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【9割が知らない】野菜のおもしろ雑学
こんにちは!てるかファームのKazuです!
この記事は、kindle書籍から飛んでくる人用に作りました。
もちろんnoteからの人も見ていってください♪
今回は野菜の雑学。
野菜って意外と面白い歴史があります。
なかにはへぇ~っと思うものも。
そんな面白い野菜の歴史に関する雑学を今日はお話していきたいと思います!
楽しんで読んでもらえるよう出来るだけポップな感じで書いてみました!
色々載せてたら1万字にもなってしまいました。
ぜひ楽しんでいってください!
その前に宣伝。
今までに6冊本を書いておりますので良かったら読んでみてください!
「兼業農家のすすめ」
「お金と引き寄せの法則」
「引き寄せの法則を普通のサラリーマンが本気でやってみた結果」
「NISA極意」
「週末農家のリアル」
「人生が充実する時間の使い方」
ということでここから本題。
【トマト】実は超やんちゃ者!?知られざるトマトの意外な素顔
「その赤い実を食べると命を落とす――」
16世紀のヨーロッパで、トマトについてこんな恐ろしい噂が広まっていました。
南米から渡来したばかりのトマトは、「死のりんご(pomme de morte)」とまで呼ばれ、人々は食用どころか、触れることさえ恐れていたのです。
でも、待ってください。
なぜ南米の原住民たちは普通に食べていたのに、ヨーロッパではトマトが「殺人犯」として恐れられたのでしょうか?
その謎を解く鍵は、意外なところにありました。
当時の貴族たちの食卓に並ぶ、美しく輝く食器の中に…。
実は、16世紀のヨーロッパの裕福な貴族たちは、見栄えの良い鉛製の食器を好んで使っていました。
ピューターと呼ばれる合金製の皿や、鉛を釉薬として使った陶器が、豪華な食卓を飾っていたのです。
そして、トマトには酸が含まれています。
この酸が鉛製の食器と反応すると…そう、鉛が溶け出してしまうのです。
知らず知らずのうちに鉛中毒になった貴族たち。
その犯人として疑われたのが、実は無実のトマトだったのです。
当時はまだ化学的な分析方法が発達していなかったため、人々は「トマトを食べると死ぬ」という誤った結論を導き出してしまいました。
まさに歴史に残る冤罪事件だったのです。
面白いことに、貧しい人々は素焼きの陶器や木製の食器を使っていたため、彼らがトマトを食べても何も問題は起きませんでした。
でも、それも「トマトの毒は貴族だけを狙う魔性の毒」という噂を生む結果になってしまったとか。
この「トマト冤罪事件」が解決されるまでには、実に200年以上もの時間がかかりました。
今では考えられないことですが、私たちの大好きなピザやパスタに、トマトソースが使われるようになったのは、つい最近のことなのです。
現代の私たちからすれば笑い話のような出来事ですが、この歴史は「証拠に基づかない思い込みの怖さ」を教えてくれる、とても興味深い教訓かもしれません。
そうそう、ちなみに今でもトマトと金属は相性が悪いんです。
アルミホイルで包んで保存すると、トマトの酸がアルミを溶かして風味が変わってしまいます。
歴史は形を変えて、私たちの台所にも生きているのかもしれませんね。
【ニンジン】実は超政治的!?オレンジ色になるまでの波乱万場ストーリー
みなさん、「ニンジンといえばオレンジ色!」って思いますよね?
でも、これ、実は人類の歴史における超大胆なブランディング作戦だったんです!
なんと、1000年前のニンジンって、紫や白、黄色が普通だったんです。
えっ、マジで!?ってなりますよね(笑)
原産地のアフガニスタンでは紫のニンジンが主流で、ヨーロッパに広まった時も「紫の根っこ」として知られていたんです。
そして17世紀、この物語の主役であるオランダの農家さんたちの出番!...なんですが、実はこれ、ただの品種改良じゃないんです。ここからが超びっくりな展開。
当時のオランダは、スペインからの独立戦争の真っ最中。そんな中、独立運動を率いていたのが「オラニエ公」という人物。
「オラニエ」って何かピンときません? そう、「オレンジ」のことなんです!オラニエ家のシンボルカラーが、まさかのオレンジ色だったんです。
そこでオランダの農家たちが考えた秘策が、なんと「ニンジンをオレンジ色に改良して独立運動を応援しちゃおう作戦」!今で言うと、推しのイメージカラーに野菜を染めちゃうような感じですよね(笑)
でも、これが大成功!オランダ人たちは愛国心を込めて、このオレンジ色のニンジンを栽培しまくったんです。
そして、オランダが当時、世界的な貿易大国だったこともあって、このオレンジニンジンは瞬く間に世界中に広まっていったんです。
面白いのは、このオレンジ色のニンジン、実は栄養価も高かったんです!
βカロテンたっぷりで、しかも甘みも強い。これは完全な偶然だったんですが、まさに「推し活」が世界の食文化を変えた瞬間でした!
ちなみに、最近のファーマーズマーケットでは、紫や白のニンジンを見かけることも。これって言わば「昔の姿に戻ってきた」ってことなんですよね。
スーパーでオレンジ色のニンジンを見かけたとき、「君って、実は超熱い政治活動家の末裔だったんだね!」なんて思ってみるのも面白いかも?
【おまけの豆知識】 余談ですが、ニンジンの葉っぱには根っこの6倍ものβカロテンが含まれてるって知ってました?
なのに私たち、いつも捨てちゃってます。
これって、推しのグッズを買ってきて、一番レアなパーツを捨てちゃってるようなもんですよね(汗)
【キャベツ】海の男たちを救った伝説の野菜!意外すぎる大航海時代の立役者
「キャベツがなかったら、世界地図は今と全然違ってたかも!?」
...なんて大げさな話に聞こえますよね。でも、これ、本当のお話なんです!
実は大航海時代、船乗りたちの間で恐れられていた"とある病気"がありました。
その名も「壊血病」!今でこそ「ビタミンC不足」って簡単に言えますが、当時の人々にとっては謎の恐怖病だったんです。
症状はまるでホラー映画級! 歯ぐきから出血して、歯がグラグラ... あざだらけの体... 最悪の場合は、死んじゃうこともある...
この謎の病気のせいで、なんと船員の半分以上が航海の途中で倒れることも!探検家のバスコ・ダ・ガマの船団では、乗組員160人のうち、なんと100人以上が壊血病で命を落としたんだとか。
そんな絶体絶命のピンチを救ったのが...そう、キャベツなんです!
特に、当時のヨーロッパの船乗りたちは「ザワークラウト」(キャベツの塩漬け)を大量に船に積み込んでいました。
「えっ、なんで塩漬け?」
それはその方が長持ちするから!
しかも、発酵させることで、なんとビタミンCが増えちゃうんです。賢い...!
面白いことに、イギリスの船乗りたちは「キャベツマン」ってあだ名で呼ばれてたんです。
今で言うと「野菜大好きボーイズ」みたいな?
でも、このキャベツ愛は、まさに命懸け!
「キャベツを食べないと死ぬ」
これ、ただの親の脅しじゃなくて、船乗りたちにとっては切実な現実だったんです。
そして、このキャベツ様は、航海に革命を起こしました!
✨ビフォー キャベツ ・長期航海はほぼ無理ゲー ・船員さんたち、次々と倒れる ・新しい航路の発見も困難...
✨アフター キャベツ ・船員さんたち、元気モリモリ! ・長期航海もOK! ・新航路どんどん発見!
おまけの豆知識その1: 実は、キャベツには「船酔い防止効果」もあるんです!これって、まるで船乗り専用の野菜みたいじゃないですか?
おまけの豆知識その2: キャベツの仲間(アブラナ科)の野菜たち、実は全部同じ祖先から生まれたんです!
ブロッコリー、カリフラワー、芽キャベツ...みんな「キャベツファミリー」なんです。
世界中の船乗りたちを救ったスーパーヒーローの子孫たち、かっこよくないですか?
そうそう、最後に一つ。
キャベツの千切りを作るとき、「こんなに細く切る必要あるの?」って思ったことありませんか?
実は、これも船乗りたちの知恵から来てるんです。細かく切ることで、限られた保存スペースでもたくさん詰め込めるように...なんて素敵な工夫...!
【パプリカ】赤い粉をめぐる国際スパイ戦争!?知られざる陰謀と策略の物語
みなさん、パプリカって野菜知ってますよね?
あの真っ赤でピカピカの見た目が特徴の...
でも、このパプリカ、実は国際スパイ戦争の主役だったって知ってました? まるでジェームズ・ボンド映画みたいな展開なんです!
舞台は19世紀のハンガリー。
当時、ハンガリーの「パプリカパウダー」は世界一の高級スパイスとして知られていました。
「え?ただの粉末でしょ?」 ...いえいえ、そんな甘い話じゃないんです!
このパプリカパウダー、実は「国家機密」指定されていたんです!
その理由が...
✨ハンガリー政府による徹底管理
・栽培方法は機密情報
・粉末にする製法も極秘
・種子の国外持ち出しは重罪!
・生産者には24時間ガードマンが...!?
まさに「赤い黄金」として、国を挙げて守られていたんです。
そりゃそうですよね。だって...
・一般的なパプリカ:普通の赤い粉
・ハンガリー産パプリカ:芳醇な香り、深い味わい、鮮やかな発色
その差は、まるで「おもちゃの宝石」と「本物のルビー」くらい!
でも、ここからが面白い。
各国の「スパイスハンター」たちが、この秘密を盗もうと次々と潜入を試みるんです!
あるスパイは農家に変装して潜入...
あるスパイは結婚詐欺まがいの作戦で...
中には、靴の中に種を隠して密輸しようとした人まで!
特に面白いのが「種子スリ替え作戦」。
本物の種子と偽物を交換して持ち出そうとしたスパイがいたんですが...
ハンガリーの農家さん、種子の一つ一つに目印をつけていたという徹底ぶり!
【おまけ豆知識その1】 実はこの頃のパプリカ農家さん、種まきの時は必ず「目隠し」をしていたんです!
他人に種まきの間隔を見られないように...という徹底っぷり。
今で言う「企業秘密」ですね笑
【おまけ豆知識その2】 当時のハンガリーでは、パプリカの品質管理が超厳格! 「色」「香り」「味」を判定する専門家がいて、その資格試験が医師国家試験並みの難しさだったとか...!
...そんなスパイ映画みたいな歴史を持つパプリカですが、今ではすっかりスーパーのお馴染みさん。
そうそう、最後に一つ。 パプリカって、実はビタミンCの含有量がレモンの3倍なんです!
これも、かつての「赤い宝石」の価値の理由の一つだったのかも...?
【きゅうり】皇帝様のわがままが生んだ、世界初の温室野菜!?
「世界で最初の温室栽培って、どの野菜だと思います?」
トマト?
いいえ。レタス?
違います。
正解は...なんと、きゅうりなんです!
実は昔のきゅうりって、今とぜーんぜん違う野菜だったんです。
インドが原産で、すっごく苦くて、とても食べられたもんじゃなかった!
今で言うと、ニガウリの10倍は苦かったとか...!
そんなきゅうりの運命を変えた、ある「困ったちゃん」が登場します。
その名も...ローマ帝国の皇帝ティベリウス!
彼が突然、こんな無理難題を言い出したんです。
「朕(ちん)は、毎日きゅうりが食べたい!」
側近たち、困っちゃいましたよね。
だって... ・きゅうりは夏しか採れない ・ローマは寒い時期が長い ・そもそも皆が避けるほど苦い...
でも、皇帝様の言うことは絶対!
そこで考え出されたのが、世界初の「スピカリウム」...移動式温室の誕生です!
【世界初の温室、その秘密】
・車輪付きの木製フレーム
・薄く削った石(マイカ)を窓代わりに
・日中は太陽の光を集めて、夜は布で保温
・天気が悪い時は室内に移動!
これ、今のビニールハウスのご先祖様なんです!
しかも面白いことに、この「皇帝様のわがまま」がきっかけで、きゅうりの品種改良も始まりました。
【きゅうりの大変身タイムライン】
昔:苦くて食べられない野生種
↓ 皇帝の命令で栽培開始
↓ 少しずつ苦みの少ない品種を選別
↓ 今:シャキシャキ食感の美味しい野菜に!
【おまけ豆知識】 実は、きゅうりには「水を浄化する力」があるんです! ローマ時代、水瓶にきゅうりを入れておくと水が長持ちする!という発見から、 今では「きゅうりの成分を使った水質浄化」が研究されているんですよ。
...というわけで、今や夏の定番野菜のきゅうり。 でも、その裏には「困った皇帝様のわがまま」から始まる 壮大な実験と発明の歴史が隠されていたんです。
【ジャガイモ】悪魔の野菜!?から救世主へ!世界一頭のいい"宣伝作戦"の物語
「えっ、ジャガイモって昔は『絶対に食べちゃダメ!』って言われてたの!?」
そう、16世紀のヨーロッパでは、ジャガイモは「悪魔の作物」として超怖がられていたんです!
その理由が面白い!
・地面の下で育つ → 「地獄の野菜」!?
・ナス科の植物特有の緑色の実 → 「毒がある!」
・聖書に出てこない → 「神様が作ってない!」
・茎が地を這う → 「蛇みたいで怪しい...」
今の私たちからすると「えぇ...」って感じですよね(笑)
でも当時は本気でした!
・教会が栽培禁止令を出す
・畑を燃やされることも...
・食べた人は地獄行き!?
そんな「悪魔の野菜」を救ったのが、フランスの薬剤師で農学者のパルマンティエ。
彼が考えた作戦が、歴史上最高の「逆心理マーケティング」だったんです!
【パルマンティエの天才作戦】
まず、ルイ16世に直訴! 「ジャガイモを広めさせてください!」
そして考え出した秘策がこちら...
1️⃣ 昼間は厳重警備
・パリ郊外の広大な畑に、兵隊さんを配置
・「超貴重な作物なので守ってます!」アピール
2️⃣ 夜は...完全無防備!
・わざと警備をゆるゆるに
・村人たちが「こっそり盗もう...」と考えるのを待つ
3️⃣ さらには...
・王様が「最高に美味しい!」と公言
・王妮が髪飾りにジャガイモの花を挿す
・宮廷料理人がジャガイモ料理コンテストを開催
この作戦、めちゃくちゃ効果的でした!
「禁断の果実」効果で、みんなこっそり盗んで食べ始めたんです。
しかも「王様も食べてる=超高級!」というイメージまで付いちゃって...
【おまけ豆知識その1】 パルマンティエ、実はプロイセンの捕虜になってた時に「ジャガイモって美味しい!」って気づいたんです。 まさに「捕虜生活が世界を救った」!
【おまけ豆知識その2】 フランスでは今でも、ジャガイモ料理のことを「ア・ラ・パルマンティエ」って呼ぶことがあるんです。 彼の功績を忘れないために...素敵な伝統ですよね!
そして、このジャガイモ、実は世界を2度も救っているんです!
1度目:ヨーロッパの食糧危機を解決
2度目:宇宙開発の立役者に! (なんと、ジャガイモは宇宙船内での栽培実験に成功している数少ない野菜なんです!)
そうそう、最後に一つ。 ジャガイモの芽には本当に毒(ソラニン)があるんです。 この「怪しい野菜」説、完全な思い込みじゃなかったんですね(笑)
【ジャガイモ】たった一つの政策が招いた、取り返しのつかない悲劇
このお話に関しては少し真面目にお話します。
みなさん、「食べ物がないなら、すぐに助けるのが当たり前」って思いますよね?
でも、19世紀のイギリス政府は、なんと真逆の選択をしてしまったんです。その結果...100万人もの命が失われる大惨事に。
舞台は1845年のアイルランド。 当時のアイルランドの人々にとって、ジャガイモは「命の野菜」でした。
「へー、そんなに好きだったの?」 ...いえいえ、理由はもっと切実。
当時のアイルランドは、イギリスの支配下にあって、一般の人々は小さな農地しか持てませんでした。そんな小さな土地でも、たくさん収穫できて、栄養も満点な食べ物。そう、それがジャガイモだったんです。
そんなある日、見たこともない謎のカビが、ジャガイモの畑に現れました。 「疫病(えきびょう)」と呼ばれる、この見えない敵は、まるでゾンビウイルスのように次々とジャガイモを感染させていったんです。
感染したジャガイモは、 掘り出した時は普通に見えても... 数日後には真っ黒に腐ってしまう...
このようにしてアイルランドは飢饉に陥ってしまったのです。
「えっ、待って!なんで助けなかったの?」
その裏には、当時の"とある考え方"が関係していました。
「市場に任せておけば、全て解決する」
「政府が手を出すと、かえって事態は悪化する」
「困っている人を助けると、その人はますます怠け者になる」
この考え方の最大の信奉者が、イギリス政府の財務次官、チャールズ・トレヴェリアンでした。 彼はこの大惨事の対応責任者だったんです。
でも、彼の判断は...悲劇的なまでに的外れでした。
✨トレヴェリアンの驚くべき発言
「アイルランド人への援助は、かえって彼らの自立を妨げる」
「この飢饉は、アイルランドの人口過剰を解決する神の配剤だ」
「援助は最小限に抑えるべきだ」
そして、さらに信じられない事実が...
なんと、飢饉の最中も、アイルランドからイギリスへの食料輸出は続いていたんです!
✨飢饉の年の衝撃的な事実
・小麦の輸出:100万クォーター以上
・牛肉の輸出:18万頭以上
・豚肉の輸出:180万ポンド以上
・バターの輸出:500万ポンド以上
つまり...食べ物は実はあったんです。
でも、「市場経済を乱してはいけない」という理由で、食料は輸出され続けました。
公共事業として始められた「救済作業」も、悲惨なものでした。
✨救済作業の問題点
・わざと非効率な作業(道路工事なのに、道具は素手のみ)
・極端に安い賃金 ・重労働なのに、栄養失調の人々に強制
・作った道路の多くは「どこにも続かない道」
「え?なんでそんな無意味な...」
その理由が、またショッキング。
「楽な仕事を与えると、アイルランド人は怠けるようになる」
「援助に値する本当の困窮者かどうかを見分けるため」 という考えからだったんです。
結果として...
・100万人以上が死亡
・100万人以上が移民
・アイルランドの人口は800万人から400万人以下に
・その後150年以上たっても人口は回復していない
この惨事の後、イギリスでは「トレヴェリアン症候群」という言葉まで生まれました。
「官僚的な無関心が引き起こす大惨事」を指す言葉として...
おまけの驚きの事実:
・オスマン帝国のスルタンが10万ポンドの援助を申し出たのに、ビクトリア女王が「多すぎる」と断った
・実際に送られた援助は、わずか2000ポンド
・一方、アメリカのネイティブ・アメリカンのチョクトー族は、自分たちの乏しい資金から170ドルを送った
...というわけで、これは単なる「自然災害」じゃなかったんです。
人災、それも「経済理論への盲信」が引き起こした大惨事だったんです。
現代でも、「市場に任せておけば大丈夫」
「困っている人を助けると依存心が生まれる」
なんて意見、たまに聞きませんか?
そんなとき、このアイルランドの悲劇を思い出してみてください。
経済理論も大事だけど、もっと大事なのは「目の前で困っている人を助けること」。
それが、この悲劇が私たちに残した最大の教訓かもしれません。
【大根】実は歌舞伎界の「最強アンバサダー」!?知られざる大根の株爆上げストーリー
「大根役者って、下手くそな役者のことでしょ?」
そう思ってた人、実は大きな誤解をしてました!これ、江戸時代の大根に対する最高の賛辞だったんです。
「えっ、待って!なんで野菜が役者の褒め言葉に?」
その理由が、めちゃくちゃ粋な江戸の発想なんです!
当時の江戸っ子たちは、大根のある特徴に注目していました。 それは...「どんな料理にも化けられる」超能力!
✨大根の変身リスト ・おでんの主役に変身! ・サラダの脇役に変身! ・お漬物で名脇役に! ・すりおろして影の立役者に! ・かつおぶしと組んで最強コンビに!
「なるほど!でも、これが役者とどう関係が?」
実は、江戸の人々はこう考えたんです。 「基本がしっかりしてる役者は、どんな役にも化けられる」 「それって...まさに大根じゃん!」
つまり! 「大根役者」=「基本に忠実で、どんな役でもこなせる実力者」 という最高の褒め言葉だったんです!
さらに面白いのが、大根には「出し抜け」という調理法があったこと。 これは、大根を急いで茹でること。 歌舞伎の「出し抜け」(突然の配役変更)という用語も、実はここから来てるんです!
「えっ、野菜が芸能用語の元ネタ!?」
そう、大根はまさに江戸時代の「インフルエンサー」! 料理の世界だけでなく、芸能界の言葉づくりにまで影響を与えちゃう、すごい野菜だったんです。
おまけの豆知識: 江戸時代、大根は「三分咲きの花」と呼ばれていました。 「まだ7分の力を残している」 「これからもっと美味しくなる」 という意味が込められていたんです。
さらに衝撃の事実! 歌舞伎役者の中には、自分のことを「大根役者」と呼ぶことを誇りにしている人もいたんです。 今で言うと... 「私、ガチのベーシック系なんで!」 みたいなノリですかね(笑)
時は流れて現代... 「大根役者」は何だか別の意味になっちゃいましたが、大根自身は相変わらず「どんな役でもこなせる実力者」のまま。
おでんでも、サラダでも、漬物でも、大活躍。 まさに「芸の基本」を守り続けている、日本の食卓の名脇役なんです。
次に大根を食べるとき、ちょっと思い出してみてください。 「君って、すごい実力派の役者だったんだね...!」 なんて。
そうそう、最後に江戸っ子的な考え方をご紹介。 「基本ができてないヤツは、どんなに派手な演技をしても三流」 「でも、基本さえしっかりしてりゃ、何でもできる。それが一流」
...なんか、今の時代にも通じる名言じゃないですか?
【大根役者】"褒め言葉"が"けなし言葉"に変わった謎
実は、「大根役者」の意味が変わってしまった理由には、とっても面白い歴史があるんです!
✨明治時代の大事件 江戸時代が終わって明治時代に入ると、日本の演劇界に大きな変化が...! なんと「新劇」という新しい演技スタイルが登場したんです。
「新劇」の人々は、こう考えました: 「歌舞伎って、演技が大げさすぎない?」 「もっと自然な演技の方がいいんじゃない?」
ここで問題発生!
✨新旧の価値観の衝突 ・歌舞伎派:「基本(=大根)が大事!」 ・新劇派:「そんな型にはまった演技、ダサくない?」
この対立の中で、新劇派の人々が「大根役者」という言葉を、からかいの意味で使い始めたんです。
つまり... 「あの役者さん、まだ歌舞伎みたいな古い演技してるよ」 「基本しか知らない、融通の利かない役者だね」 という皮肉として使われ始めたわけです。
さらに追い打ちをかけたのが... 大正時代に登場した「自然主義演劇」!
「型」よりも「自然な感情表現」を重視する新しい演劇スタイルが大流行。 この頃から、「大根役者」は完全に: 「演技が硬くて不自然な役者」 「基本しかできない下手な役者」 という意味に変わってしまいました。
おまけの衝撃事実: 実は、「大根」という言葉自体も、明治時代から「融通が利かない」「かたい」という意味で使われ始めたんです。 例えば: 「大根足」(不格好な足) 「大根おろし」(乱暴な切り方) など...
なんと皮肉なことに... かつて「どんな役にも化けられる」という最高の褒め言葉だった「大根」が、 「融通の利かない」「かたい」というマイナスイメージに変わってしまったんです。
...というわけで、これって実は「古い価値観」vs「新しい価値観」の戦いだったんですね。
でも、ちょっと考えてみてください。 今の時代、「基本が大事」って、また見直されてきてませんか?
「基本をしっかり身につけた上で、自分らしさを出す」 これって、実は江戸っ子が見出した「大根の教え」と、すごく似てるような...?