地域公共交通の活性化に改正法を活かす
改正地域公共交通活性化再生法が10月から全面施行された。地域公共交通を持続可能にするための様々な施策が創設・拡充されている。「ローカル鉄道の再構築に関する仕組みの創設・拡充」としての「再構築協議会」は、今後の地域公共交通の在り方に大きな影響を及ぼすと考えられる。「エリア一括協定運行事業」の積極的な活用を期待する。
地域公共交通活性化再生法の改正
(1)地域公共交通活性化再生法の目的
「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」(2007年公布、以下「地域公共交通活性化再生法」)等が2023年4月に改正され、7月に一部施行、10月に全面施行された。
人口減少やモータリゼーション等により、都市圏を除く地域公共交通の多くは長期的な利用者の落ち込みが続いている。我が国の公共交通は独立採算制を基本として運営されてきたが、人口減少が続く地域では利用者の継続的な減少により公共交通を運営する事業者の採算性が悪化し続けている。事業者が倒産したり撤退したりして、地域の公共交通がほぼ消滅する危機に直面しているところが多くなっている。「人口減少下における持続可能な公共交通へ」(2023年3月15日)の図2で示したように鉄軌道の廃止も続いている。
「地域公共交通活性化再生法」第一条は、「地域における旅客の運送に関するサービス(以下「地域旅客運送サービス」という。)の提供を確保するために(…中略…)、地域旅客運送サービスの持続可能な提供の確保に資するよう地域公共交通の活性化及び再生のための(…中略…)地域の関係者の連携と協働を推進し、もって個性豊かで活力に満ちた地域社会の実現に寄与することを目的とする」としている。要は地域の公共交通を持続可能とするために、関係者の協議を推進することが同法の目的である。
(2)今回の改正の背景と概要
地域公共交通活性化再生法の今回(2023年)の改正は、国土交通省「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律等の一部を改正する法律案」「概要」によると「人口減少等による長期的な利用者の落ち込みに加え、コロナ禍の直撃により、地域交通を取り巻く状況は年々悪化」、「特に一部のローカル鉄道は、大量輸送機関としての特性が十分発揮できない状況」を背景としている。コロナ禍以外の要因については今に始まったことではなく、東京一極集中をはじめとする国土構造形成や少子化対策における政府の無策によるものである。実際は様々な施策を実施しようとしてきたので無策であったわけではないのだが、結果から見れば有効な施策を実施できておらず、無策と言ってよい状況である。これらは国土交通省に責任を帰す話ではなく、政治家や他の省庁に大きな責任があるものがほとんどであるが、ここでは深入りしない。
今回の改正は、「地域公共交通の『リ・デザイン』(再構築)」をキャッチフレーズとしている。2023年9月29日の報道発表資料「改正地域交通法が10月1日より全面施行されます」によると、以下の項目を創設・拡充としている。
地域の関係者の連携と協働の促進
「エリア一括協定運行事業」の創設
ローカル鉄道の再構築に関する仕組みの創設・拡充
交通分野におけるDX・GXを推進する「道路運送高度化事業」の拡充(7月1日施行済)
鉄道・タクシーにおける協議運賃制度の創設(※鉄道事業法・道路運送法関連)
社会資本整備総合交付金の拡充、新たな基幹事業の追加
次章以降で上記の項目のいくつかを掘り下げていくが、本稿で触れなかった項目について詳しく知りたい方は、前述した国土交通省ウェブサイトの報道発表資料のページにリンクが張られているので該当ページを参照頂きたい。
再構築協議会
(1)ローカル鉄道の再構築に対する国の関与積極化
前述したいずれの項目も地域公共交通の活性化・再生に重要であるが、「ローカル鉄道の再構築に関する仕組みの創設・拡充」は、今後の地域公共交通の在り方に大きな影響を及ぼすと考えられる。
自治体又は鉄道事業者は、国土交通大臣に対し、ローカル鉄道のあり方を協議する「再構築協議会」の組織を要請することができるようになった。国は要請に基づき、関係自治体の意見を聴いたうえで「再構築協議会」を組織することを目指す。再構築協議会が組織された場合、再構築協議会で実証計画作成、鉄道事業者が実証事業実施、再構築協議会が再構築方針作成(3年以内が目安)、再構築方針に基づき事業実施、という流れで進めていく。再構築協議会では①鉄道輸送の維持・高度化、②バス等への転換、が検討される。
図1:「ローカル鉄道の再構築に関する仕組み」フロー図
鉄道事業者側は赤字路線の再編を急ぎたい。自治体側は「廃線ありき」での協議となることを警戒している。そのため、話し合う場の設置自体がなかなか進まない状況が見られる。地域の鉄道路線は何らかの対策をしなければますます先細りとなってしまうところも多く、要請に基づく形ではあるが国が主体となって「再構築協議会」の設置を促すのは大きな前進であろう。
2023年8月8日の国土交通省の斉藤大臣会見要旨によると、「国土交通省としても、事業者任せ、地域任せにするのではなく、本年を『地域公共交通再構築元年』とすべく、全力で取り組んでいきます」、「沿線自治体からの理解なく、協議会が設置され再構築の方針が協議されることは想定されません」、「国土交通省としては、協議会を設置する場合には、制度の趣旨を沿線自治体に対して、しっかりと説明し、協議会への参加を粘り強く要請していきます」とのことである。
(2)再構築協議会の設置要請
10月3日、広島・岡山の内陸部を走るJR芸備線の備中神代-備後庄原間68.5㎞について、JR西日本が再構築協議会の設置を要請した。各種報道によると、国からの再構築協議会への意見聴取の文書が沿線自治体に10月半ばに届き、11月2日を回答期限としていたが、11月27日に期限を延期したそうである。改正地域公共交通活性化再生法では、関係者相互間の連携と協働の促進を国の努力義務と規定している。今回の芸備線に関する再構築協議会設置に向けたやり取りを見ていても、国が積極的に関与することの重要性が垣間見られる。
具体的な動きとなっている芸備線以外にも、再構築協議会の設置要請が予想される路線は多い。具体的には、JR九州が運行している豊肥本線の宮地-豊後竹田間、筑肥線の唐津-伊万里間、指宿枕崎線の指宿-枕崎間、JR四国が運行している予土線(北宇和島-若井)などが候補となりそうとの報道がある。
(3)交通体系再構築は鉄道、軌道をメインに
既存の鉄軌道路線(軌道は路面電車等)はなるべく維持して活用策を考えるべきというのが筆者個人の見解である。
バスは路線変更の柔軟性があるが、別の見方をすれば、路線変更が頻繁に起こり得るということでもある。従って、沿線への継続的な実物投資にはリスクがある。せっかく沿線に商店や飲食店などを開業しても、路線変更により顧客からのアクセスが悪くなれば、収益計画を下方修正せざるを得ないであろう。鉄軌道は路線変更の柔軟性が低い分、中長期に亘って沿線への継続投資を実施するメドを立てやすい。
鉄道輸送の維持・高度化、バス等への転換のいずれを選択する場合でも運転手が不足しつつある状況をどうするかという課題もある。最終的には自動運転化という方向になろう。その場合は、安全面などを考えるとバス等よりも鉄軌道の方に優位性があるように思われる。安全面を中心として十分な自動運転技術が確立するまでの間は、広域的に運転手のやり繰りをするのが対処療法的な対応策となろうか。
「エリア一括協定運行事業」に期待
改正地域公共交通活性化再生法により創設された「エリア一括協定運行事業」は、自治体と交通事業者が、一定の区域・期間について、交通サービス水準(運行回数等)、費用負担等の協定を締結して行う事業である。まずは自治体と交通事業者が、複数年かつエリア単位で、黒字路線・赤字路線を一括運行する協定を締結する。国は、当該運行について複数年(最長5年)定額を支援し、当該支援額を初年度に明示する。協定期間中に経営改善により生じた収益は交通事業者に帰属する。次の協定期間には要補助額は減少する。
図2:「エリア一括協定運行事業」イメージ図
改正地域公共交通活性化再生法の全面施行前であるが、9月29日付で長野県松本市・山形村・朝日村から申請された「松本地域公共交通利便増進実施計画」が認定された。法改正前から実施されている「地域公共交通利便増進事業」に基づくものであるが、内容的に「エリア一括協定運行事業」が位置づけられている。
改正地域公共交通活性化再生法の全面施行を知らせる国土交通省の報道発表の際の添付資料「松本地域公共交通利便増進実施計画【エリア一括協定運行事業】」によると、「地域公共交通をインフラとして捉えて、行政が主体となった路線再編や系統の新設等を実施」、「行政が主体的に設定したエリア全体での交通サービスの提供について、市が5年間にわたり負担金(交通サービス購入費)を支出する「公設民営型」のバスネットワークに移行」とのことである。具体的には図3のように、「重複路線の整理、長大路線の分割」、「地域ニーズに応じた増便や系統の新設」、「運賃のキャッシュレス化や情報発信の強化」などの事業が行われる予定である。
図3:松本地域の「エリア一括協定運行事業」の路線再編図
地域公共交通をインフラとして捉えるという考え方は、これからの我が国の公共交通を持続可能なものとするために重要な概念である。「人口減少下における持続可能な公共交通へ」(2023年3月15日)「ミクロ的には独立採算制の見直し」でも触れたように、我が国の公共交通も独立採算制を見直すことが求められる。独立採算の呪縛から解放するのが望ましい。
欧州では地域公共交通はインフラであり、公共交通は独立採算制に馴染まないことを前提として運営されている。経済学的に表現すると、公共交通は外部経済をもたらすものであるからだ。外部経済とは経済活動の便益(Benefit)や費用(Cost)が取引当事者以外に及ぶことである。例えば、新駅ができる付近にその前から土地を持っている場合、本人は何もしなくても地価が上がる(正の外部性)。一方、その付近に元から住んでいれば鉄道の騒音などを受けることになる(負の外部性)。
公共交通を維持することによって地域が活性化すれば、公共交通単独では赤字でも地域全体として黒字となることが想定できる。地域全体の黒字で公共交通単独の赤字を埋めるような仕組みを考えれば良いのである。
エリア一括協定運行事業は、「人口減少下における持続可能な公共交通へ」(2023年3月15日)で触れたMaaSの積極活用とも関わる事業の在り方で、「LRT、路面電車を起爆剤にした街活性化」(2023年8月7日)で述べた「公共交通網の再検討は街再構築と密接にかかわるもの」という考え方と通じるものである。各地域におけるエリア一括協定運行事業の積極活用を期待したい。
20231110 執筆 主席研究員 中里幸聖
前回レポート:
「リニア、新幹線は変革の基盤」(2023年10月27日)