#1645 日本の小学校で「三次元カリキュラム」は可能なのか?
今回の記事は、以下に紹介する過去の記事から着想を得た。
私は今、「三次元カリキュラム」「概念型カリキュラム」を学校現場でどのように取り入れるかを思考している。
もともとは海外で発案された考え方なので、日本の小学校でそれが実現可能かどうかを考えている。
1 学校教育の意義・目的
まず、考えておきたいのは、「学校教育の意義・目的」である。
「何のために学校に通うのか」
「何のために日々の授業に参加するのか」
「何のために教科学習をしているのか」
という根本的な問いを考えてみたい。
この土台が不安定だと、「三次元カリキュラム」「概念型カリキュラム」などいうものは脆く崩れ落ちることになる。
学校教育の意義・目的として、間違った考えの典型は以下のようなものだ。
「テストで高得点をとるため」
「通知表で高い成績を修めるため」
「受験のため」
これらは、学校教育の目的を達成するための「手段」にすぎない。
学校教育の目的を達成するために、教師は日々の教育活動を行う。
そして、子どもたちは学校に通い、日々の学習に取り組む。
その結果として、テストで高得点をとったり、高い成績を修めたり、受験に合格できたりする。
しかし、それらは「目的」ではない。
では、「学校教育の目的」とは何か?
それは、
・人格の完成
・平和で民主的な国家及び社会の形成者の育成
・心身ともに健康な国民の育成
である。
つまり、上記の目的を達成するために、学校教育が存在する。
この「学校教育の意義・目的」を忘れてはいけない。
だとしたら、日々の教育活動、日々の教科教育の在り方も、「学校教育の意義・目的」に資するものでなければならない。
しかし、上記で示した
・人格の完成
・平和で民主的な国家及び社会の形成者の育成
・心身ともに健康な国民の育成
という目的は非常に抽象的である。
そこで、上記の目的を別の言葉に置き換える必要が出てくる。
すなわち、学校教育の目的は、
「身に付けた知識・技能を目の前の問題解決に活用できる力を育むこと」
であると考える。
ここには、私個人の恣意性が含まれる。
しかし、的を得ているのではないかと考える。
子どもは「学校」という場を卒業し、「社会」に出ていく。
その「社会」の中で人生を送っていく。
すると、解決しなければならない問題が次々と目の前に立ち現れてくる。
そのような問題解決に戸惑い、スムーズにクリアしていけないと、人生を豊かに過ごしていくことができなくなる。
「仕事」の場面でも、問題解決ができない人間は淘汰されるだろう。
よって、「人生」や「社会」「生活」において、問題解決の力が最重要なのである。
そして、そのような問題解決の際に活用できるのが「学校教育で学んだ知識・技能」である。
だからこそ、学校教育の目的は、
「身に付けた知識・技能を目の前の問題解決に活用できる力を育むこと」
であると考えるのである。
だとしたら、学校教育で学ぶべきは、「人生」「社会」「生活」においても役に立つ「汎用的な知識・技能」である。
「テストのため」
「通知表のため」
「受験のため」
の知識・技能では、宝の持ち腐れとなるのだ。
ここまでが「前提」となる話である。
以下では、学校教育における教育活動で、どのように
「身に付けた知識・技能を目の前の問題解決に活用できる力」
を身に付けることができるかを述べていく。
2 三つの活用場面と三種類の能力
学校教育では、「三つの場面」において、知識・技能の活用を想定することが重要となる。
1つ目は、「教科内での活用」である。
同じ教科の中で、新しい問題解決場面に出会ったとき、「既習」を活用する。
それは最も基本的となる「活用場面」である。
2つ目は、「教科外への活用」である。
これは「カリキュラムマネジメント」にも資するだろう。
国語科で学んだ知識・技能を社会科で生かす。
算数科で学んだ知識・技能を理科で生かす。
各教科で学んだ知識・技能を総合的な学習の時間で生かす。
このような「他教科への学習の転移」を実現することが重要だ。
3つ目は、「実生活・実社会への活用」である。
ここまで述べてきた通り、子どもたちは学校を卒業したら、「社会」「人生」「生活」において、身に付けた知識・技能を活用する場面がやってくる。
そのために「学校教育」が存在するわけだ。
これはまさに「実生活・実社会への活用」を意味する。
それは「現在の子ども時代における活用」かもしれないし、「未来の大人時代での活用」かもしれない。
どちらにせよ、各教科で得た知識・技能を「実生活」や「実社会」で活用することで、その知識・技能が概念化し、「ホンモノ」となるのだ。
さらに、「三次元カリキュラム」「概念型カリキュラム」を志向するためには、三種類の能力を想定する必要がある。
それは「事実的知識」「技能・スキル」「概念的知識」である。
事実的知識は個別具体的な知識であり、活用できる範囲が限られている。
技能・スキルは手続き的知識とも言われ、技術が身体化した状態である。
概念的知識は汎用的で抽象的な知識であり、より広範囲に活用することができる。
教師は「三次元カリキュラム」「概念型カリキュラム」の原理に沿って、トップダウンで必要な「事実的知識」「技能・スキル」「概念的知識」を想定する。
そして、実際の「活用場面」「問題解決場面」はボトムアップを意識し、子どもの経験や生活場面を重視する。
その際に、子どもは「事実的知識」「技能・スキル」「概念的知識」を活用し、問題解決を行っていく。
これにより、諸々の知識・技能を「一般化」することができる。
「事実的知識」「技能・スキル」「概念的知識」という三次元でカリキュラムをデザインするので、「三次元カリキュラム」と言われるのだ。
以下では、各教科等において、「➀教科内での活用」「②教科外への活用」「③実生活・実社会への活用」に分けて、「事実的知識」「技能・スキル」「概念的知識」をどのように活用していくのか、その具体例を整理していく。
3 国語科
➀教科内での活用
・「漢字の読み方・書き方」という事実的知識を学ぶ
→国語で作文を書く際に活用する
・「物語文では時・場・人という設定を読む」という概念的知識を学ぶ
→別の物語文の読み取りにおいて活用する
②教科外への活用
・「漢字の読み方・書き方」という事実的知識を学ぶ
→他教科でレポートを作成する際に活用する
・「相手に伝わりやすい話し方」「作文の推敲の視点」という概念的知識を学ぶ
→総合的な学習の時間において、調べたことの発表やレポート作成の際に活用する
③実生活・実社会への活用
・「漢字の読み方・書き方」という事実的知識、
「相手に伝わりやすい話し方」という概念的知識を学ぶ
→会議のレジュメを作ったり、プレゼンをしたりする際に活用する
4 算数科
➀教科内での活用
・「かけ算九九」という事実的知識を学ぶ
→わり算をする際に活用する
②教科外への活用
・「データの見方・活用の仕方」という概念的知識を学ぶ
→社会科でデータ資料を読み取ったり、総合的な学習の時間でデータ資料を作成したり際に活用する
③実生活・実社会への活用
・「四則暗算」という技能・スキルを学ぶ
→買い物で代金の見当をつける際に活用する
5 社会科
➀教科内での活用
・「地理的・歴史的・相互関係的な見方・考え方」という概念的知識を学ぶ
→社会科の別の単元での学習に活用する
②教科外への活用
・「地理的・歴史的・相互関係的な見方・考え方」という概念的知識を学ぶ
→総合的な学習の時間で、地域の文化遺産や自然遺産を調査する際に活用する
③実生活・実社会への活用
・「地理的・歴史的・相互関係的な見方・考え方」という概念的知識を学ぶ
→地域の文化遺産や名所めぐりをする際に活用する
6 理科
➀教科内での活用
・「条件をそろえる」という概念的知識を学ぶ
→理科の別の単元での学習に活用する
②教科外への活用
・「予想・仮説→観察・実験→結果・考察の方法」という概念的知識を学ぶ
→総合的な学習の時間で、「課題設定」をしたり、「情報の収集」「整理・分析」をしたりする際に活用する
③実生活・実社会への活用
・「予想・仮説→観察・実験→結果・考察の方法」という概念的知識を学ぶ
→何らかの科学的問題解決をする際に活用する
7 体育科
➀教科内での活用
・「相手のいないスペースにボールを送る」という概念的知識を学ぶ
→別のボール運動の学習の際に活用する
②教科外への活用
・「健康な生活のための栄養・運動・睡眠」という事実的知識を学ぶ
→学級活動で「生活リズムの整え方」を決める際に活用する
③実生活・実社会への活用
・「メンバーとの協力、安全な場の設定、練習の繰り返し」という概念的知識を学ぶ
→特定のスポーツの技能を高める際に活用する
・「ベースボール型の運動技能」という技能・スキルを学ぶ
→地元で草野球をする際に活用する
8 図画工作科
➀教科内での活用
・「適切な絵の具の使い方」という概念的知識を学ぶ
→他の作品を作る際に活用する
②教科外への活用
・「美しいデザインの在り方」という概念的知識を学ぶ
→総合的な学習の時間でプレゼン資料やポスターを作る際に活用する
③実生活・実社会への活用
・「美しいデザインの在り方」という概念的知識を学ぶ
→趣味である何らかの造形的活動をする際に活用する
9 音楽科
➀教科内での活用
・「音符や休符の意味」という事実的知識を学ぶ
→他の曲を演奏する際に活用する
②教科外への活用
・「音楽のイメージと変化」という概念的知識を学ぶ
→総合的な学習の時間において、劇のBGMを選ぶ際に活用する
③実生活・実社会への活用
・「音楽のイメージと変化」という概念的知識を学ぶ
→そのときの気分に合った音楽を選ぶ際に活用する
・「旋律に合う歌い方」という技能・スキルを学ぶ
→カラオケで自分が歌うときに活用する
10 家庭科
➀教科内での活用
・「裁縫」の技能・スキルを学ぶ
→布作品を作る際に活用する
②教科外への活用
・「バランスのよい食生活」という概念的知識を学ぶ
→学級活動で「生活リズムの整え方」を決める際に活用する
③実生活・実社会への活用
・「衣食住の整え方」という概念的知識を学ぶ
→健康的な家庭生活を送っていく際に活用する
11 外国語科
➀教科内での活用
・「特定の英語表現の意味」という事実的知識を学ぶ
→英語でのコミュニケーション場面に活用する
②教科外への活用
・「英語でのコミュニケーション力」という技能・スキルを学ぶ
→総合的な学習の時間において、海外の児童と交流する際に活用する
③実生活・実社会への活用
・「外国語を目的・場面・状況において使い分ける見方・考え方」という概念的知識を学ぶ
→外国の人々と英会話をする際に活用する
12 道徳科
➀教科内での活用
・「特定の内容項目」という事実的知識を学ぶ
→同じ内容項目の別の学習で活用する
②教科外への活用
・「相手への思いやり」という事実的知識を学ぶ
→学級活動における学級会の際に活用する
③実生活・実社会への活用
・「相手への思いやり」という事実的知識を学ぶ
→友達に対する言動を瞬時に判断する際に活用する
13 特別活動
➀教科内での活用
・「学級会での合意形成の方法」という概念的知識を学ぶ
→次回の学級会で活用する
②教科外への活用
・「学級会での合意形成の方法」という概念的知識を学ぶ
→総合的な学習の時間において、学級全体で合意形成を図る際に活用する
③実生活・実社会への活用
・「学級会での合意形成の方法」という概念的知識を学ぶ
→会議で合意形成を図る際に活用する
14 生活科・総合的な学習の時間
➀教科内での活用
・「探究のサイクル」という概念的知識を学ぶ
→次の学習でも活用する
②教科外への活用
・「探究のサイクル」という概念的知識を学ぶ
→社会科で探究的な学びをする際に活用する
③実生活・実社会への活用
・「探究のサイクル」という概念的知識を学ぶ
→実社会で何らかの問題解決をする際に活用する
15 単元構想・授業実践のポイント
最後に考えたいことは、「単元構想」「授業実践」の在り方である。
「三次元カリキュラム」「概念型カリキュラム」を志向するためには、「単元単位」で学習をデザインする必要がある。
以下では、「トップダウン・演繹的アプローチ」と「ボトムアップ・帰納的アプローチ」に分けて述べていく。
(1)トップダウン・演繹的アプローチ
➀単元を構想する際には、「あとで活用できそうな」知識・技能を想定することが求められる。
それは「事実的知識」「技能・スキル」「概念的知識」のいずれかとなる。
しかし、「概念的知識」が一番汎用性が高いので、そのように「活用が効く」「転移が容易になる」概念的知識を想定するようにしたい。
②単元の学習を進めていく際には、実際に子どもが学んだ「事実的知識」「技能・スキル」「概念的知識」にラベルを付けることが重要となる。
なぜなら子どもたちは、上記のような知識・技能を無意識に学習しているからだ。
特に「教科等特有の見方・考え方」という概念的知識ほど、無意識に働かせていることが多い。
なので、「あとで活用できそうな」知識・技能を教師は想定しておき、それを子どもが学習したり、創出したりしたときには、教師が明示的に言語化してあげる必要がある。
例えば、教室に「教科特有の眼鏡や鍵」などと銘打って、ラベルを掲示することが有効である。
掲示して可視化しておくことで、あとでそれを活用することができる。
これにより、子どもは「あとで活用できる知識・技能」を受容することができるのだ。
(2)ボトムアップ・帰納的アプローチ
➀単元を構想する際には、「前の単元or前の学習or他教科」で学んだ既習の知識・技能をどこで活用できそうかと想定することが求められる。
いわば、カリキュラムマネジメントの視点を取り入れるのである。
そして、既習の知識・技能を一番活用しやすいのが「総合的な学習の時間」となる。
これまで述べてきた通り、「教科内での活用」「教科外への活用」「実生活・実社会への活用」という三場面を想定する。
それを「子どもの経験・生活場面」と合致させ、既習の知識・技能を使って問題解決をしたくなるように設計する。
②単元の学習を進めていく際には、問題が生起した場面において、その解決に必要な既習の知識・技能を探すことになる。
そこで活用されるのが、教室に掲示された「教科特有の眼鏡や鍵」である。
この既習の知識・技能を活用することで、目の前の問題を解決することができる。
いわば、「学習の転移」を実現することができるのだ。
そして、活用・転移で終わらせることなく、これを自覚させ、意識化させることが重要だ。
そのために、「振り返り」をして、活用・転移ができたことを脳に定着させるのである。
これにより、学習の転移が連続するようになっていく。
以上のような「トップダウン・演繹的アプローチ」と「ボトムアップ・帰納的アプローチ」を相互に連関させながら、往還的に繰り返していく。
これにより、子どもの中で「概念」が一般化され、永続的理解を実現することができる。
これこそがまさに、「三次元カリキュラム」「概念型カリキュラム」の原理なのである。
15 まとめ
上記で述べた「国語科~総合的な学習の時間の事例」は、あくまでも「一例」である。
この他にもたくさんの「活用場面」があるはずである。
整理してみて気づいたことは、「事実的知識」よりも「概念的知識」の方が活用に向いているということだ。
これは至極当然のことである。
そして、「教科外への活用」においては、「総合的な学習の時間」への活用が一番しやすいということだ。
これも至極当然のことと言えるだろう。
以上をまとめる。
まずは、教師がトップダウンで必要な「事実的知識」「技能・スキル」「概念的知識」を想定しておく。
そして、子どもが実際に学習したり、創出したりしたときに、教師が明示的指導をし、ラベルをつけておく。
これにより、子どもは無意識だった知識・技能を受容することができる。
そのラベルは「眼鏡」「鍵」などと銘打って、教室に掲示しておく。
さらに、その既習の知識・技能を、ボトムアップで問題解決できる場面を用意する。
それは「教科内での活用」「教科外への活用」「実生活・実社会への活用」となる。
そして実際に、子どもたちに既習の知識・技能を活用させ、学習の転移を実現させる。
それを自覚させ、意識化させるために、「振り返り」をして、脳に刻み込む。
このような「トップダウンとボトムアップの往還」を繰り返していく。
以上のように、「活用できる知識・技能」を子どもが「創出」「受容」「転移」できるようにカリキュラムをデザインするのだ。
これがうまくいくと、「学習の転移」が容易に実現し、子どもの中に「概念」が出来上がるのである。
そうすれば、学校教育の目的である
「身に付けた知識・技能を目の前の問題解決に活用できる力」
を育むことができるはずである。
しかし、本来の「三次元カリキュラム」「概念型カリキュラム」の原理では、「中核概念」「鍵概念」「概念レンズ」というさらに本質的で抽象的で汎用的な概念が規定されている。
これは海外の実践では可能かもしれない。
けれども、現行の日本の学習指導要領には、上記のような本質的で抽象的で汎用的な「概念」は規定されていない。
それを想定し、教育現場で成立させるのは至難の業であろう。
日本で取り入れられそうなものは「教科等特有の見方・考え方」くらいである。
「見方・考え方」を「概念的知識」として、子どもに明示的に指導することが無難な方法なのかもしれない。
どちらにせよ、日本の小学校においては、「三次元カリキュラム」「概念型カリキュラム」を完璧に実装することは難しい。
しかし、それに近いところまでは実現できることがわかった。
ぜひとも、「トップダウンとボトムアップの往還」を意識し、概念の「創出」「受容」「転移」を意識した学習をデザインしていきたい。
それが、
「身に付けた知識・技能を目の前の問題解決に活用できる力」
につながると信じて。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?