洗えるかご、Timb.(ティム)を作った時のこと
あれは2011年か12年だったか、シカゴのハウスウェア展を見に行ったときに、しばらくぶりに老朋友のPing(ピン)さんとバッタリ会いました。ブース1コマとって、アメリカ市場開拓に来てたんですね。
10才年下のPingは台湾人で、彼と初めて会ったのは香港の展示会でのこと。まだ確か彼は20才のころ。そうすると僕はまだ30歳。丸紅さんを辞めて2年目くらいだったのかな。まだスタックストー事業を始める前で、雑貨屋さんのOEM事業だけをやっていたころでした。
かご業界に黒船襲来 ドイツのSaleen
この香港の展示会の少し前、僕がたくさん扱っていたかごは、
Saleen(ザリーン)というドイツからの商品の登場で、地殻変動が起こったんですよ。
それまでのかご業界は、多少の欠点も含めて“味”としていました。
でも、そこに突如現れたのがドイツのSaleen。天然素材の見た目なのに、衛生的で、色も落ち着いていて、カビないし、引っかかりもない。しかも、まるで本物のかごのように見える。かご好きだけど、メンテナンスが面倒な層にバチっとハマったんですね
小競り合いしている僕や競合各社の上を、ピューーーーっと、飛び越えていきました。ひょえええぇ〜〜とそり返ってブリッジしたのは、僕だけじゃなかったと思います。
法律改定がきっかけに
同じ頃、Pingさんの親父さんは、台湾のHOLA(日本でいうニトリさんかな)というお店で、ザリーンのかごを手に取り、「あ、これ発泡やん、作れそう」と、あっという間に「完コピ」を作ってしまった。
これがどれくらい凄い事かというと、あれからもう17年経過したのですが、未だにそのレベルの商品が作れるのは、ドイツのザリーン社と彼のところだけという事実。
Pingさんの親父さんは、日本から発泡成形の機械の貸与を受け、昔よくあった使い捨てのコップを作っていました。台湾では右に出る者がいない発泡技術の名手だったのですが、樹脂製の使い捨てカップが台湾の法律改正で突然使用不可となり、どうしたものかと悩んでいたところにザリーンのかごに出会ったと聞きました。
香港の展示会での出会い
完コピしたかごを持って、香港の展示会に出展していたPingさんともう1人の若者は確かPingの元クラスメイトだったかな。どちらも髪の毛が明るい茶とも金とも言えるような色していて、さしずめ田舎のヤンキー、イナヤンの風貌でした。
そこのブースを通りかかった僕は、
「あれ?これザリーンの??これってあんたたちが作ってるの?」と聞き、「あんたザリーン知ってるの?だったら話が早い。あなたの国でこのかごを売って欲しい。これはうちの親父が作ったザリーンの完全コピー品です。」
「で、これ、いくらなん?」
「わからん、いくらだったら買うの?」
「ちゃうちゃう、あんたのところからの出し値の話よ。」
「うん?それってどういう計算になるの?そのへんから教えてよ。」
人生初、入ったブースで値段を出展社から聞かれる(笑)
イナヤン2人は俺達ってここでなにしたらいいの?と言わんばかりの物凄く純朴で素直な青年たちで、この状態でよくここに出たな、という感じ。
今では完全に笑い話ですが、僕が言った倉庫(WAREHOUSE)の話を、PINGがHOUSEWARE(生活用品)と勘違いしているもんだから、話がごっちゃで文字通り話にならない。
でも目の前にある製品は、本家のものと言われても見分けがつかないクォリティー。そのアンバランスさに惹かれるように、帰国後、台湾への出張を決めました。
でも、結局やりませんでした。
彼らの工場は台湾の南投(なんとう)という街にあるんですけど、車にかごを載せて、台北で僕らが泊まっていたホテルまでイナヤン2人が来てくれました。
品質の話、これを作るまでの背景を聞きながら、改めて良い商品だなぁーと。
日本で売れる確信もあったんですけど、やりませんでした。
これを売ることが自分のすべきことなのか、というところ。
消費者にはどれがオリジナルであるかはそれほど問題でなかったとしても、自分がこれを売ることはどうしても気が咎めて。
Pingともとても気が合ったし、売る商材が欲しかった。
でもこの判断がなかったら、きっとTimb.は生まれてなかったでしょうね。
Pingとの再会 in シカゴ
その後、日本ではPingさんの商品が某通販さんのカタログなんかにも結構載っていて、うまくパートナーを見つけて、お仕事にしたんだなーとホッとしていました。
そしてシカゴで彼のブースの前で目が合った時、彼はどこかの国の客の対応をしていたこともあり声を出さずに「お~!」という顔をして、ほなまたまた、という感じで通り過ぎたんですけど、その後すぐ、「コーヒーでも飲みにブースに戻ってきてよ」とFBにメッセージ。
会場を一周見終わったところでPingのブースへ戻りました。
日本でもよく見るよ、うまくいってて何よりやん、と言ったら、実はそうでもないねん、と。
通販は確かにカタログには載ってるんだけど、OEMでちょろっと作っただけでそのあと音沙汰なし。おそらくあんまり売れなかったんだと思う、と。もう一回うちの商品を販売することを検討してくれないか、と言ってくれたのですが、やはり僕はあかんわと伝えると、じゃあどうしたらいいかブレストしよか~と二人でブースの中に座りながら一緒に考えたのを覚えています。
日本で日常使いするかごと言ったら、柳や籐のように、細い線状になったものを編むものと、北欧のパインや白樺のような平たい物の2種類がド定番だから、同じ素材でも、こういう平たいのを作るってのはどう?と伝えました。いや、伝えたそうです。記憶にないけど、、、
そこの記憶はないけど、展示会の時間が終ったあと、一人で自分のかごを手に持ち、来場者じゃなく出展者のブースに一件一件立ち寄り、こういう商品なんだけど興味ないか?と言って歩いているのを、なぜか僕はだいぶ離れた後ろの方から見ていました。結局こういうやつが最後には成功するやろなーと、10も若いけど尊敬の気持ちで見ていました。もうその頃は髪の毛もブラックでしたね。
でも、
僕とブースの中で話している間、結構いろんな国の人が彼のブースに入ってくるんですけど、話に夢中なのか、入ってくる時点で目利きしているのか、一切対応しないんですよ(笑)
おい、いいの?話かけたほうがいいんちゃうん?
いーのいーの、やる気あったら向こうから声かけてくるからほっといて。
どこのお殿様やねん。
Pingらしいっちゃらしいけど。
しかもコーヒーどこにも無いし。
それから2年後。「できた!できた!」
それから2年の時間が過ぎたある日、Pingから突然のLINE電話。
「お、ひさしぶりやん。」と言って電話に出たらPingが興奮気味に、
「できた!できた!あんたの言ってたやつできた!」
いつもあまりテンションを顔や声に出さないPingの声が上ずっているのはわかりました。
「何ができたん。。。。?」
「あんたが言ってた平たいやつ、できたよ。」
とりあえず次回の台湾へ行くときに会おう、となりました。その頃台湾へは月に1回~2回のペースで行っていたので、割とすぐ会えたと思います。
台中駅まで迎えに来てくれて、
近くのスタバに入って、Pingが袋から出したかご見てビックリ仰天。
これ行けるぞ!と身振り手振りして鼻息ボーボー言わせながら話してたら、コーヒーと水いっぺんにひっくり返してしまって、
落ち着けよ、と言わんばかりのPingが半笑いで床を拭いてくれてましたけど。
まだツヤッツヤで、色の濃淡もイマイチ、素材を左右に引っ張ると裂けるなど問題、課題だらけだったけど、それでも見たこともないスライスウッドのような素材で編まれたかごに、僕が自らの興奮を抑えられない。
お前、、、、やったな!!!!!
そこからは、私物の北欧のかごを何個も持って行ったり、それを一緒にまじまじ見ながら、天然のものがきれいなのは、こういう濃淡だからだよね、実は天然の色を樹脂で表現しようと思ったら、白を加えることになるけど、白を入れると途端に天然素材感損なわれてしまうね、とか。
そんな僕らを隣で見ていた親父さんは完全に「そんなんどうでもえぇから早く市場に出せ。」って顔してたけど(笑)それでも最後まで付き合ってくれました。スタバから追いで2年かかりました。
テンネスク Tenesque
ようやくできたこの素材に名前を付けよう、と考えたとき、
僕らが作ったものは、天然素材ではないので、
天然素材への敬意のようなものが抜けてはいけないと思っていました。
天然素材に見えるけど、決して天然素材ではない、あくまで天然素材「風」のものであることを示したかった。
天然に良い感じの接尾辞をつけれないかなーと思っていて、
見つけたのが「-esque」。~風、という意味があるそうです。
どこかで飛行機で移動しているとき、ちょっと寝て起きたときに降ってきました。天然+esque。Tenen + esque。Tenesque(テンネスク)
あ、良いやん。
字面もはっきり浮かびました。
今後、天然素材の雰囲気と、水で洗える機能製、衛生性の高さがあるような素材を作っていこうと考えていたので、この素材の名前は誰かに伝えるためでもなく、自分自身を奮い立たせるに良い名前でした。
話が少し逸れますが、baquetに使う木目のフタ、onbaquet by mooq(オンバケットバイムーク)も、Tenesqueの一つです。木目の雰囲気と、さっと洗える手軽さ。
これが日々合理的に生きつつも、見た目に妥協したくない人へのたくさんある選択肢の中のひとつになってくれていたら嬉しいです。
ティム Timb.
木って英語でWoodが一般的なんですけど、Timber(木材)ってのもありますね。Timberlandのティンバー。
当時、うちにいた女性社員の彼氏の名前がティムで、人名みたいに商品のことを呼ぶ、って愛着湧きそうでいいやん、って思ってつけたのがTimb. (ティム)になりました。結構悩んだと思うけど、意味よりも語感が気に入りました。
副産物の東京都知事賞
素材が前後にはいくら引っ張ってもビクともしないけど、左右に軽く引っ張ると簡単に裂ける問題は、
わざわざ力をかけて左右に引っ張ったら裂けるけど、何かがあたったりしたくらいでは避けない、というレベルまで改善されて、これが思わぬ副産物を生むことになりました。
メルヘンアートさん(メルヘンアート | MARCHENART)という手芸材料のメーカーさんからお声がかかり、
Timb.の材料を手芸用品として販売したい、と言ってもらえました。
簡単には裂けないけど力を掛ければ確実に裂けるので、かごを編む人が素材の幅を調節したりして作るのに向いていると。
メルヘンアートさんと、かご作家の古木明美先生(古木明美 AkemiFuruki ぷるる工房(@pururu_koubou) • Instagram写真と動画)のおかげで、こんな商品まで東京都知事賞までいただくことができました。
今もたくさんの方々が日本全国でかご編みの材料としてティムテープを使ってくれています。
Made in Chinaの素晴らしさ
中国でかごを編んでいるエリアは結構あるんですけど、その品質の差や、得手不得手は結構明確にあります。ただ、今回は素材は台湾から持ち込むので、いわゆる素材の産地を気にする必要はなく、しっかりとこの材を編める地域、編める人に頼むことがポイントでした。
Timb.のような平たい材料は、スライスした水杉を編むのと同じ感じかな、と思っていたこともあって、中国の南の方、ベトナムとの国境沿いにある広西省の工場で編んでもらっています。
メイドインチャイナと聞いて、良い印象を持つ人って、日本では少ないと思うんですけど、かご編みに関してはこれは当てはまりません。
なんせ、かごを編んできた歴史が違う。その中でも中国の南、広東省や広西省は、かごを編むことに関していえば、世界でもトップだと僕は思っています。僕がTimb.で幸せにしたいと考えたお客さんを想像するとき、このエリアの編み手さんに編んでもらうことは絶対だと思っていました。
Timb.を作って幸せにしたいと考えた人物像
僕がTimb.で幸せにしたいと考えた人の像は、
日々忙しく過ごしても、ある程度のインテリアにも気を配りたい。手を傷つけたり、中身をひっかけたり、子どもが触ったら危ないかもしれない、みたいな心配なく使えて、汚れたらさっと洗い流せる手軽さを求めていて、それでいて天然素材の風合いや見た目が好き、という人。
今はもう沢山の似た商品もあって、価格の安いのも市場にたくさんありますけど、これまで累計で30万個くらい買ってもらえましたかね。ご支持いただけた方が、みんな僕が幸せにしたいと考えた人かどうかわかりませんし、
baquetと比べると数は一桁違いますけど、それでも20代からどっぷり浸かったかごのお仕事の中で、世に無かったものを創りだすことに携わらせてもらえたことは、本当に思い出深いです。
自分ではプラモデルひとつ作れない僕ができることはあくまで「モノづくり」ではなく、「モノ手掛け」までなんですけど、僕のできるレベルの中で、ひとつひとつのプロジェクトの奥の奥まで考え尽くして、摩擦を楽しんで、そのプロセスの中で結果自分が幸せにしてもらえる、っていう、なんというか、これは役得ですね。
今後のTimb.
Timb.は手編みなので、アイデア次第でいろんな形に変化できる素材です。
企業やお店とのコラボ、ユーザーさんのアイデアを活かした商品づくり。
そんな広がりをこれからも楽しんでいきたいと思っています。
別注の話で言えば、「北欧暮らしの道具店」さんと一緒に作らせてもらったTimb.のお話も、またどこかでできたら。
そして、2025年の最初の新作として、Timb.のグレーを発表します。
これまで、天然素材感にこだわって「自然に寄せて、寄せて」作ってきたTimb.
でも、ずっと考えていたことがありました。
「天然には実在しない色のTimb.を作ったらどうなるか?」
単によくある樹脂の色付きのテープを作るんじゃ面白くない。
何年も試行錯誤しながら、ようやく一つの答えにたどり着きました。
「自然に寄せる」から「不自然」へ。
もしどこかで見かけたら、ぜひ感想聞かせてください!