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ルーベンス『ヘラクレスとオンファレ』

ルーヴル美術館の2階にある展示室802にはルーベンス(1577-1640)の大きな絵がいくつか並んでいる。その一つが『ヘラクレスとオンファレ』だ。

『ヘラクレスとオンファレ』(1606-1607年頃)

信託により奴隷として売られることになったヘーラクレースを買ったのは、リューデイアの女王オムパレーだった。彼女はイカれた(そしてイカした)女主人で、ヘーラクレースと衣装を交換し、彼に糸を紡がせた。のちにオムパレーが彼を愛人、そして夫にするという物語もあり、ロココ美術華やかなりし頃の画家たちはこのカップルを好んで画題とした。その代表であるフランソワ・ブーシェ(1703-1770)が描くヘーラクレースとオムパレーはもはや何も身に付けておらずベッドでちちくりあっている。ここで逆転しているのは衣装ではなく、むしろ恋愛における男女の役割らしい。19世紀の詩人、テオフィル・ゴーティエの作品に『オンファール』(オムパレーのフランス語読み)という短編小説があるが、これは冒頭に「ロココ物語」とあるように、優美で奔放な18世紀のオムパレーを想定しているのだろう。

そうした甘美な美男美女カップルとしてのオムパレーとヘーラクレースが主流になる前は、むしろ女王にいびられながら不器用に糸を紡ぐ女装の巨漢を面白おかしく描く絵が多かったようだ。太い指で細い糸と格闘しているところを女主人に耳を引っ張られても我慢するほかないへーラクレースを描いたルーベンスの『ヘラクレスとオンファレ』もその系譜といえるだろう。

この絵の何よりも素敵なところは奴隷いびりに容赦がないオムパレーの姿だ。彼らの系譜に連なる多幸感あふれるロココ時代の恋人たちとは似ても似つかない。ヘーラクレースはほんとうに嫌そうに顔を背けているし、後ろに立つ同じく女装をさせられているらしい男性も戸惑いの表情を浮かべている(美術館公式サイトで拡大図が見られるのでぜひ見てほしい)。ルーベンスが描くしっかりとした肉付きの女性はこの優雅な暴君を表すのに最適だ。彼女の前には半神半人の英雄もなすすべがない。ルーベンスらしい肉体から迸る生命力は当然のこと、絵のすみずみまで生気が満ち溢れており、見ると幸せな気持ちになる。

ルーベンスと関わりが深いテオドール・ファン・テュルデン(1606-1669)が同じ画題で似た構図の絵を描いているようだが、こちらのオムパレーは赤いドレスを着用している。ルーベンスのへーラクレースとオムパレーの下半身を隠すものは「ご都合布」(と個人的に呼んでいるなぜか股間にぴったり張り付く布)だけで、豊かな肉体が露わになっている。わたしは常日頃ルーベンスが描く女性の着こなしはギャルっぽくて最高♪と思っているのだが、下半身を丸出しにしてライオンの尻尾で局部を隠すとは恐れ入った。へーラクレースは常日頃ほぼ全裸のようなものだし、これでいいのかもしれない。


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