藤井聡太竜王に、色川武大(阿佐田哲也)さんの言葉を届けたい。
将棋の渡辺名人に藤井竜王(六冠)が挑戦する名人戦が続いている。第四局まで終わり、藤井竜王の三勝一敗で、史上最年少名人へ王手をかけた。第五局は、5月31日〜6月1日に行われる。
YouTubeの解説動画やネットニュースを見ていると、将棋の内容はやはり藤井竜王が圧倒している。勝負に勝ち、読み筋を披露しあう感想戦でも明らかに読み勝ちしている。これは渡辺名人も辛いだろう。第一局で負けた後、Twitterに一言「えぐいよなあ」とつぶやいていた。
第三局は渡辺名人が勝ったが、最後の勝勢となった局面で、プロ棋士であれば絶対に間違わないであろう決め手となる一着に90分以上をかけた。何度も何度も繰り返し読み筋を確認し、しかし相手が相手だけに何か罠があるのではないかと疑心暗鬼に陥ったような気配だった。それだけ藤井竜王の圧力が強かったということか。
この第三局を解説していた深浦九段が、こんなことを言っていた。(ちなみに深浦九段は、藤井竜王との対戦成績が三勝一敗と勝ち越している稀な棋士であり、6月以降に始まる棋聖戦と王位戦のダブルタイトル戦の挑戦者となった佐々木大地七段の師匠でもある)
《これまでの藤井さんは形勢判断が表情に出やすかったのです。悪手に気がつくとガックリと首をうなだれたり、天を仰いだり、負けを悟って脇息に顔を突っ伏してしまったこともありました。AIの評価値より藤井さんの顔を見ているほうが、正しい形勢判断ができたんです。それが今回はまったく表情に出ない。師匠の杉本八段に何か言われたのかもしれませんね》
竜王、六冠、最年少名人といっても、弱冠二十歳である。そりゃ、感情が顔にも出るだろう。それを師匠が、形勢判断を顔に出すなとさりげなく注意する。その助言をすぐに取り入れ、真剣勝負の場で実行してしまうところが藤井竜王の凄さなのだろうと思う。
この先、藤井竜王に何かの変化があるとすれば、それは恋愛とか結婚とか、そういうタイミングではないかとも考える。これまでの彼の姿勢やセオリーが崩れるとしたら、そんなことしか思いつかない。しかし、そんな時も杉本師匠が的確なアドバイスをするはずだ。
あの色川武大(阿佐田哲也)さんが「うらおもて人生録」で、こんなことを書いている。
《人を愛することができないと、ちゃんとたたかうこともできないよ。実は、これがスケールになるんだなァ。・・・矛盾した二つのものを、こういう形で混在させることが能力だよ。そうして、スケール勝ちが最高の勝ち方なんだ》
藤井竜王なら、そんな勝ち方ができそうな気がする。いつまで勝率8割という驚異的な記録を維持できるかわからないが…。
余計なお世話だけれど、色川さんは同じ本の中でこんなことも書いている。
《人間なんて、進歩だけを考えたらあっというまに破滅だよ。調子に乗って、十五戦全勝なんて狙っちゃ駄目だ。破滅をひきよせているようなものさ。九勝六敗どころか、現状では七勝八敗くらいを目標にしてちょうどいいかもしれないね。まァこれは、大人にいうことかな。若い君たちとしては、まだ勝ちを狙っていいんだけどね。競輪の例と同じで、逃げて逃げまくって、自分の力を知ることが必要なんだが》
おそらく当分は圧倒的な逃げを打って、勝ち続けるにちがいない。いずれにしても、藤井聡太という棋士と同時代にいることに感謝しよう。
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