錦秋十月大歌舞伎『文七元結物語』*雨の朝は紬がオススメ
『文七元結物語(ぶんしちもっといものがたり)』は三遊亭圓朝の落語を元にした、山田洋次監督・演出の新作歌舞伎で、過去にシネマ歌舞伎として、作品があるそうだ。今回は主人公・長兵衛の妻・お兼の役で、寺島しのぶさんが歌舞伎座の舞台に立つというので、注目を集めている。私が歌舞伎座を訪れたのは初日から三日目の水曜日で、ロビーは落ち着いているのに、地下のお弁当売り場は大混乱。客席もいっぱいで、男の人がいつもより多いような気がした。幕間のイヤホンガイドの説明によると、女形が女性と芝居をするのは、新派の俳優などに前例があるそうで、お兼も長屋の隣人ふたりとごちゃごちゃ話しながら、花道に現れる。娘のお久を心配したり、長兵衛を怒ったり、見直したりと、忙しない。
私はカルチャーで三味線を習っているんだけど、例えば抑揚の間違いなどを先生に指摘されて、直そうすると、今度は「それだと、ちょっと(やり過ぎです)」と言われてしまう。頑張り過ぎると、漫画になってしまう。今度、テレビで見た七代目・尾上梅香のこと書こうと思っているんだけど、黙って座っているだけで、気持ちが汲み取れる歌舞伎の芝居というのは、どうすればできるのだろう。長兵衛の娘・お久も、身売りしに行った吉原の角海老という店で、女将を前に、ただ、俯いて黙っている。私は二階席から見えるお久の首筋に、賢さを感じてしまうのである。
文七はいつ、出てくるのかしらと思い始めた頃、大川の場面になった。笛の音とか、びっくりだけど、橋の上から長兵衛を立ち去らせなかったのは、男気ではなく、誰もが持つ善意だと言いたいのだろう。それが歌舞伎かと言われれば困ってしまうが、山田洋次監督が老成して、そう考えるようになったのなら、ワカル気がする。寅さんだって、最初はひどいことを言う人だった。正直、この作品をひとに薦めて、いいのかどうかも、わからない。ただ、犠牲になった人が報われる話は好きなので、私はちょっと、泣いてしまった。#舞台感想