「自転しながら公転する」山本文緒を読んで
本屋をぶらぶらしていると、ロックバンドのCDジャケットのような表紙が目に入った。
よく見ると帯にはアニメ「君の名は」監督の新海誠氏の推薦コメントが。
私の中で、ずいぶん前に西加奈子の「サラバ」が発売されたとき、帯文に椎名林檎の名前を見つけ意外に思った記憶が蘇った。その場で購入したサラバという作品は個人的にかなり面白く、その後直木賞も獲った。
ふむ、出版社はこの作品は新海誠のアニメが好きな人たちにもウケると踏んでいる訳だ、などとぶつぶつ考えながら本をレジに持って行った。
郊外のアウトレットで契約社員として働く32歳の女性「都」が主人公。
彼女はもともと東京で働いていたが、母親がひどい更年期障害になってしまい、実家の茨城にUターンしてきた。32歳、独身で経済的にも不安定な状況という設定だ。
今、地方では雇用が減っている。アウトレットやショッピングモールのような大型商業施設は出来た当初は批判も多かったが、商店街や個人店が淘汰されたいまでは地方の雇用になくてはならない存在となった。
何もない地方で仕事を探すなら、大型商業施設が時給も良いし、手っ取り早い。
私が読んでみて面白いと感じた点は、とんかくディティールが書き込まれているということだ。
茨城県の牛久大仏のうんちく話から始まり、アパレル業界の裏事情、商業施設で働く人の休憩事情、地方の通勤手段など、主人公の暮らしや仕事の設定が細かく書かている。
不思議なのは設定が細かく書かれれば書かれるほど物語に普遍性が生じているということだった。
最初は帯の下に小さく、「共感度100%」などと書かれていて訝しんだのだが、自分と重ならない部分も自然と飲み込めた。
結婚と幸せ
そして、この作品の一番大きなテーマとして書かれているのが、「結婚と幸せ」だ。
都は、ひょんなきっかけから寛一という男と出会い、付き合うようになる。寛一は中卒で、仕事は回転ずしのバイト。とても将来安泰とは思えない。
このまま彼と結婚して幸せになれるのかどうか都が非常に悩むというのがこの話のメインなのだ。
面白かったのは、主人公の母親の視点も入れつつ、ひと昔前、高度経済成長時代の結婚観と現代の結婚観が対比として描かれていた点だ。
母親世代の幸せとは、お金や物だった。
良い大学に行って良い会社に就職する。お金があれば安心だし、マイホームやマイカーを所持していることが幸せと直結していた。ちゃんとした職についた人と結婚すれば、年齢と共に給料も上がるから幸せになれる。それが当たり前の価値観だったのだ。
それが現代では、当たり前ではなくなっている。
ライフスタイルは多様化したし、多くの人がお金だけあれば幸せというのが嘘だと思っているし、どんなに良い会社についても倒産の可能性があるとわかった。
選択肢は無限にある。いくらでも自由に選べる。でも、自由には常に責任が伴う。よく言われることだ。
一人を選んで結婚して一生を共にするということの重みが増しているのだ。
人生に正解はない
この作品を終わりまで読んで、私は主人公の決断にエーリッヒ・フロムの「愛するということ」という本を思い出した。
愛とは覚悟することだ、とフロム先生は言っている。
この人と結婚したのは正解だった、失敗だった、と解るのはきっと自分が死ぬ間際か、もしくは離婚するときだろう。
そういえば、新海誠監督の最新映画「天気の子」のメッセージ性とも通ずる話だ、と一人で納得してしまった。