見出し画像

ノリと勢いと暮らし

 物事の優先順位をつける、ということが、どうにも私の脳みそではうまく処理できないらしい。時間に余裕のある一人の朝、なにかしなくてはと呆然と部屋の片づけをしたり、勉強に取り組んだりし始める。しかしなんだか集中できず途方に暮れ、リビングで一人戸惑いたたずんだりしてしまう。そして私は思い出す。私は、おなかがすいているのだと。

 実家の時はよかった。母が、朝ごはん何にする?と聞いてくれるので、言われた通り朝ごはんが最優先になる。というか、起きる。部屋を出て、階段を下りる。食卓の自分の椅子につく。父や母とあいさつを交わす。これらが私の20年余りの実家暮らしで身についていたルーティンになっていた。だから朝ご飯を食べ忘れることは無かったのだけど、一人で全部考えて生活するのは、そんな小さなこまごましたことから、私にはままならないのである。

 今日の朝ご飯はホットケーキにした。先日、夜遅く帰っている途中で、明日の朝はホットケーキとピカタにしよう、と思い立ち遅くまでやっている駅前のスーパーに立ち寄った。23時を回ったスーパーにはちらほらと人がいるものの、蛍光灯の光が薄暗い店内を照らすばかりでがらがらの総菜コーナーがわびしかった。このスーパーの総菜は結構いけるので、少し見て回ると、なぜかスペアリブが大量に余っているのを見つけた。ほかの揚げ物や小鉢なんかはそれぞれが数パック残っているのみで、それぞれが広くあいた棚の上にひとまとまりになっているというのに、大量のスペアリブが廃棄の時を待ってぎっちりと身を寄せ合っていた。てらてらと光る冷めた肉の油が妙に悲しくて、小さいのを一つ手に取った。むろん私は食べる気はなかったが、うちにいるこだわりゼロ男が夕食にしてくれるという期待を込めて、スペアリブを救い出した。その日私が買ったのは結局、肉と乳製品だけだった。私の体って、肉と乳製品なんだ、と思うと妙な納得感があった。

 その日買った牛乳が、昨日で賞味期限が切れていたのだ。ふむ、ホットケーキでもいいかな。という気持ちが、いよいよ、ホットケーキでなくては。という気持ちに変わった。私はホットケーキを焼くのが、案外うまい。

 ホットケーキを焼くコツは、ヨーグルトを混ぜることと、低い温度でゆっくり焼くことだ。ヨーグルトは生乳100パーセントのプレーンヨーグルトでなるべく固めのものがいい。これがヨーグルトをヨーグルトとして食べるときのおいしい状態だからだ。これを大きめのスプーン一杯分、レシピ通りの記事にくわえる。ヨーグルトをいれるともっちりとして高さが出るといつか聞きかじったのを律儀にやり続けていて、実際高さが出てよりおいしそうになる。そして焼くときは、温度を高くしすぎないように、フライパンが一度温まったら火から上げて、濡れ布巾にフライパンを乗せる。そしてまたフライパンを火にかけなおして、少しの油をたらしたらペーパーで拭く。お玉一杯分を生地が丸くなるように流す。透明のふたをして、生地の色が濃くなってふつふつと穴が開くのを待つ。穴が生地全体に広がったら、フライ返しでひっくり返す。こうしてぽってりとしたいい焼きいろのホットケーキができあがる。

 この前スーパーで、マーガリンも買っていた。実はこの時、人生で初めて自分でマーガリンを買った。母はマーガリンをスーパーで買わなかったので、スーパーに置いているマーガリンのうちどれを買っていいかわからなかった。こんな些細なことで、しかも23年生きていて、まだまだ新しい体験があるということを私は深夜のスーパーで思い知った。そのマーガリンをホットケーキに塗りながら、おいしい紅茶が飲みたいな、と思った。しかしうちにあるのは業務スーパーの安い100包入りの紅茶だった。この紅茶は、びっくりするほど納得いかない、あけすけに言うと、紅茶のくせにまずかった

 まず、お湯にティーバッグを浸してよくお茶が出るまで待つ、薄い。待っている間小皿で蓋をして蒸らす、コクがない。マグカップ一杯に対してティーバッグを二つ使う、苦すぎるし、かゆいところに手の届かいない感じの味。ポットで出す、薄い。ミルクを入れる、ミルクの甘さに水っぽさが加わった感じでなんだか気持ち悪い。砂糖、はちみつ、しょうがなどを入れる、それらの味に紅茶が負ける。などなど。うっかりかってしまった100包。できればおいしい淹れ方を見つけたかったが、なかなかどうしておいしくない。

 そこで私は思いついた。今日は、牛乳を沸騰させてロイヤルミルクティーにしよう!そして、これでまずかったら、もうあきらめよう。賞味期限切れの牛乳はちょうどマグカップ一杯分あって、それを小さい鍋にかけた。鍋にかけてから、これちゃんと作り方調べたほうがよかったかな、とおもったが、まあいい。沸騰直前のミルクにティーバッグを二つ放り込む。少しはしでつつくと、牛乳にほんのりと色がつく。紅いお茶とはだれが名付けたのか、ほんのりピンクにも見える。牛乳全体が紅茶色に色づいたらティーバッグを取り出し、カップにミルクティーを注ぐ。ホットケーキに合わせて、はちみつを溶かす。そしてその味は――――

うーん。微妙。業務スーパーの紅茶に、わたし、完全敗北。


 ここまで読んだ変わり者のあなたに、食べ物にうるさい私から業務スーパーで買ってはいけないもの一覧をプレゼント。

・100包入りの紅茶のティーバッグ(上記の通り)

・冷蔵の餃子(餃子が死ぬほど食べたくて誘惑に負けた。まず過ぎる。食べ物ではなく、モノの味がする。)

・味海苔(海苔がまずいなんて聞いたことない。こちらも紅茶と似た理由、コクがなく物足りない味)

・冷凍サイコロステーキ(彼が友人との卓のみで調達してきたもの。油の味がするが,肉らしき脂の味ではなく、なんだか恐ろしいものを食べてしまった気分。なお、冷凍肉系はどれも質が低い)

・6つ300円の中辛カレー(同居人談。中辛という表記では考えられないほど辛いらしい。辛いのだめな人は買っちゃダメ)

・ラップ(食べ物ではないが、サランラップやクレラップの並々ならぬ企業努力を感じた)

番外編、ファミリーマートで買ってはいけないもの

・オールドファッションチョコ(ドーナツが、チョコレートが、味がスカスカでまずいなんてことあるのかよ、と悲しくなった)


 これを書きながら、友人から送られてきたとんでもなく香りがよくておいし~い紅茶があったことを、どうして、ホットケーキが焼けたときに思い出せなかったんだろう、とやや後悔している。そしてその紅茶は、またつぎのうってつけの時を待つことになった。

 

いいなと思ったら応援しよう!