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#59 おとなしい子とAL
「この子はおとなしいんですけど、成績はすごくいいんですよ。」
よく聞きそうなセリフだが、この子どもをもつ担任は極めて危険な状態である。
社会の流れが急速に変化し、多様性やグローバル化が進んでいる現代社会において、「おとなしい子」は将来、確実に苦労することになる。
社会に出て、仕事につく際、他者とコミュニケーションをとる機会は必ず訪れる。
そのときに、自分の考えもろくに言えず、相手の意見に反応することもできない人間は、社会では通用していけない。
クビになるか、そもそも雇ってもらえないだろう。
「おとなしい」も個性だから、尊重するべきだ! という反論が聞こえてきそうだが、そのまま放っておいて社会に出ることもできず、幸せな人生を送ることのできない道を進ませる方がもっと悪い。
なぜ新しい学習指導要領に「アクティブラーニング」が盛り込まれたのかを考えてほしい。
これからの社会では、単なる「知識・技能」をもったテストの成績だけ良い人間は通用しないのである。
そんな知識や技能は、AIに取って替わられてしまう。
正解のない課題に対して、異質な他者と協働し、最善となる答えを模索していく人材が必要なのである。
そのための「アクティブラーニング」である。
テストの成績を上げるだけでいいならば、学校に通う必要など全くない。
塾か予備校に行けばいいのである。もっとも、使えない学力を貯めて、意味のない人間を輩出しているだけだが・・・。
そうではなくて、他者とコミュニケーションをとれる人材、問題解決能力の高い人材を学校教育では育てなければいけないのである。
「おとなしいから」という理由で、アクティブラーニングをさせないという選択肢をとってはいけないのである。
無理にでもアクティブラーニングに参加させ、コミュニケーション能力、他者と協働する力を高めていかなければならない。
しかしそうはいっても、人間の性格(パーソナリティ)というものは、なかなか変わりづらい。これまでの経験や環境により、性格は固定されてしまう。
だが「変わりづらい」というだけで、「変わらない」わけではない。少なからず変わる可能性はある。
だから教師は根気強く、アクティブラーニングを続けていくのである。
小学校でアクティブラーニングに慣れれば、中学校、高校、大学とその学習を続けていくことができる。
アクティブラーニングで「先の見えない将来を、他者と協働しながら、たくましく自分らしく生き、幸福な人生(ウェルビーイング)を獲得する人間」を育てよう。では。