4年ぶりの里帰り 番外編❸
私は、高校2年生の8月末から翌年の6月末までアメリカ・テキサス州、シュレンバーグという小さな村に交換留学生として滞在をしました。
最初の数ヶ月は、Yesのあとの、I doや I amも言えないくらい緊張して、会話には苦労しました。日本の英語の成績は、かなり良かったし、アメリカでも秋学期の英語の授業は文法だったので、テストはいつもほぼ満点で、聞き取りもほとんど問題なかったけれど、会話は自信がもともとなくて、うまく口から言葉が出てこない日々が続いていました。
それを助けてくれたのが、今回、娘さんの結婚式に招待してくれた親友のチャーリン。なかなかうまく話せなかった私も気が付いたら、2人できゃっきゃ、きゃっきゃと騒いでいることが増えていきました。私の通っていた学校は留学生2人(私とブラジルからの留学生)を含めて、4学年全校生徒42人という小さな私立のカトリックの学校でした。高校2年生のクラスは女子7名(留学生2人を含む)、男子2名の9人。皆、留学生に配慮を示してくれていたし、なじみやすい環境だったけれど、このチャーリンがいなかったら、10か月を終えて、学校でこんなにいろいろな友人が出来ていなかっただろうし、またあの10か月があんなに有意義にはならなかったと思います。
そして、彼女は、私たちのことを「出会うまで一度も会ったことのなかった双子の姉妹だと思っている」と言ってくれますが、初めての出会いから35年が経とうとしていて、間に大きな大陸と海が挟まれても、変わらぬ関係が続いています。
彼女が結婚したのが27年前。結婚式に招待された私は、もちろん飛んでいきました。1か月半後には、大学院留学を控えていたけれど、当たり前のように。そこで、初めてクリスに会いました。
なれそめなどは、手紙で詳しく聞いていて、彼女がほれ込んだ男性だと思っていたけれど、結婚後、何度か遊びに行ったとき・・・クリスがいつも食事代を払ってくれるので、申し訳なくて、支払いを申し出た私に、彼が
「チャーリンが、君がいると僕も見たことがないような笑顔を見せる。その笑顔を見るためなら、僕はいくらでも払うから気にしないで」
と言ってきて、思わず笑顔になったことが忘れられません。
それ以来、私にとって彼らは、日本とアメリカの両親たちを除けば、世界にたったの2組しかいない、私が会うたび結婚したいかも?や、結婚すればよかった?と思う夫妻です。
つづく😊