鶴巻啓太という男
まずは彼の話をする前に、彼の小指について話そうと思う。
皆さんはお気付きだろうか?
彼の右手の小指には必ずテーピングが巻いてあることに。
実は彼はシーズンが始まる前にこの小指を脱臼している。
そして普通は脱臼したら練習を休むのだが、彼は休もうとしなかった。
いや、正確には休めなかったのである。
何故なら彼が小指を怪我したのは練習中や試合中ではなく練習前のシューティングだったからだ。
シュートが落ちた先に高橋祐二がいて、その勢いのまま2人でアリウープを狙った。
別にパスが悪かった訳でもなく、飛び方に失敗した訳でもないのに、着地した後には彼の小指は変な方向に曲がっていた。
もちろん彼は焦る。
それは指が変な方向に曲がったからではない。
こんな事で小指が変な方向に曲がってしまったことに焦っていたのである。
誰にも言えない。
もちろんリッチには尚更だ。
だから彼は自分で小指を戻した。
そして中島ATにテーピングだけ巻いてもらい、彼はその日の練習に参加したのである。
私からしたらもはやギャグを通り越して武勇伝である。
だからもし会場で彼の小指にテーピングが巻いているのを見たら
「あー、あの時の...」
と、この武勇伝を思い出してもらいたい。
さて本題に入ろう。
今シーズン、私たち選手は大塚健吾SCの実験材料として毎日ジャンプをさせられている。
何かとよくバグを起こす装置でジャンプ力を測っているのだが、彼の残す記録は日本人、いや茨城ロボッツの中でも群を抜いている。
言葉ではどのぐらい凄いかが伝わりにくいので、具体的な数字を見て他の選手と比較してみよう。
◆両足で垂直に跳んだ時の数字(両足跳び→両足着地)
鶴巻啓太=48.79
谷口大智=25.43
◆片足で跳んだ時の数字(片足跳び→片足着地)
鶴巻啓太=24.07
谷口大智=11.64
毎日測っているので平均にすると大体このぐらいである。
彼の場合、朝のウエイトに来て早々、軽く跳んでこの記録を出してしまう。
谷口大智がタンクトップで気合いを入れながら跳んでいるその横で、寝癖のままちょっとダルそーに跳び、悠々と記録を塗り替える様子を見てしまうと、それまで頑張っていた大智がモノクロになっていく錯覚に陥ってしまう。
「鶴巻の身のこなし」
彼の躍動はこの脚力から生まれているに違いない。
身長が高く、身体能力も高い彼。
それで持ってスピードや体力はガードですら顔負けする。
彼のディフェンス力は「素晴らしい」の一言に尽きる。そしてそれはBリーグでも指折りだと私は思っている。
オフェンスではその類稀なる脚力を思う存分に発揮し、縦横無尽に躍動する彼は今では茨城ロボッツに必要不可欠なピースの一つであることは間違いない。
彼は突然現れる。
何処からともなく現れ、味方を助け、
何処からともなく現れ、華麗にボールを掻っ攫っていく。
そう、まるでヒーローかのように。
大事な局面で敵にシュートを外して欲しい時。
この1本のリバウンドが勝敗を分けるという時。
味方が触ったボールが外に出そうになった時。
ビッグマンがリバウンドの小競り合いで負けそうになった時。
誰かが抜かれて点を取られそうになった時。
彼は現れる。
普段は寝癖でウエイトにきて、いつもダルそうにジャンプを測る彼。
なんでもないところで小指を変な方向に曲げてしまうちょっぴりドジな彼。
しかし、
いざ!という時にはチームを窮地から助けてくれる。