長唄の聖地をゆく③『吾妻八景』に見る江戸の名所
長唄『吾妻八景』は歌舞伎舞台ではかからない、御座敷用の演奏曲として作られた曲のため、『勧進帳』の弁慶や『鞍馬山』の牛若丸のような主人公がいません。描かれているのは、江戸の名所です。キッチリとした構成で、春夏秋冬、江戸のインスタ映えスポットを追いながら、「本調子」「二上がり」「三下り」と転調していきます。
曲の出だしは格調高く、日本橋から見る日の出の景色です。明け方の空の色の表現が「江戸紫」とは驚きです。咲き乱れる桜の向こうに、富士山が見えます。花見の舞台は御殿山。御殿山はお正月の箱根駅伝で最初の登り坂となります「八ッ山橋」の傍にあります。今では品川駅のビル群が屏風のようですが、当時は海がバッチリ。江戸時代の御殿山はこんな風景だったんですね!
唄はお隣りの高輪台から見下ろす船遊びに。その後、水の流れを表現する三味線の独奏「佃の合方」がありまして、「二上がり」に転調すると、初夏の風景です。『吾妻八景』が作られたのは文化十二年(1829年)。滝沢馬琴や十返舎一九の時代です。では、四代目・杵屋六三郎作曲『吾妻八景』の歌詞を「二上がり」から、引用してみましょう。
遥か彼方のほととぎす
初音かけたか羽衣の
松は天女の戯れを
三保にたとへて駿河の名ある
台の余勢の弥高く
見下す岸の筏守
日を背負うたる阿弥陀笠
法のかたへの宮戸川(略)
眼下を遥かに見下ろす場所。昨今なら、展望台ですが『吾妻八景』では駿河台から、川面を臨みます。そこへ、駿河台と静岡県・駿河の国の言葉遊びがありまして、舟の上で、船頭の阿弥陀笠が初夏の日差しを浴びています。
さて、駿河台があるのはお茶の水。下記の太田美術館の資料によると、神田山を掘削し、河川の流れを変えて人工の渓谷を作ったそうです。
渓谷の名残は今も残り、お茶駅のホームからは、川面に当たる夏の日差しがアーチ橋に反射して、ゆらゆらと揺れる様子を眺めることができます。
『吾妻八景』の川は隅田川へ流れを移し、舞台は浅草に変わります。後編へ、続く。