「豊かさ」について考える
この島に来るまで「海と山に囲まれた隠岐の島」は地元の食材が豊かで、色々な料理の食材が店に並んでいるんだろうなと想像していた。しかし、住んでみてそのことが的外れだったことに気づいた。
地元のお店に行くと、ある程度の食材は揃っているけれど食品メーカーが製造したものはもちろん、そのほとんどが島外の島根県産のもので、島で収穫した野菜は基本的に置いていない。そのことに驚いた。しかも店頭に置いてある野菜の数は豊富とはいえず、店で見つけて買い物のリストに入れてあったほうれん草が次の日になかったりする。島には田畑がたくさんあるのに、なぜそうなっているのか理解できなかった。
この間は近くのお店に「冷凍のイカはおいていますか?」とたずねたら、「イカは置いてないよ。だって冷凍のイカなんて置いててもだれも買わないからね。」「この地域の人は直接漁協に魚を買いに行くから。」さらに「イカは冬のものだから今は数が少ないよ。」.「ちょっと待って、うちの冷蔵庫にあるかも知れない」と気遣っていただいた。
この島の人たちは自分たちが日々食べる分だけの野菜を育てたり、漁をしてお互いにやりくりしながら暮らしている.住み始めた頃はこの島で生産された食材の流通ルートがないことに驚きと不便さを感じたが、しばらく住んでみて、これで良いのだと思うようになってきた。
都市部ではスーパーマーケットや百貨店の食材売場へ行けば、たいていのものが毎日同じようにそろっている。おそらく品質を確保するために、生産されたものの中から規格にあったものだけが選別されて運搬されてくるのだろう。
そのシステムを維持していくためには、膨大な食品ロスを犠牲にしなければならないことが素人にも想像できる。今まで世界の食糧事情について知識として学ぶことが何度かあったけれど、この島に来て、「豊かな生活」とは何なのかということを改めて考えるようになった。
ところで、「島食の寺子屋」では倉谷先生が毎日の授業の実践を通してこの島の豊かさを私たちに教えてくれる。先生は今、この時期に、この島にある食材を使って豊富な知識と巧みな技術でバリエーション豊かな日本料理に仕立て上げてみせてくれる。畑で収穫してきた人参や新玉ねぎ、山に自生してる筍や蕨、木の芽。どれをとってもこの島にとっては特別の野菜ではないだろうけれど、先生の手にかかると島の食材は季節感あふれる料理に仕上がってくる。
一年間だけれど、島の豊かな食材を通して先生の知識と技術を少しでも多く学んでいきたい。
(文:島食の寺子屋生徒 T.T)