特定の観点で、しかも「欠如」だと非難している人が本当に多いのね? 

また、こういう「他人の声」を紹介すると、うちの指導教官さんは、「君としては、その声(=他人の論評)の内容は正当・妥当だと考えているのか。それとも、そうではないのか。いずれにしても、その理由とともに説明してみろ」っていう耐久テストを仕掛けてくるわ。

これはこの箇所に限らないわよ。「~という声もある」「~ということを言う人もいる」と紹介したら、その全部に対して「その内容について、お前自身の見解はどうだ?」が返ってくる。

このへんも指導教官さんに提出するなら要対策なのだわ。

次のパラグラフにも問題が含まれているわね。

 また、2022年10月には沖縄県名護市辺野古を訪れ、米軍基地建設反対運動を中傷するツイートを投稿したことから、大きな社会問題となった。市民運動を小馬鹿にしたようなその態度にリベラル派は一斉に反発し、批判の論陣を張ったが、しかし彼が態度を改めることはなかった。

伊藤昌亮「〈特別公開〉ひろゆき論――なぜ支持されるのか、なぜ支持されるべきではないのか」WEB世界(2023.03.11)


まず、「中傷するツイート」にある「中傷」は、あなたの価値観に基づいた評価よね。しかも悪いとする評価。それなら、直前または直後にそのツイートを引用し、それを根拠として「ひろゆき氏は、……と言った。しかし、これは中傷である。なぜなら……だからである。」と説明・論証しなければならないわ。

ひろゆきさんが具体的にはどんな内容の発言をしていたかを読者に伏せたまま、あなたの独断による評価だけを示して、「正しい」と信じてもらおうとするのは無理よ。

「この俺様が中傷だと判断したんだから、その具体的内容及びそう判断した根拠や結論までの過程なんか述べなくても、ひろゆき氏が中傷をしたのが『真実』だと信じてもらえて当然だろう」という傲慢さは捨てなさい。これは「小馬鹿にしたような」という評価に関しても同じよ。

そして「リベラル派の反発」とやらの内容も、あなた自身としては正しいと考えているのかどうか、やっぱり聞かれるわ。以降、同じ指摘は省略するけど、常に頭に置いておくのよ。

更に、「しかし彼が態度を改めることはなかった」も、表現のニュアンスにかなり主観的評価が入っているわね。大袈裟に書くと、「彼は当然改めなければならなかったのに、図々しくも改めなかった」と責めている調子に読めるわ。

繰り返すけど、あなたはまだ「彼を批判しているリベラル派が正しく、それに従わないひろゆき氏側が間違っている」という主張を十分に説明・論証していない。そもそもひろゆきさんの発言を具体的に引用していないし、リベラル派による彼への批判も引用していない。

つまり、読者は、ひろゆきさんの主張とリベラル派の主張の正当性・妥当性を検証できない状態よ。ひろゆきさんのどの主張が、リベラル派かどう批判されているのかお知らせしないと、読者は「判断しかねる」と言う他ないわ。この問題はそのまま次のパラグラフにも続いちゃってる。

 こうしたことから彼は、良識派、とりわけリベラル派のメディアや知識人などからすこぶる評判が悪い。その倫理観の欠如や政治思想の浅はかさなどの点ばかりでなく、「冷笑」と呼ばれる、人を小馬鹿にしたようなからかい方や、「論破」と呼ばれる、揚げ足取りまがいのディベート術など、その独特の態度が批判の対象とされることが多い。

伊藤昌亮「〈特別公開〉ひろゆき論――なぜ支持されるのか、なぜ支持されるべきではないのか」WEB世界(2023.03.11)


「浅はかさ」「小馬鹿にしたような」「揚げ足取りまがいの」といった主観が強い評価が書いてあるけど、それって正しいのかしら。ひろゆきさんのどの発言が、どういった検討を経てそう結論されたの?

こういう書き方で良かったら、私も「良識派、とりわけリベラル派のメディアや知識人など」の発言を引用せずに、そして一体誰が含まれているのかも示さずに(そして支持率・多さの調査も示さずに)、次のような評論をしてもいいわけよね?

【作文例】
良識派、とりわけリベラル派のメディアや知識人は、若い世代からすこぶる評判が悪い。彼らは、独善的な価値判断の押し付けを「啓蒙」と自賛しながら「上から目線の」態度を取る点ばかりでなく、その主張内容はほとんど常に現実との対応関係に乏しい抽象論か、証拠となる事実の裏付けに欠いた臆断でしかなく、一般市民が求める実社会・実生活の改善に寄与することなどおよそ期待できない。そのため批判の対象とされることが多い。


別にこれでもいいでしょ。「論としてのレベル」が同じでしょ。

ね? 「具体的に誰が何を言い、それに対して別の誰が何と批判したのか」を示さないってのは、結局、こういうことなのよ。

評価はしてもいいのよ。解釈や結論を間違えたっていい。それはどんなに慎重に書いても起きちゃう問題だし、また異論反論が違う価値規準から出ることは絶対に避けられない。

でも、あなたの記事の書き方では、これらの正当性・妥当性を読者が検証できない。「論」以前の問題よ。ひろゆきさんの著作タイトルは出てるけど、どの章のどの文章について言っているのか分からないし、「リベラル派からの批判」に関しては書籍タイトルすらないから探すこともできない。

こんなことされたら、怒っていいのよ。あなただって上の「作文例」を読んだらこう思うでしょう。

「お前の言う『リベラル派』とは何だ? 誰がリベラル派で、その人のどの書籍のどこの記述が、『価値判断の"押し付け"』や『現実との対応関係に乏しい抽象論』なのか? 具体的な文章を引用して論じるべきだ。そうでなければ、お前は何も説明・論証していない! 単に悪口を言っているだけだ!」

ええ、仰る通りよ。

もちろん、今の作文例は、ただ機械的に「さかさま」にしただけで、私としてもこれで良いと思っていないわ。

……まあ、この程度でも、なんとなく真面目な顔をしてツイートしたら、アンチ・リベラルな人達から拍手喝采はしてもらえそうな気もするけど……。私は「完全にクソ。方向が逆なだけで『ひろゆき論』と一緒。」と同じ評価を下すわ。

さて。記事の続きでは、ようやく少しだけ(不十分だと思うけど)引用して、あなたはひろゆきさんの考え方の「分析」を披露しているわね。

そうした能力とは、「論理的思考力、創造性、問題解決能力」などだが、より具体的には、「情報整理術、俯瞰で物事を見る目、相手に合わせて指示するやり方、物事を効率化する方法、数値化する力、優先順位を見極めること、仮説を立てる癖、論破力、シミュレーション力、仕事を熟練させる方法、アイデアを形にする能力、模倣するショートカット術」などだという(文献10)。
 これらの能力を駆使し、いわばプログラミング思考に基づいて生き方や考え方を改善するよう勧めることが、彼の提言の眼目となっていると言えるだろう。言いかえればそれは、「プログラマーとして世界を見る」という態度を指南することだ。
 そこでは世界を、いわばデータとアルゴリズムから成り立つものとして見ることが目指される。そのためとりわけ、データとして数値化された事実性と、アルゴリズムとして図式化された論理性が重視される。その結果、それらに準拠せずに行われる議論は、「それってあなたの感想ですよね」と「論破」されてしまう。

伊藤昌亮「〈特別公開〉ひろゆき論――なぜ支持されるのか、なぜ支持されるべきではないのか」WEB世界(2023.03.11)


うーん……。あのね?

「プログラミング思考」=「情報整理術、俯瞰で物事を見る目、相手に合わせて指示するやり方、物事を効率化する方法、数値化する力、優先順位を見極めること、仮説を立てる癖、論破力、シミュレーション力、仕事を熟練させる方法、アイデアを形にする能力、模倣するショートカット術」などってのは、一旦そういう定義であると飲み込みましょう。

でも、私には、ここで挙げられているすべての能力が、はるか古来から人類が使ってきた「知恵」に普通に含まれているように思えてならないわ。

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